愚行の歴史
敵機の動力部を突いて無力にしてしまえばいい。そう思っていた。
だが、そのためにはこちらが圧倒的に強くなければならなかった。
相手の、殺してしまったパイロットは強かった。
身体強化やそれに準ずる薬かなにか投与されていたのかもしれない。相手側の機獣はさすが資源に余裕があるというだけはあって硬かった。だが、技術面では島には劣る。
稼働力と排気のバランスが取れていなかった。
それをパイロットの力量で補っているのはすぐにわかった。
この場合、他の機天使――いや、他の国の機獣パイロットだって、操縦者というコアを狙って動きを封じるだろう。そして自動操縦や遠隔操作に切り替わったとしてもそれは一時しのぎであって大した腕ではない。すぐに落とすことは可能だ。
リスティルは排熱機を壊すことで操縦不能にしたかっただけだ。
資源の権利を巡っての一対一のドッグファイト。
それにリスティルが選ばれたのは、ただ単に熾天使パイロットの中で唯一手が空いていたというだけだった。
「赤ずきん」は島と軍師を守る盾。
「青髭」は同盟国に援軍で不在。
「シンデレラ」のパイロットは動くことができない。
「おやゆび姫」はドッグファイト向きではない。
「ラプンツェル」のパイロットは出せない。
「白雪姫」のパイロットはまだ訓練生。
残ったのが「いばら姫」。
島での命令は絶対だ。
それに逆らうということは死と直結する場合もある。
リスティルは思う。
「人殺しはしたくない」と言ったところで、結局は自分の命が一番大事なんだと。誰も傷つけず勝ちを手にすることができるのは、戦争などを起こさない賢者だ。もしくは絶対的強者だ。
戦争とは愚者の行いだ。
頭がよければ戦いを回避する方法をとるはずだ。
一対一の戦いで、リスティルはとにかく逃げ回った。一瞬の隙を突いて、一撃で終わらせるはずだったのだが、逃げの一手に相手は熱くなってしまったのだろう。
舐められていると。
そして喰らいついてきた。
まさに獣だ。AIは予測不可能な状態を一番苦手とする。ディープラーニングにも限界は存在する。
補助なしのマニュアル操縦に切り替えてから相手の背後を取り、排熱機を一突きするだけだった。
しかし、どのような因果だったのだろう。
敵機の速度が落ちたのだ。
整備不良だったのか、パイロットの意図だったのかはわからない。
排熱機を押し付けるというアタックはないわけではない。だが、たぶんそうではない。
速度が落ちたのと、リスティルの一撃が重なった。
通常、動力源や排熱機などは操縦席から離すのがセオリーだ。というのも、不具合が起きた際、爆発などが起きた際に操縦者を巻き込まないためだ。
とはいうものの、機獣が小型化された現代において、巻き込まないというのは不可能に近い。ゆえに、異常があれば自動的に脱出装置が作動する。
その様子さえもなかった。
だから、あの減速がなんであったのかわからない。
ただ、それによって、斜め上に、排熱機のみを攻撃する予定が狂った。アームの肘関節は一撃に備えて曲げられた状態で、油圧ゲージも振り切れていた。
渾身の一撃が、パイロットごと貫いたのだ。
液体燃料を積んでいたのならば、そのままリスティルも「ねむり姫」ごと爆発に巻き込まれただろう。
しかし、それはなかった。
つい先ほどまで威勢よく飛び回っていた機体は脱力して、細かなスパークを各所で生じながら、地面に墜落した。
パイロットの死は、島に戻ってから報告された。
そして、脳内で戦闘の様子を思い出した。
――あの一撃が、殺した。
気が付けば、日々は淡々と過ぎていて、濃紺の制服に身を包み、勲章を贈られた。
『この勲章は私にとって人殺しの証』
とても軽い証だ。
だが、リスティルの罪の意識は反比例するように重くなった。
そして耐えきれず、放り投げたくなった。
そう思いながら駆け込んだのが、今いる温室だった。
声がでないのだから、いくら泣いたって構いはしない。だけど、ふとした瞬間に今まで抑えていたものがあふれ出すかもしれない。
ただただ、泣いた。
自身が背負っているものの重さが涙を後押しする。
つらかった。
だけどそれを打ち明けられるのは、AIのロゼだけだった。
ロゼは秘密を守ってくれる。だけど、いつ他のAIに漏らすとも、管理者が会話履歴を閲覧するとも限らない。
それでも話さずにはいられなかった。
ロゼに選ばれ、「ねむり姫」のパイロットになってから、かつての友は遠ざかって行った。自らも距離をとった。
私にはロゼがいる。いつも一緒にいてくれる。
だけど、寂しさが消えることはない。
功績をあげた。勲章をもらった。
そのことによって、整備士たちは声をかけてくれるものの、同じパイロットたちはもっと離れていく。
人殺しの罪の横で、周りから人が離れていく、その恐怖について考えていた。
――結局、人のことより自分のことが大事なんだ。
改めて実感した。
ロゼと話す気もおきない。
このまま、物語のねむり姫のように、いつ覚めるとも知れない眠りにつきたい。
そんな風に思っていた時、「白雪姫」のAIであるブランシェからロゼに対してメッセージが届いたのだった。




