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「あぁぁ……」
ウィルベルは濁音が付きそうな声と共に、重く息を吐く。
自分らしくないことをしたと、頭を抱える。
メッセージを送ったのだ。勲章を落としたリスティルに対して。
メッセージのやり取りは特別なことではない。
しかし、ウィルベルにとっては特別だった。メッセージを送るような相手がいないという事実が地味に心に突き刺さった。
それと同時に、ハガルに対して汚い言葉を送りつけたりと、まともな文章を書いたことがないことにも気づいた。
文章だって、コミックのセリフばかりで、それさえもしっかり読んだことがない。絵ばかり追いかけて、なんとなく内容を感じ取っていた。
――AIに代筆を頼む人は多いですし、内容を簡潔にしてほしいと頼む人も少なくはありませんよ。
そんなふうにブランシェに言われたものの、果たしてそれでいいのかと悩んだ。
たかがもの一つ返すだけ。そのために会いたい。もしくはどこに届ければいいのか。ただそれだけを聞く文章が思い浮かばなかった。
要件についてぶつぶつと呟いていると、「それをそのまま文章にすればいいじゃないですか」とブランシェが提案してきたが、いざ入力パネルを手にすると手が動かない。
「定型文」というボタンを押して、ちょうどいい文章がないかと探すが、どの項目を開けばいいのかまたしても頭を悩ませた。
挨拶ではない。謝罪でもない。
誰に対して送るのかという項目もあった。
友達、教員、要望……。
どれも違う。そして親切が「友達がいない」という傷を容赦なく攻撃してくる。
ああでもない、こうでもないと、パネルを投げ出してベッドに横たわった時、ふと閃いた。
「そういえば、熾天使のAIは兄弟みたいなものだって言ってなかったっけ?」
<はい。言いました>
「ということは『いばら姫』のAIともつながりがあるっていうこと?」
<ありますよ。AIは得た情報や経験を共有して性能の向上しますから>
「いや、そこまで難しい話じゃなくて、AIに対して気軽に声をかけるってことはしないの?」
<頼まれれば声をかけます>
代筆とかを教える前に、それを言ってしてほしかったなとウィルベルは身を起こす。
「じゃあ、『いばら姫』に対して言ってよ」
<何をです?>
「え、そっちのパイロットの勲章を拾ったんだけど、返したいから会いたいって」
<今の音声をそのまま転送しますか?>
「そうじゃなくて、もうちょっと丁寧に!」
――というやり取りがあり、翌日、温室で会うことになったのだ。
それが今日、今だ。
夜のうちに返信はなかったが、十時頃目を覚ましたウィルベルに対し、ブランシェが返信を伝えた。
彼女――リスティルは今日一日休みなので、時間はいつでも構わないとのこと。
ウィルベルもいつでも大丈夫だ。ただそれは学習をさぼっている彼に限った話だとブランシェが釘をさす。
かなり余裕をもって十四時と指定したのだが、メッセージを送ってから急いで準備を始めた。
誰かと待ち合わせというのは初めてのことであったし、相手は年上の異性。同じ熾天使パイロットとはいえ、ウィルベルはまだ訓練生。対するリスティルは勲章をもらうくらいだ。たぶんベテランパイロットの域に入るのではないかなど、様々な妄想が駆け巡った。
服はどうすればいい? シャワーは浴びるべきだろう。髪を乾かすのが下手くそだとウィルベルが慌てふためいていると、ブランシェは冷静に、<なんだか恋愛作品の登場人物みたいですよ>と言った。
彼女のいう登場人物がどんなかんじなのか知らないので、ウィルベルは言い返すこともなく無視した。
温室までの道のりを考えれば、パイロットの制服は目立つ。普段の装いでいいだろうと、クローゼットの制服に手を伸ばすが、あえて予備の、新品の制服を手を取った。
部屋を出る前に何度もモニタミラーで全身をチェックした。
そして、肝心な勲章を持っていくのを忘れそうになった。
慌てて引き返し、しばしの停止。机の上の勲章を丁寧に白いハンカチに包んでポケットに納めた。
そうしてやっと温室に着いたのは予定の一時間前。
その間、ずっと緊張したままで、温室の通路を何回転もした。
いつも居眠りに使っているベンチに座るが落ち着かない。再び立ち上がり歩く。
今日一日だけで一週間分くらいは歩いた気がする。
約束の時間が近くなり、ようやくベンチに座り込むが、今度はため息が止まらない。
<先ほどから心拍数が早いですが、安定剤か何か飲んだほうが良いのではないですか?>
「あったらとっくに飲んでるよ」
何十回目かのため息を吐いた後、ベンチの背もたれに身を任せ、天井を見上げる。
強化ガラスの向こうに空が見える。
正式なパイロットになれば、任務だろうが島の外に出ることができる。
ふと、そのことが頭に浮かんだ。
映像じゃない。生で見る外の世界。
外の世界に出る時、今と同じように緊張するのだろうかと思い浮かべた。
その緊張はたぶん好奇心から生じるものだ。
だとすれば今のこの緊張はどこから生まれているんだろう。
そんなことを考えていると、腕の端末からブランシェがウィルベルを呼ぶ。
緊張状態での不意打ちだったので、そのまま後ろへとひっくり返りそうになるのを、腕をバタつかせてなんとか留まる。
「突然なんだよ」
前傾姿勢の目線の先に、黒い靴があった。
いや、黒い靴を履いた足があった。
恐る恐る顔を上げると、画面で見た彼女が、口元に手を当てて軽く微笑んでいた。
<待ち合わせの相手が来たのを私は伝えただけなのですが、何にそんなに驚いたんです?>
ブランシェの声はいつだって平坦だ。
そこはコンピュータだから仕方がないが、少しだけ気に障る。
<初めまして、ウィルベル様>
ブランシェとは異なる電子の声が彼を呼ぶ。
それは、目の前の彼女――リスティルの腕の端末から発せられている。
「あ、いや、様付けしなくて、いいよ」
AIは基本的に名前に「様」を付ける。
AIはあくまでも人間に付き従うモノ。そういう条件付けから敬称をつけることがデフォルトになっているようだ。
<ではお言葉のままに、ウィルベルと。不肖、メールでお伝えするのを失念しておりましたので、先にそのことについて伝えておきます>
「はぁ」
ブランシェは口を挟まないし、リスティルも何も言わない。彼女のAIだけがその場を仕切るかのように言葉を紡ぐ。
<リスティルは声が出ません。ご了承ください>
AIの言葉に、声が出ないという彼女は、軽く、謝罪なのかウィルベルに向かってお辞儀する。




