戦場の証明
*
純白の機体が飛び上がる。
その様子を彼女は黙って見つめていた。
飛び立ってから沸き起こった風にピンク混じりのブラウンの髪が舞い散る。一時、視界が遮られるが気にせず、視線を空へと移動する。
純白の機体と、白銀に赤いラインの機体がぶつかり合う。
纏うロボット同士の戦いを見るのはこれが初めてだった。
十二翼と六翼の戦い。
戦いは翼の数で勝っている少年の纏っている純白の機体のほうが有利だと思った。
六翼のほうは装備が少ないおかげか、小回りが効く。
強さと装備はイコールではないのだと、彼女は学んだ。
自分を生んだ人たちが教えてくれなかったことを、目の前の戦争から学ぼうと、瞬きも忘れて観察した。
*
ハガル機からの斬撃でかかる力を手首と肘関節から外から逃がしずつ受け止める。
あちらもこちらと同じ装備。違いがあるとすれば、一刀に込めた力だろう。
アーム全体に出力を回しているのかと思えばそうでもない。後退するウィルベル機の動きにも追いすがってくる。
剣戟はあくまでもハガルの操縦によるもので、移動はAIが受け持っているのだろう。
「グリムバレットだったら一撃だったのに」
〈当たればそうですが、この状況ではエネルギー充填もままならないと思います。右から来ます〉
「わかってる!」
前方に向かって飛翔機を吹かし後退しつつ、後方の翼を前に持ち出し、相手が斬りかかるのと同時上から、大剣の刀身にも似たそれを上方から突きの一撃のように降らせるがハガル機は簡単に避ける。
肉眼でハガルの姿は確認できているが、表情はフルフェイスタイプのヘルメットのシェードに隠れて見ることはできないが、きっとこの戦いを楽しんでいる。ウィルベルには、動きでなんとなくそれを察することができた。
三兄弟、と言っていいかわからないが、その中うちの長兄。
踏んでいる場数が違いすぎる。
第一、彼はもう一機――
相手のフルスイングの構えに、すぐさま逆噴射で後方へ、距離を稼ぐ。
機体の背を木々の海が撫でる。
いくらか、排気と力でもって枝が折れたに違いない。
島とはまるで違う環境での戦闘。
しかも、突然の。
〈悲劇武装を使いますか?〉
熾天使シリーズにあらかじめ装備された特殊武装。
ウィルベルは首を横に振る。
「いいや、ここにはまだ彼女がいるんだろ?」
湖から現れた彼女。
熱源探知機が、シェードに映し出された風景の右端にその姿を捕えている。
〈なぜあの方はここから逃げないのでしょう? まるで戦いを観戦しているかのようです〉
前方から来た突きによる攻撃を、剣先で上へと弾く。
同じ高度がぶつかり合い、火花を散らす。
「ハガルのほうでも彼女の様子を確認してると思う?」
〈直接聞いてみたらどうです? 回線はオープン状態ですよ〉
リリィの言葉に、彼は軽くため息をつく。
「ハガル兄さん、聞こえてる?」
『降参する気になったか!』
そう言いながら、ハガルは容赦なくウィルベルへ斬りかかる。
「降参したって攻撃辞める気ないだろ!」
ウィルベルはその攻撃を垂直急上昇で避ける。
その後ろをハガル機が追いかける。
「兄さんのほうで、あの子は確認してるの?」
『あの子?』
ハガルは眉をひそめるが、シェードのモニタにAIが映し出した画像で「ああ」と声をもらす。
『さっきからあそこから動かないな』
「あの子が気になって仕方ないから少し場所変えない?」
『それは、同感だ』
言い終わるのと、撃つのはどちらが先だっただろうか。
ハガルは急上昇する白雪姫の背に向かってレーザーライフルを放つ。
ウェポンホルダーから取り出して発射まで数秒。
対する白雪姫のほうはリリィの反射速度に救われる。
〈反射します〉
一翼で一撃を反射する。
続けざまに放たれた二発目もすぐさま用意した翼で反射する。
その際、撃ち返されたレーザーの威力は上がっている。
『翼にルビー結晶まで仕込んでやがるのか』
威力を増したレーザーを軽やかに避けながら、その口は毒づく。
白雪姫は物語にあるように、鏡をメインとした装甲や特殊武装を持っていることは知っていた。
レーザー反射も、それにチタンサファイアが内臓された翼を使ってこなかった辺りは温情といったところだろうか。
チタンサファイアレーザーは超短パルス振動が可能だ。
使いようによっては、その振動によって智天使が粉々に粉砕される。
内臓されたレーザー核融合炉も特殊な鏡によって半永久的にエネルギーが生成され続ける。パイロットかAIのどちらかが欠けない限りは戦い続ける。
――真の兵器。
パイロットが力尽きても、命令によってはAIが代行して延々と攻撃し続ける。
