勲章の彼女
ハガルは勲章を与えるなんて古い、そう言っていた。
勝手に手を加えたうえに、ちゃんとボタンも留めずにいるハガルの濃紺の制服には勲章が一つもつけられていない。左肩部分に熾天使と智天使のパイロットであることを表す金と銀のラインが入っているだけだ。
曰く、勲章を「モノ」で渡されるのが気に入らないのだという。
功績はデータとして保管されるし、個人情報と紐付けされる。だというのに「モノ」を渡されるということは、それを着けろ、もしくは飾れということ。
着ければ邪魔だし、なぜ飾るための場所を用意してやらなければならないのか。
勲章をたくさん持っていようが、たった一発、当たり所が悪ければあっけなく死ぬ。たくさん持ってるからといって無敵というわけではない。
勲章をたくさん持ってたとして、たくさん着けた制服を着てたとしても、それを見るのは味方だけで、敵に対しての牽制にはならない。
――ただの娯楽品だ。
ハガルの言い分はうなずける。
しかし、それはハガルがエースパイロットの一人で、功績をたくさん持っているからこそだと、ウィルベルは思った。
落ちていた勲章は拾って、そのままどこかに届けるでもなく、自室に持ち込み、今は無機質な机の上に置いている。
置いてみて、確かに邪魔だな、とウィルベルは思った。
しかし、彼女も邪魔だと思っていたから置き去りにしたのかまではわからない。
本当にいらないのならば受け取らないのではないだろうか? もしくは、もらっても捨ててしまう。
銀色の勲章は捨てられたのだろうか?
ウィルベルは今日何度目になるかわからないため息をつく。
壁に横付けされたベッドの上に胡坐をかき、壁に背を預けるというだらしない姿勢で手にしたモニタ端末に目を落とす。
温室で見た女性のまっすぐ正面を向いた画像が表示されている。
同時に名前と役職が記述されている。
個人の情報に――といっても最低限のものだが――こうも簡単にアクセスできることにウィルベルは驚いた。なにせ、一度も誰かについて検索したことがなかったからだ。
それくらい、誰かに対して興味を持ったことがなかったのだ。
そして、今回初めて個人について調べたのだが、果たしてこういった個人についての情報を用意する必要があるのかと疑問に思った。
個人について管理する立場にある人にとっては必要かもしれないが、一般人にとっては不必要ではないだろうかと。
相手が何者であるかなんて関係ない。そう思うのはウィルベル自身が個人情報に振り回されたというのもあるだろう。
試しに自分がどのように掲載されているのかを調べたところ、いたって普通だった。しかし、熾天使のパイロットであることは記載されていた。
ただ、ハガル、エイジとの血縁などの情報は書かれていない。
きっと、今目にしているのは個人情報のほんの一部なのだろう。もっと多くを知ることができる立場の人間がいる。もしくはハッキングなどの不正アクセスによって情報を入手した誰かがウィルベルについてを語って広めたのだろう。
だが、それが誰なのかを突き止めたところで広まった情報を人々の頭の中から消去することはできない。第一、広まった情報は事実だ。それを広めるなというのは何かおかしいような気がする。
なにより、理由があるとはいえ、ウィルベルはこうして個人情報にアクセスしている。表示されている情報以上のことを引き出そうとは思っていないが、知らない誰かに対する好奇心というものが心に芽生えた。
遺伝子は多少変えられているとしても、ウィルベルがハガルとエイジのクローンである。成長すれば自然と見た目が似てくるはずだ。
そうすれば兄弟であることは一目瞭然。隠すこともできないだろう。
モニタに映る彼女は無表情だ。
地毛なのだろうか。顎下まで伸びたペールブラウンの髪の毛先は緩く波打っている。
瞳はかすかに青みがかった灰色。
モニタの問題なのかはわからないが、全体的に色が薄いと思った。
名前は、リスティル。
防衛局、戦闘部隊所属。
――熾天使「いばら姫」のパイロット。
パイロットであることはわかっていた。しかし、熾天使のパイロットというところまでは想像が及ばなかった。
熾天使パイロット同士の交流というものがあるかは知らないが、他のパイロットを紹介されたことはなかったし、名簿を見せられたこともない。メッセージで送られてきたこともない。とすれば、別に知らなくてもいい情報なのだろう。
ただ、どうしても今見ている画像もそうだが、温室で見た表情からも、パイロットとは思えなかった。
見るからに戦いが似合わない。
ウィルベルが知る他のパイロットといえば、少しの付き合いだった訓練生やドックで見かけた正規パイロットたち。
あとはハガル。
たぶん、ハガルのインパクトが強すぎるのだろう。個性も際立っている。それでいて島のエース。
本人曰く、すでに隠居の身だというが、あんなにも口うるさい健康体がすでに引退しているとは思えない。
それにしても、彼の機体である「ラプンツェル」にインストールされたAIは、よくあの破天荒な男をパートナーに選んだものである。
振り回されすぎてエラーを起こしたり、クラックするのではないだろうか?
