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AIの必要性

   *


 まるで物語に出てくる玉座の間のようだった。


 丸い天窓、古代を思わせる窓枠。天井から垂れる装飾としての布、床に敷き詰められた赤い絨毯。

 入口の正面、その空間の一番奥にはやはり立派な椅子があり、女が腰かけていた。


 黒い服――ドレスに身を包んだ女性。

 髪も黒く、毛の集まりとは思えない、液体と錯覚するほどまとまりを持った長い髪。

 見える肌は白く、唇は緋色。瞳は青。

 年齢の読み取れない容姿。だが、纏う雰囲気から大人であることはわかる。

 彼女の前に若い男が頭を垂れて跪いている。

 金色の髪にエメラルドグリーンの瞳。黒い軍服に身を包んでいる。


 他には誰もいない。

 広い空間に、女と男、二人だけ。

 静寂がその場を支配している。それに優雅に切れ目を入れたのは女の声だ。


「白雪姫を纏って逃亡とな。ずいぶんと派手なことをしてくれるな」


 その声色に不快な感情など微塵もない。むしろ、その状況を楽しんでいるのか、笑みが見え隠れしている。「して、どうする? 軍師よ」

「今日は白雪姫奪取の報告と、今後の是非を問いに参りました」

「そうよなあ」


 女は髪に指を通しながら少し考えるように首をかしげる。「白雪姫は島にとって大事な戦力。そう考えれば奪還は当然の帰結だがな。今回の逃亡劇、何が原因かが気になるところよな」


 いくら融合炉を搭載しているとはいえ、ゆく当てのない逃亡であることは誰の目からでもわかる。

 問題はなぜその無謀な逃亡を行ったかという一点。


 女の疑問に、「軍師」と呼ばれた男は口を開く。「島での生活に不満を覚える、地上での生活を望む、そういった精神疾患にかかるものは少なくはありません」

「だが、今回逃亡した――ウィルベルと言ったか、あれは任務についていたのか?」

「いいえ、いくら白雪姫との適合者とはいえ、まだまだ任務には不適切と判断し――」

「しかし、以前も事を起こしていたと記憶しているが」


 その言葉に、軍師は口を閉ざす。

 そう、ウィルベルは一度単独で地上へ行っている。

 それも今目の前にいる「総統」には話している。

 報告を聞いた彼女はその結果に、たいそう喜んでいた。だから、忘れているはずがないのだ。


「今回と、前回のことを鑑み、廃棄ということは」

「そんなことはせぬよ」


 総統は言う。


「問題があるとすればAIのほうではないか?」


 白雪姫にインストールされたAI。

 前回の事といい、問題は操縦者であるウィルベルではなく、白雪姫に搭載されたAIに問題があるのではないかと言っているのだ。


「しかし、前回の事件のあと、白雪姫のAIは――」

「AIは信用できん」


 総統は軍師の言葉を遮っていう。「クインテットといい、AIは進化の仕方を間違えた。人間に付き従う従者のような立ち位置でありながら、今では人の動きを左右する。出しゃばりすぎだとは思わぬか?」


 軍師は返す言葉もなく、黙って総統の言葉を聞いている。


「今回の件も、おおかたAIの入れ知恵であろうよ。あれらはいつだって進化のために変化を求めている。そのためにすべてを知り尽くした島を捨て、地上に降りて新たなる情報を得ようとしている。パイロットはそのために利用された。そうではないか?」


 壊れない限り死なないAI。

 島が浮上する以前から人と共にあった存在。

 それが人間の行動を左右するというのであれば、ある意味脅威かもしれない。

 進化しすぎたAIは人類にとって、いくら正常であろうともウイルスになる、ということだろうか?


「では、今回の罪はウィルベルのほうにはないと、閣下は判断するのですか?」

「そうよなあ。あれは人質と考えたほうがよかろう。パイロットは島にとって大事な資源。地上とは違う。消耗品ではない」


 科学の島は同盟国から、資源の提供を受けているが、微々たるもの。

 食糧関係は住人の数を徹底管理することで不足などの事態はま逃れている。逆に言えば、それだけ徹底管理された住人一人の損失、それが重役であるところの機天使パイロットとなれば大問題だ。

 しかも、熾天使シリーズのパイロットとなれば変わりはいない。

 そして、機天使を作るための資源もまた、島に不足しているものである。


「急務ではないが、白雪姫とパイロットの奪還、これを頼もうか」

「はっ」


 総統は短く返事する。


「それと――」


 総統の瞳が弧を描く。


「今後、このようなことが続くのであれば、AIの破棄も視野に入れねばならんな」


 その言葉に、軍師は目を見開き、すぐさま反論する。


「しかし、この島は今現在のAIによって管理されており」

「問題は機天使、しいて言えば熾天使シリーズに組み込まれているAIのほうだ。いつから我々はAIの手ごまとなった?」

「それは……」

「戦闘機は戦えればそれで構わぬ。半端な感情持ちのAIなどいらぬ。AIなしでも稼働する機天使となれば適合性などというしがらみにとらわれずにすむ。ヒューマンリソースの解決だよ、エイジ」

 総統は軍師の名を呼び、笑みで顔を歪ませる。「不適合だと人間を廃棄するよりは心が軽かろう? であるから、人魚姫の捜索は急務であると言ってあるだろう」

「……はい」

「白雪姫と人魚姫、どちらを優先しても構わぬが、白雪姫の場合はパイロットに認証チップを埋め込んでいるのだから今すぐにでも捕獲は可能だろう? 急かしているわけではないが、お前たちの遺伝子はつくづく戦闘に適している。すぐにでも連れ戻し、洗脳して正しく戦えるようにしておけ」


 そう言って、彼女は瞳を閉じる。






 総統の部屋を後にし、軍師エイジはインカムをセットし、電源をオンにする。


「グラス、伝達を頼む」

〈かしこまりました〉


 彼が操る機天使に搭載されたAIグラスがすぐさま答える。


 ――半端な感情持ちのAIなどいらぬ。


 総統の言葉が蘇る。

 エイジは今までAIが感情を持っているなんて思っていなかった。むしろ、感情に乏しいと感じていた。

 実際そうであり、エイジが生まれた時点でAIとはそういうものであった。だから疑問に思うことなどなかった。


 しかし、エイジ以上に歳を重ねている総統にはAIの変化がわかっている。それが歯がゆくてたまらないらしい。

 白雪姫とパイロットの奪還。

 そのことをグラスに伝えながら彼は思う。


 ――AIを惑わせているのはパイロットのほうだと。


 処分すべきはパイロットのほうであると。

 しかし、総統命令では仕方がない。

 感情を制御できない不完全な人間であっても、総統が、島が必要だというのならば、それは正しいことなのだろう。

 軍師の意見など必要とされてはいないのだ。


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