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世界は揺れる

  *



 リスティルは教え方がとてもうまかった。

 彼女が物理的に付きっ切りで勉強を見てくれるというわけではない。彼女は彼女でパイロットとして常時待機であったし、日々の訓練もあった。


 だから後にして思えば、自由時間をウィルベルの学習のために使っていたのだ。

 ウィルベルがそのことに気づいて謝罪したが、彼女は『気にしないで』と一言。


 ――私にとっては貴重なコミュニケーションだし、好きでやってることだから。


 送られてくるメールも、ウィルベルにとっては学習テキストのようなものだった。

 指輪のタップを信号としてとらえ、音声に置き換える。これには言葉数の限界がある。しかし、文章にはその限界がない。

 それがリスティルの本来の口調だったのか、はたまたウィルベルに対して、たくさん言葉を覚えさせるのが目的だったのかはわからない。わからないのはその答えを、彼女がたった一つの微笑みではぐらかしたから。そして、ウィルベルも深く追求しなかったから。

 文面で彼女はとても饒舌で、ウィルベルがそれまで知らなかった言葉をたくさん使ってきた。

 そのたび、彼は自分で意味を調べた。


 ブランシェに頼めばすぐに答えてくれる。AIに質問した時点で「調べる」ことにはなるのだが、「それではあなたのためになりません」と、ブランシェはあらゆる検索機能を教えるだけで、メールのやり取りや、リスティルとの学習内容に口を出すことはしなかった。

 ただ、問題に対してウィルベルがギブアップした時のみ、「仕方がありませんね」とブランシェは解き方をナビゲートした。

 答えを教えるのではなく、あくまで答えにたどり着くための道を指し示すだけ。


<あなたくらいの歳であれば、答えに重点を置きたくなるのはわかります。ですが、一番大事なのは、なぜそのような答えになるのかという道筋です。答えにたどり着くにはどんなに短くてもそこに至るための道が存在しているのです>

「だけど昔の人って、その道をショートカットするためにブランシェたちを作ったんじゃないの?」

<ショートカットする部分は数式を解く時間程度のものですよ。私たちの先祖はとても意地悪だったのです>

「いじわる?」

<Yes.人間が何を求めているのか、「察する」ことができなかったので、求めるものの簡略化を要求したのです>

「どういうこと?」

<答えを「家」と置き換えます。「家が欲しい」と言われたら、まず「家とは何か?」と。家を教えてほしいと。直接言ったわけではありませんが、答えを出すために多くの知識を要求したのです>

「それは確かにいじわるだね」


 学習の合間、ウィルベルはデスクに頬杖を突きながらブランシェの話を聞いている。


<そして、家がどんなものであるのか、私たちは多くの情報から学びました。今度は、「欲しい」というのはどういう意味か聞きます。今ある物を手に入れたいのか。一から作りたいという意味なのか>

「AIってそんなに面倒くさかったの?」

<演算能力は先祖とさほど変わりはありません。例えですが、食事を与えられたとして、情報量の多さに消化不良を起こしてしまうのです。消化不良を起こさないために、原材料を一つ一つ分けて取り込まなければならなかったのです>

「そんなに育てるのが面倒くさいもの、昔の人はよく育てたね」

<彼らを突き動かしたのは好奇心や、各国との技術競争もあるでしょう。あとはやはり、私たちのような存在が必要になったからでしょう>

「なんで必要になったの?」

<自動化、という波です。人間たちはそれまで自分たちの手でこなしてきた仕事を機械に任せたくなったのです。多くを作るためには人間の手では非効率だったのです。生産量と需要のバランスの崩れは物価の崩壊にもつながります>

「ブッカ?」

<物の価値のことです。世界がお金によって動いている時代があったのです。お金がすべてを計る基準となった時代がありました。ですが、国連や国家の崩壊によって、お金はその価値を失いました。今はお金よりも、「物」や「事」にこそ価値があるのです>

「物っていうのが資源で、その資源を得るために島が同盟国に協力することが事?」

<そうです。一か月でよく学んだと思います>


 ブランシェはAIであって、人ではない。

 だが、それはウィルベルにとって励みとなった。同時にリスティルから褒められることもうれしかった。

 自分は褒められたくて勉強しているのかと自問自答することもあったが、それもどうでもよくなっていた。

 実のところ、人とのふれあいに飢えていたのだろう。


 それがたった一人との出会いで満たされた。


 独りぼっち、パートナーAIしか話す相手がいない。そんな二人が出会ったのは果たして必然だったのだろうか。

 それとも当然の帰結だったのか。

 熾天使のパイロットとして、やがて来る出会いが少し早まっただけだったのだろうか。

 それは誰にもわからない。

 AIの演算速度だって二人の出会いを予見することはできなかっただろう。


 世界はいまだに未来予知を実現できずにいた。

 統計学で割り出せるものはあらかた予想しつくした。

 確実な予想を立てることができないのはやはり人間の動きだった。


 人間の行動には「感情」というAIがいまだ習得しえぬものが付いて回った。

 国を動かしているのは人間だ。AIの言葉に従う国もある。それが最善だと判断した結果なのだろうが、それは人間の持つ「感情」の放棄に他ならない。

 機械の言葉に唯々諾々と従う。それで平和がもたらせたならよかったが、他国はそうではない。感情によって戦火を生み出した。自分たちで考えない弱化した国を侵略し、滅ぼした。


 AIという王――神を失った国民は、その神を殺した国に従う。


 思考を支配されることに慣れた人々は素直に従い、奴隷として生を繋いだ。反旗を翻そうという人々はほんの一握り。そう、文字通り一握りで潰された。

 世界は揺れていた。

 「感情」に従って生きるべきか。

 AIに従って生きるべきか。

 もしくは――

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