番外編 バレンタインのキューピッド
間に合いました!
――――これは、二人が出会ってから数年が経過したころのお話。
しんしんと雪が降り積もる2月初旬。
半蔵が出かけている間、ユキヤはある作戦を練っていた。その内容は、先週まで遡る―――――
「ばれんたいん、でー……ほお、なるほど。この日というのは、好意を持つ男性に対して、手作りの『ちょこ』というものを送る日なのですね」
少し前に、半蔵にパソコンの使い方を教えてもらって以来、ユキヤはしばしば、この世界のことについて、自分で調べるようになっていた。もちろん、半蔵はこれについて許可も出しているし、変なサイトに引っかからないようにフィルタリングをかけているから、ユキヤが自由に使えるようにしている。
ユキヤが見ていたのは、某有名なまとめサイトで、最近のイベントについて書かれているものだった。そのイベントというのはそう――――バレンタイン。
世の中の男性は女性からチョコをもらうことで頭がいっぱいになる日。その傾向は10代に強くあらわれ、手作りや既製品のチョコをこっそりと学校に持ってきては、先生にばれないように渡して青春をする、なんていうのが全国規模で行われている。
ほかにも、バレンタインについていろいろと調べたユキヤは、14日のバレンタインデーに半蔵にサプライズをしようと決めた。
というのが先週までの出来事である。
そして、今日、14日になって、ユキヤは半蔵が出かけている間にチョコを用意しようと考えていた。
普段ならば、半蔵の護衛につくユキヤであるが、半蔵には今日はついてこないでほしいといわれたために、家にいたわけである。
「ふむ、『ばれんたいん』の『ちょこ』は溶かして、再び冷まして形作る……のですか。なぜ、もともと形ができているものをわざわざ崩してから、渡すのでしょうか? それとも、何か意味が……」
わざわざ美しい形に整えられた既製品のチョコを、どうして崩すのだろうか? それがユキヤには理解できなかった。
「しかし、主に隠れてこそこそとするなど……いえ、これも主を喜ばせるため! ユキヤは頑張って遂行して見せます!」
ふんす、と鼻息を荒げながら、意を決したユキヤは行動を開始した。
バレンタインのチョコ作りに必要になるのは、なんといってもチョコ。
ユキヤはそのチョコを買いに、半蔵といつも来るショッピングモールに足を運んでいた。バレンタイン前の休日だからか、女性だけのグループやカップルの割合がいつもより高い気がする。
バレンタインチョコ売り場の前では、多くの女性たちが、あれがいいこれがいいなどと盛り上がり、姦しい。年齢層は高く、板チョコ売り場と比べると、10代の客は少なめだ。
どちらを買うか迷うユキヤ。半蔵からは、どちらとも買えるほどのお小遣いを渡されてはいるが、ユキヤとしては贅沢なんて言語道断と思っているので、必要最低限にしようと考えている。某有名まとめサイトには『値段よりも気持ちが大切』と書かれていたのも影響している。
「うー、どれにするか迷います……」
ブラック、ホワイト、ビター、アーモンド。見ただけでも30種類以上はある。この中からどれを選べばよいのか。ユキヤは困っていた。
「ああ! 主の好みを聞いていませんでした……! どうしましょう……」
自分としたことが、主に使える身でありながら、主の好みを把握していないとは忍失格! 途方に暮れ、オロオロするユキヤの前に、一人の女の子が現れる。
「どうしたのお姉さん……大丈夫?」
一瞬、ユキヤは自分に話しかけられたとわからなかったが、こちらをしっかりと捉えている目をみて、最大限の警戒を示す。懐刀に手をやり、いつでも抜刀できるように構える。
少女は、肩に届くくらいのさらりと伸びる少女特有の髪質を持ち、この時期には見合わない白いワンピースを着ていた。周りの子供たちとは違った雰囲気を纏う少女。そんな少女はユキヤの警戒する様子をみて笑うが、ユキヤは警戒を緩めない。
「……あなたは何者ですか?‼」
