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彼女の秘密 前編


「――――はッ! ……そうか、私はここで主人に介抱をされて――――」


 再び目を覚ました彼女の前では、半蔵が濡れたタオルを桶で洗っていた。どうやら彼女を介抱するための氷嚢代わりのようだ。その隣には彼が彼女のためにつくったであろうお粥が置かれたお盆があった。


「おう、起きたか。さっきとは違って豪快な寝起きだな。体の調子はどうだ?」


「……驚かせてすみません。体のほうは、だいぶ痛みは和らいでいます。腹は少々減ってはおりますが、主人はお気になさらず」


 そういうわけにもいかないだろう、そういうと、半蔵は作り直した出来立てのお粥を彼女の前に差し出した。


「粥を私に、ですか? しかし、食べ物をわけていただくほどご厄介になるわけには――――っ!」


 やけどをしないように事前にふたを開けてあげる。すると中からは米独特の甘い香りとねぎのさわやかな香り、遅れて梅の香りが漂う。彼がつくった病人食だ。空腹だとこの香りはとても食欲を誘われるに違いない。彼女も例外なくその一人である。ごくりと、唾を飲み込む音が聞こえる。


「本当にいの、ですか?」


 食べたくて堪らないといった表情である。どうやら相当お腹がすいているようだ。


「もちろん、どうぞ召し上がれ」


「……ああ、お米の匂い。かたじけない。では、いただきます――――はむっ」


 一呼吸おいてからの彼女の箸の進みは速かった。蓮華でかきこみながらも合間に、はふっ、はふっ、と言いいとてもおいしそうに食べる。

 なんだか半蔵は餌付けしている気分になったが、自分の作ったものをこれ程までにおいしそうに食べてくれるのは悪い気分ではない、と思い彼女の食べる姿を頬杖をつきながら眺める。半蔵は自然と笑みがこぼれていた。


「(ああ――この感じはあいつ(・・・)のときと同じだ。この頬いっぱいに膨らませて、とられないように食べる感じがまた……)」


 ふと思い出に浸る前に、カチャン、と食器の音がして半蔵は思考を戻された。どうやらすでに食べ終わったようで皿の中身は綺麗さっぱりなくなっていた。言い食べっぷりである。


「ご馳走様でした。 おいしかったです! 主人の慈悲は生涯忘れません!」


「お粗末様でした。いや、そんなに重く考えなくていい、ただのお粥だから」


「いえ、お米は大事ですから。それに……こんなにお米を食べたのは初めてです! 何かお礼になるものは……」


 と言って彼女は考えだした。

 

「(これは、いい機会だ。少し……というか大分聞きたいことがあったことだ、それを教えてもらおう)

じゃあそのお礼、といってはなんだが……君のことを教えてくれないだろうか?」


 半蔵としては至極当然の質問をしたつもりだった。

 しかし、彼女は自身に対する質問とわかると、先ほどまでとは違う、有無を言わせない空気をまとった。今までの柔らかい空気とは正反対の、とても尖った空気。

  

 “地雷”を踏んだのは明白だった。



「主人、これは知らないほうが互いのためです」


 会ったばかりだ、知られたくないことだってある。ましてや、こんなに傷だらけで倒れていたのだ。普通ではない。というよりも、怪しすぎる。

 半蔵はそれも承知のうえだったが、これ以上は無理かもしれない、などと思いながらも口はすでに開いていた。


「……そうか、なら聞かない。が、君の名前だけでも教えてもらえないだろうか? 」


 ――――名前だけでも知りたくなってしまった。このような気持ちになったのはいつ以来だろうか。目の前の女性のことがどうしようもなく知りたい。これは好奇心……なのだろうか。それが身を亡ぼすかもしれないとしても知りたいと思った。

 半蔵はこの気持ちの理由は何度自問しても、見つけられなかった。


「……そうですね、助けていただいた御恩もあります。話せることはお話しします」


 スッと佇まいを直し、お互いが布団と畳の上に正座で向かい合う。この状態に名をつけるとしたら、それは珍妙の一言に尽きるだろう。

 普段とは違う空気の中、半蔵は彼女の言葉を待った――。


「私の名前はユキヤといいます。ご覧の通り、ダークエルフです」


「(ダーク、エルフ……?!)」


 現代では耳にすることがないだろう単語の発言と同時に、彼女は艶やかな銀髪で隠れていた、尖った長い耳を半蔵に見せてきた。

 尖っている、といっても先端は少し丸みを帯びており、長さも人の耳より少し長いくらい。彼女はこれが本物であるという風に上下に動かして見せた。


「……少し触ってもいいだろうか?」


「は、はい……大丈夫です。感覚が敏感なので、その、優しくお願いします……」


 消え入るような声で告げる彼女に悶絶しそうになる半蔵だったが、溢れ出すスキンシップ心を抑えながら、慎重に触れる。

 触れた彼女の耳の感触は少し硬く、ほんのり暖かかい。硬いといっても表面は柔らかく、内側に芯のある柔らかさ。とがった先端まで温かった、ということは血が通っているということ。


 耳を触られ、頬を赤らめる彼女をみて、それを不覚にも可愛いと思った半蔵も照れる顔を片手で覆い、お互いが顔を覆うという不思議な状況ができあがった。

 

 また、彼女が頬を赤らめていたのは、恥ずかしさから来たのではなく、単に強い刺激に耐えていたことから来ただけであり、他意はなかった。しかし、半蔵はそれを恥ずかしがっていると勘違いして、余計に悶える結果になった。


「(しかし、驚いたな。世の中何が起こるかわからないとはまさにこのこと。拾った女性(他意はない)がまさかダークエルフとは……!)」


 驚きを隠せない半蔵である。

 



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