表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

「家出」という言葉は死語

   *


〈心拍、脈拍、ともに上昇中。興奮状態にあると思われます。ただちにメンタルケア剤を摂取してください。繰り返します〉


 警報音と共に電子音声が告げる。


 聞こえている。

 だけど理解できない。いや、わかってる。だけど、それがどうしたっていうんだ?


 アーム内に設置された操縦桿を、これでもかと言うほど握りしめる。


「……毒リンゴ(ポリューションアップル)、起動準備」

〈『ポリューションアップル』起動権限認証を開始します。声紋、指紋、角膜認証完了。『白雪姫(スノーホワイト)』正規パイロット、タイプXXX(トリプルエックス)-mark3、GH-No,52、個体名称ウィルベル。セーフティーワン、『ポリューションアップル』を起動しますか?〉

「うん」


 鼓動は落ち着くどころかますます高鳴る。


 レーザー核融合炉から十二枚の翼に間接充電が開始される。

 白い翼に赤いラインが描かれていく。

 高エネルギーレーザーが充填されていく証。まるで、血管を流れる血液。


〈セーフティーツー、『ポリューションアップル』は無差別破壊兵器です。それでも使用しますか?〉

「わかってる」


 人類が消費戦争をしていた時代。

 兵士たちは過酷な戦闘でPTSD――心的外傷ストレス障害に陥った。

 それは、爆弾を投下したり、空中でドッグファイトするパイロットも、例外なく。


 人間に寄り添う者として造られたAI。


 このAIは戦闘兵器用だが、使い捨てできなくなったパイロットの心身の安全と保護を最優先とする。

 だから問うのだ。


 ――あなたはこれから人を殺します。いいのですか?


 人を殺すために造られた兵器が問う。


〈セーフティースリー、ロックを解除しました。エネルギーの充填完了。トリガーを引いてください〉


 知能材料で造られた十二翼が勝手に熱源を探知して照準をあわせる。


 ――あなたはこれから人を殺します。いいのですか?


 ――私はもう、誰も殺したくない。


 だから、これでよかったんだ。


 彼女はもう誰も殺さない。

 殺せない。


 だけど、僕は許せない。


 勢い任せで両手のトリガーを一気に引く。同時に光が爆発する。

 一回で十二本の光線が走る。


 撃ち抜く。破壊する。


 衝撃で、あらかじめ地面に刺していたパイルがさらに深く、ヒール部分まで埋まる。

 翼から発せられる高エネルギー、レーザープラズマ放射能によって、エネルギーが再充填される。トリガーを引けばもう一度撃てる。その繰り返しだ。


 終わりがあるとしたら、トリガーが折れた時、もしくは翼が折れた時。


 ――ごめんね。


 僕は俯きながらもう一度トリガーを引く。


   *


 電子音で覚醒する。


 覚醒したのは意識だけで、目は開いていない。


 ウィルベルは布団にもぐってその電子音を遮ろうとするが、いくら周りをまさぐったり、脚を動かしても布団に触れることはない。


「あっ!」


 ここは島の自分の部屋ではないと気が付き、勢いよく身体を起こす。と同時に、天井に思いっきり頭をぶつけ、頭を抱えて再びシートに倒れ込む。


 同時に、電子音も鳴り止む。


「――ったぃ!」

〈おはようございます。ウィルベル〉


 痛みに悶える彼のことを気遣う様子もなく、リリィはフォーマット通りの挨拶をする。


〈起き上がる時に注意してくださいと言ったはずですが〉

「すっかり忘れてた」

〈成長期に入ったのでしょう。個体差はありますが、一年で十センチ以上身長が伸びる人間もいるそうです〉

「一年で!? 僕もそれくらい背が伸びるかなあ?」

〈ウィルベルは、タイプ――〉

「いいよ、どうせ僕の遺伝子情報からどれくらいまで背が伸びるかわかるんでしょ?」


 ――結果、あまり大きくはなれない。


 同じ遺伝子情報から生まれた兄――あの人もそれほど背は高い方ではない。


 それでも、今より十センチ以上は伸びるはずだ。

 うつ伏せの状態でリリィに問いかける。


「ところで今何時?」

〈現在地ですと午前九時です〉

「まだ九時じゃないか。お昼まで寝させてよ」

〈寝る子は育つという言葉があるようですが、眉唾です。ウィルベルに必要な八時間睡眠は達成されました〉

「あのさ」

〈なんでしょう?〉


 仰向けになり、LEDライトに照らされた汚れのない天井を見つめて言う。


「この先、ずっとリリィが僕の生活見張ってるの?」

〈お望みであれば〉

「……僕、もう少し寝たい」

〈寝すぎです〉

「もうちょっと、ゆるっとした生活したいな」

〈……今までがユルユル生活だったので、これを期に徹底的に改善したほうがよろしいかと〉

「それってリリィの望みであって僕の望みじゃないよね?」

〈AIとは人間に寄り添い、従い、最善解を主人に与えるのが務めです〉

「早寝早起きが最善解ってこと?」

〈これからここで生きていくというのでしたら、一日目は明るいうちに周りを見ておいたほうがよいかと思いまして〉

「まあ……、確かに」

〈では、ハッチ解放します。本日の天気は晴れ。日差しが強いので、目を傷めないようにお気を付けください〉


 リリィの言葉に、ウィルベルは手で目を軽く覆う。

 ゆっくりと天井が持ち上がり、空いた隙間から光が箱の中に入ってくる。



 

 あの後、湖の上を飛行した後、湖近くの森の中に着地した。


 目的地のない逃亡。


 とりあえず地上に降りようと言ったのはAIのリリィだったか、ウィルベルのほうか? たぶん、会話ログを漁れば出てくるだろう。


 なんにせよ。突然の逃亡。そして戦闘でウィルベルは疲弊していた。

 すべて機械任せといっても、神経は擦り切れる。


 開いた天井から外に降り立つ。


 「白雪姫」はその物語の後半に姫が収められる棺の形へと変化していた。機天使すべてがこのような状態に変化するわけではないが、知っている限り、「白雪姫」と「いばら姫」が棺型に変形できる。


 ウィルベルが空を見上げて眩しそうに眼を細めていると、その棺の陰から、一抱えほどの、半球のロボットが飛び出してくる。


 モーター音に気づき、ウィルベルは振り返る。


「走りにくいんじゃない?」


 ガタガタとボディを揺らしてやってくる、子供の頭部ほどの大きさのロボットに対し、ウィルベルは苦笑いを浮かべる。


〈一応オフロード用のタイヤなのですが、他に替えがありません。四足歩行モードに切り替えますか?〉


 丸くて白い、子供向けなデザインのロボットから発せられるのは、「白雪姫」から発せられる声と一緒だ。


「そこらへんは君に任せるけど。任期満了ってやつ?」

〈……NO.臨機応変です〉

「それだ」


 「白雪姫」本体がコンピュータ本体だとすれば、丸いロボットはそれに付属する端末。本来であれば探索などに用いられる。


「ところで、そのボディもネットでつながってるんじゃなかったっけ? 島にばれたりしないの?」

〈現在は本体とだけつながっている状態ですから心配はありません。ですが、島のドローンや捜索隊など、目視など物理的に見つかる可能性は高いと思います〉


 リリィは、久々の外部端末ボディということで、アームを出したり、様々な機能を確認しながらウィルベルの質問に答える。


〈本体には迷彩をかけておきます〉


 その一言だけで、白い棺は見えなくなってしまった。

 同時に、島から奪ってきたグリムバレットも消えた。


 科学の島。

 ウィルベルの生まれ故郷。


 世界に存在する浮遊島の中で二番目ないしは三番目の大きさだとウィルベルは記憶していた。


 記憶していた――というのも、島での義務教育をことごとくサボっていたため、普通の子供が知っている知識がほとんど頭に入っていないのだ。


 初等部の初めのうちは真面目に授業を受けていたが、誰がやったのかウィルベルの個人データの流出が元で、人間関係が一瞬にして造り替えられた結果だ。


 島で一番偉いのは総統と「クインテット」というAIだ。

 その次に軍師。


 今の軍師はウィルベルと同じ遺伝子情報。つまり、ウィルベルは軍師のクローンに他ならない。


 軍師自体も、過去に島を造り上げた科学者の誰かのクローンだが、島で二番目に偉い存在の弟的立場というのがいけなかった。


 兄的立場であるところの軍師に、ウィルベルは兄らしいことをしてもらった記憶はまったくない。

 くわえて、親しくもない兄のせいで人間関係が滅茶苦茶になったので、ウィルベルはこの兄のことを良くは思っていない。


 今回の逃亡は、兄との仲がさらに悪化した結果だ。

 つまり家出である。


 「家出」という言葉はリリィが教えてくれた。島では死語らしい。


〈とりあえず、あの湖の水が飲めるか確かめてみましょう〉

「水って飲めるんじゃないの?」

〈NO.ここは島ではありませんよ。水にも軟水や硬水、それに酸性、アルカリ性、毒性を持ったものなど様々なのです〉

「じゃあ、あの湖の水が飲めなかったら僕、死ぬ?」

〈短絡的な思考はいけません。飲み水でしたらミネラルウォーターがサバイバルキットに少しありますが、有限です。あと食べ物の問題もあります〉

「……座ってるとご飯が出てくるところとか」

〈あるわけがありません。ウィルベル、あなたは家出したのです。家出とはこういうものなのです。まずは食料の確保から始めるのです〉


 リリィの言葉に、ウィルベルは肩を落とす。


〈……今、「家出しなければよかった」と、考えたと予想されます〉

「はいはい、思いましたよ。とにかく、湖に行くよ」


 そう言って、ウィルベルは湖の方向に足を進める。





 

 リリィの進みが遅すぎて、結局、ウィルベルが抱えた状態で歩くことになった。


ブックマークありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