声を荒げるが、周りに響くことはない。意図的に抑えながらも、威圧感を放つという技をみせる。
「わたしは夙っていうの! お姉さんは?」
ユキヤの威圧をさらりとかわすと、少女は両手を後ろで組みながら、無邪気に笑顔で聞いてくる。その少女には悪意は全く感じられない。
「私の名前はユキヤといいますが、あなたは一体……」
「あなた、人間じゃないでしょ?」
ユキヤは少女に予想外のことを言い当てられ、少したじろいだ。長い耳はニット帽で隠しているし、忍術を使って自分の気配を最小限に抑えている。というのも、以前、自分があまりに目立ちすぎたために、いらぬトラブルを招いたことから、主に迷惑をかけるといけないようにするために、周りには感知しづらいようにしている。それに必要な時だけ認識阻害を解いているので、今のユキヤの存在に気付いている時点で異常である。そのため、自分の存在をしっかりと認識しているこの少女に、ユキヤは大きな警戒を抱いたのだ。
「わたしは『キューピッド』! 人間の恋愛成就を生業としているの。それよりも、お姉さんは困ってるでしょ?」
「きゅ、きゅーぴっど?」
「そう!」
突然の告白に頭が混乱する。ユキヤにとって知らない単語が出てきた瞬間、その単語に関する説明が、自動的に頭の中で流れ出す。
「な、なるほど……ということは、君は私と同じようなものなのですか」
「そういうこと! それにお姉ちゃんと同じように私も周りには感知されにくいんだよ。だからさ、もう刀はしまってほしいかな?」
ユキヤはどうにも彼女がうそを言っているようにも思えない。かといって、完全に信頼するわけにはいかない。彼女の中でいつでも対応できるように、常に警戒するということで落ち着いた。
「……ほお、では夙殿とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「固いなぁ……夙ちゃんって呼んでよー!」
「善処します」
「うーん、別に何かしようってわけじゃないんだけどなぁ。まあいっか! それじゃあ一緒にお姉ちゃんの大切な人のためにチョコを選ぼう!」
突然なにを言い出すのかと思ったら、自分の主のためにチョコを選んでくれるという。
キューピッドである夙は、なぜだか半蔵の好みを知っており、そのことに再び驚かされたユキヤだった。
その後も、順調に買い物を済ませ、時間がたつにつれ、ユキヤは夙に対する警戒を薄めるようになった。
「(やっと信じてくれたわね。それでもちょっと警戒しているけど。
ああ……こういうのっていつぶりかしら。今までは人間の恋愛ばかりを手伝ってきたけど、人以外の恋愛なんて久しぶり。それにとっても面白そうだわ! これは絶対に成功させてあげないと!)」
夙の小さなつぶやきは、ユキヤには届くことはなかった。
ショッピングモールから帰ってきたユキヤは、台所で手作りチョコを作る準備をしている。
ただそれだけを見れば、普通の恋する乙女の料理風景に見えるのだろうが、その場にはもう一人、羽根を生やして空中を漂う少女がいる――――夙だ。
ユキヤとしては、主を陥れようとする輩は家には決して入れないと決めていたのだが、どうにもこの少女は敵意はないといっている。それに、壁をすり抜けて付いてきた時点で、どうしようもないと悟ったのもある。
しかし、ユキヤは夙が主に害をなさないとは限らないと思っているので、主が帰ってきたらすぐに対応できるようにしている。
「それで、今からユキヤお姉さんの主? (というか好きな人だよね)ののためにチョコをつくるんだけど……いままで料理とかしたことある?」
「主に手伝ってもらいながらはしたことはあるのですが……」
「要はしたことがないのね。でも大丈夫! バレンタインチョコなんて溶かして固めるだけだから!」
仮にも恋のキューピッドがそんなことを言っていいのか。
「まずは買ってきたビターチョコを刻んで、湯煎で少しずつ溶かしていくよ!」
なんだかんだで、一緒に半蔵のためのバレンタインチョコを作り出した。