実際、目の前を行く白雪姫がそれを行った様をハガル自身見ていた。
はっきりいって人の手に余るものだと思った。
――そんなものをよりにもよって、こんなお子様に持たせるなんてどうかしてるぜ。
頭に浮かぶのは、もう一人の弟の後姿だ。
地上から三千メートル。
白雪姫は急上昇から左に折れる。
ハガル機もそれに続く。
『これじゃ本当に鬼ごっこじゃねぇか』
開かれた回線から、ハガルの独白にも似た声が耳に届く。
確かに、とウィルベルも心の内で頷く。
熾天使も智天使も内蔵された融合炉のおかげで補給はほぼいらないといっていい。
補給が必要なのはパイロットのほうで、十二時間以上にもおよぶ戦闘を想定した訓練などもある。
そのような事態、あるはずがないとウィルベルは思っていたが、それに近いことが現に生じようとしている。
戦闘経験の差で考えればすぐにわかる。ハガルはウィルベルが生まれる前から機天使に乗って戦ってきた。そんな彼に体力的に敵うはずがない。
撃破されてないのは、ウィルベルが纏う白雪姫が島にとって重要な機体であるからで、ウィルベル自身の生死は重要視されていないはずだ。
ウィルベルが死ねば白雪姫のAIから彼の情報は消去され、新しい適合者を探すだけだ。
それは「リリィ」という人格の死だ。
いや、すでに性格の死に近いかもしれない。
ウィルベルは湖上空を飛びながらハガルに問う。
「兄さんがここに来たのって、この機体を取り戻すため?」
その言葉に、ハガルは少し操縦桿を握る手を緩める。
『そうだ。それ以外になにが――』
「あるんだ」という言葉をウィルベルは喰らい、自分の言葉を押し付ける。
「それで、新しいパイロットを見つけて、地上の人を殺すの?」
ウィルベルの真剣みを帯びた言葉に、ハガルはすぐには返答しない。
この、幼い弟はもっとたくさんの疑問を抱えているということを知っているからだ。
タイプXXX-mark3、GH-No,52。
それが「ウィルベル」の正式名称。XXX-mark-F、GH-No,50はハガルの正式名称。
島が浮上してから作られた人工生命体は厳密には従来のヒトとは異なる。
染色体の数が異常なのだ。
地上の人間が、男ならば「XY」、女性ならば「XX」という染色体なのに対し、島の人間は「XXV」が基本だ。
皆、試験官から生まれてくるので生殖機能をもたず、自ら女になるか男になるか選ぶ、それが島の人間だ。
だが、稀に明らかな性別を持って生まれてくる場合がある。今までは「XXY」と呼称していたが、ついぞ生み出されたのが「XXX」――トリプルエックス。
他よりも染色体が明らかに多い。ゆえに身体的異常も精神的異常も少なくはない。そして何より、知能指数が飛びぬけている。
精神疾患が先か、知能指数の高さが先かはよくわからないが、パイロットになる十二歳まで正常に育ったのはハガルが初めてだった。
地上の人間は遺伝子的にも劣った劣等人種だとされ、ハガルはなんのためらいもなく、言われるがまま、機天使で持ってたくさん殺してきた。
現代戦において、パイロットの母数など関係ない。重要機体の一機か二機、それだけ撃墜すれば戦争では勝ちだ。
それだけでいいのに関わらず、多くの一般人を殺してきた。
「人間」という資源を奪ってきたという意識の傍らに、同じ形をした「同族」を殺したという罪の意識が当時は全くなかったが、戦えば戦うほど、疑問は膨らんでいく。
――本当に自分たちは上位人種なのか?
口で言ってわかりあえないのならば武器をとるしかないのだと、こちらの優位性を武力で持って見せつけるしかないのだと、ハガルもわかっていた。
答えはわかっているのに、ハガル自身はそれだけでは納得できなかった。
その答えにたどり着くための証明を求めた。
ただの知的好奇心にしか過ぎない問いだが、そのような疑問を持つこと自体が異常であると、ハガルは精神疾患と判断され、第一線から外された。
そして、今ハガルの遺伝子情報を元に造られたウィルベルが同じような疑問を胸に抱いている。
〈心拍、脈拍、ともに上昇中。興奮状態にあると思われます。メンタルケア剤の摂取を推奨します〉
智天使のAIが音声と、モニタに赤い点滅で危険状態を訴えてくる。
――それがなんだというんだ?
ハガルは下唇を噛む。
――精神の乱れくらいでガタガタ言うな。
これは武者震いだ。戦えることに対する良い興奮だと、自身に言い聞かせる。
専用グローブで、画面内の表示をタップし、一つの回線を開く。
鬱血で赤く染まった唇が不敵に笑う。
「来い、俺の無垢な売女」
上空一万メートルからエメラルドグリーンの姫が落下してくる。




