覚悟
あの日から数日経った。
彼女のけがは驚くべき回復力で、半月はかかると思っていたものはほんの数日できれいさっぱり元の綺麗な褐色の肌に戻っていた。
半蔵が病院に行かせなかったのは、彼女は身分を証明できるものを持っておらず、見つかると面倒なことになってしまう。何よりここから病院まではそれなりに遠い。それに、彼女を運ぶ移動手段を有していなかったからだ。
しっかりと療養も取ったおかげか、少しやせていた体も少しふくらみを取り戻していた。風鈴のような落ち着く声にも張りが戻り、体調もすぐれている様子だ。
「主人、数日大変お世話になりました。もう動けます故、私はこれにて」
凛とした動作で立ち上がり、そう告げる。あまりにも唐突なことで少し反応に遅れてしまう。
「……え? どこかに行くのか?」
「さあ、私はどこへも行くところがありません。だから、ここにいることもできません」
なぜそうなる。
「別に俺は迷惑しているわけじゃない、もっとここにいてもいいんだぞ」
「お心づかいは嬉しいですが、決めたことです」
それでも引かない。これは彼なりのけじめであろう。
「だが、ここは君の知っている世界ではないのだろう? そんなところで、どうやって過ごしていくつもりだ?」
意地悪な物言いかもしれないが、少なくとも半蔵にとっては大事なことだ。
「(ほっぽってまた行き倒れなんてされたら、後味が悪いってもんじゃない)」
「ここは確かに私の知っている世界ではありません。この家の中だけでも厠や風呂、台所、この囲炉裏以外はなにもかもが違います。」
「しかし、ユキヤは普通に使えていた気がするのだが?」
「はい。……不思議なものです。私には珍妙にみえるはずのそれらは、一度触れればなんなのか理解できます。
主人の言葉やこの世界の文字が読むことができるのも、よくよく考えればおかしなことです」
なるほど、確かにそうだ、と半蔵は納得した。
常識的に考えれば、この状況こそが非常識だ。
文化が変われば生活が変わる。
国が変われば言葉が変わる。
世界が変わればすべてが変わる。
この世界にとって必要なものは、彼女の世界では不必要で、その逆も然り。
つまりは、今の状態を『そういうもの』として今は受け入れるしかない。わかったところで何かする必要もないし、なにかできることもないのだ。
「そういうもの、なのでしょうか?」
しばらくしてから何か納得した様子のユキヤは扉を閉めてこちらに向き直り、覚悟を決めた様子で口を開いた。
「そうですね、もう隠し立てする必要はないです。私の身の上をお話しします。少々長くなります故、楽にお聞きください」
何が彼女に話させたのかわからなかった半蔵だが、彼女の話に耳を傾けた。
次話は12時に更新します。