―――――――――――――――――――――
「ただいまー。ユキヤーってどうした!? そんなに汚ごれて……! なにかあったのか!?」
ユキヤの美しい髪はなんだが茶色い汚れがついて固まっていて、同様の汚れが頬や服にもついてしまっている。
「い、いえ、そういったことではありません! 寧ろ、主からいただいたものを汚してしまい、誠に申し訳なく……」
「ああ、そういったことはいいから。洗面所に行ってくるといい」
半蔵としては、別にそんなに高いものでもないし、洗えば落ちるだろう汚れだったので気にせず着替えて来いと促す。
しかし、ユキヤは動かず、なぜか空中を意を決したようにみつめてから、後ろ手に隠していた不器用なラッピングがされた箱を、半蔵に差し出した。
「これは……? あ!」
どうやら半蔵も気づいたようで、同時にユキヤが汚れていた理由を察した。ユキヤは自分のためにバレンタインチョコを作っていたせいで汚れていたのだ。料理が苦手な彼女なりに頑張ってのだろう、えへへ、と笑いながら頬を拭う手にはチョコがついていて、頬にチョコの線ができる。世の男性にとっては萌え要素満載のシーンである。
「(……ッ! ……これは、一本取られたなぁ)」
半蔵は照れて赤くなる顔を隠すように下げ、頭をかく。そして、ユキヤと同じように、後ろ手に持っていた丁寧にラッピングされた袋を出した。
「あ、あるじ……これは?」
「いつも頑張ってくれているユキヤへのプレゼントだ。なかなか機会がなくてな……その、どうせならバレンタインに渡そうと思って今日買いに行っていたんだ」
「主……! わざわざこのユキヤのために……ッ、忝い!」
チョコを突き出したまま、片膝をつき、敬服の念を示す。その顔にチョコがついていなければしまっていただろうに、どうにもしまらない様子をみて、半蔵は笑顔になった。それにつられてユキヤもふふっ、と吹き出す。
ついには二人で楽しく笑いあった。
その二人の隣では、このどうにもしまらないが、楽し気な雰囲気をみて、苦笑を浮かべている夙がいた。
「(あんなに思いを伝えるって言っていたのに……これじゃあ、練習損じゃない! ……でも、案外こういうのも、悪くはないわね、ふふふ♪)」
いつの間にか姿を消していた夙は、楽しそうに去っていった。
――――その日の二人の間には、いつもとは違った幸せな雰囲気で溢れていた。
――――――――――――――――――――――
がりっとチョコとしてはあり得ない音がするのだが、半蔵は気にせず食べ続ける。
ユキヤからチョコを受け取った半蔵は片付けが終わった後に、不器用なラッピングを解いて、不格好だが、愛情が詰まっているだろうチョコを口に含んだ。
「ど、どうでしょうか……?」
心配そうな瞳で半蔵をみるユキヤ。自分が作った(夙に手伝ってもらったが、最終的には自分で完成させた)チョコを食べる半蔵をみて、反応を待っている。
「うん、おいしいな。俺が甘いのを苦手なのがよく分かったな。……ありがとうな、ユキヤ」
このチョイスをしたのは当然夙であったが、ほんとのことは言わないようにと注意されていために固いながらも、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
さすがは恋のキューピッドというだけある。
「ところで主、主からの贈り物の包みを開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
「こ、これは……簪ですか?」
「正解。それは一見簪だが、なんと暗器にもなる優れものだ!」
「‼ こんなにも素晴らしいものを……ありがたき幸せにございます!(これで主を今まで以上にお守りできます!)」
この世の中にプレゼントに暗器を送るやつがいるとは驚きだが、それを喜々としてうけとるのもどうかと思う。
が、本人たちが幸せならそれでいいのだ。
次の日から、毎朝、結った髪に簪を嬉しそうにさしているユキヤがいた。
足りない部分は、ちょこちょこっと改稿するかもしれません。