「ねえ、ブランシェ」
<なんですか?>
「ブランシェはなんで僕をパートナーに選んだの?」
過去にもしたことがあるかもしれない質問をウィルベルは口にする。
ウィルベルは、自身が熾天使に選ばれた時のことをあまり覚えてはいない。覚えているのは、「白雪姫」の機体を見せられた時だけだ。
始めはただの白い箱だった。当時、それを「棺」と言うのをウィルベルは知らなかった。後に、ブランシェから教わった。
ウィルベルが箱に向かって彼女の名前を唱えた時、箱がほどけて、純白の機獣へと変形した。
初めて間近で目にした機天使。十二枚の翼を背負う熾天使。
<私が選んだ、というよりは選ばれたような気がします>
「僕は選ばれた時のこととか、よく覚えてないんだけど」
<あなたはとても幼かったですから。ですが私はちゃんと覚えています>
無機質で、それでいて散らかった部屋の中に優しい電子の声が響く。
<私たち熾天使AIは人間で言うところの兄弟のようなものです。基礎プログラムが同じなのです。演算を行うためのマザーコンピュータは別々ですが、AIとしての始まりは一緒です。ですから、パートナーのいない兄弟たちはみんな、あなたを選びました>
初めて聞いた話に、ウィルベルは思わず身を起こす。
「みんなって……それって、やろうと思えば熾天使のどれでも操縦することができるってこと?」
操縦したいと思っても、AIに選ばれなければ叶わない。ゆえに憧れの存在だというのに。
<現在パイロットのいる機体は難しいです。ですがパイロット不在の機体に関しては、基本情報をインストールすることによって可能でしょう。ですが、熾天使はそれぞれ特徴が違うので、乗りこなせるかどうかはあなた次第になります>
「そのことって、他の人も知ってることなの?」
しばしの沈黙ののち、再びブランシェは答える。
<知っているのはAIだけです。他のAIが誰かに話していないかチェックしました>
その言葉に、ウィルベルはホッと胸を撫でおろす。
すべて操縦することができるなんて、そんなことが知られていたら、きっと白い目で見られるどころの話ではなくなる。
「僕はブランシェを選んだ覚えもないんだけど」
話は元に戻る。
<AI同士の話し合いの結果という意味です。幼いあなたの成長をサポートするうえでどれが一番適任かという話しになったのです>
「みんな一緒なのに?」
<No.微妙ですが違います。私たちはインストールされる機体に寄ったものに変化していますから。私は人間のパートナーとして経験が浅いので、共に成長するというメリットも考慮して、あなたのパートナーに選ばれました>
そんな違いはウィルベルには理解できない。
他の人間もそうだろう。わかるとすればAI管理の開発局の研究者くらいのものだろう。
それにしても、とウィルベルは思う。
たった一つ、勲章を拾っただけだというのに様々なことを知り、学んだものだと。
とにもかくにも、勲章をこのままにはしてはおけない。
勲章に掘られた名前はモニタに映る彼女のものだった。
だから彼女に返すべきなのだろう。本人がいらないのだとしても、どうするかは他人が決めることではない。
放棄するにしたって、彼女自身がしなければならない。
そのために返さなければならないのだが、どうやって返すべきか、ウィルベルは悩み続ける。




