プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
夏でした。確か、その年はじめての猛暑日だったと記憶しています。雲一つない青空に、赤でも黄でもない一点の白い太陽。余命わずかの蝉が、悲鳴のように鳴き、ひとの声や車の音は低く響いていました。
なぜか、そんな些細なことが、一番最初に思い出してしまいます。そういえば、それらは私が一番最初に感じたことでした。やはり、物語には順序というものが必要なのです。大抵の昔話が『昔々、あるところに―。』と始まり、後から教訓を示しすように。多分、記憶も同じで、何かを思い起こすときは最初に感じた出来事が現れてしまうのです。だからこそ、後に出てくる大切なことが、本当にそうだと感じてしまうのでしょう。
私自身はそう思っていますし、実際、後に思い起こすことは、とても大切なことで、間違いはないのです。
今思えば、それが私にとっての人生の分岐点で、はじめての恋でした。
ひと夏だけの恋。良い意味でも悪い意味でも私を大きく変えたのです。
けれど、もう二度とその人に会うことはありません。
欲を言えば、もう一度会いたいのですが、叶わないと知っています。
会うことができても、私はその機会を拒絶擦るのです。
恋。裏を返せば、憎悪。
この二つを胸の中に留めるために、言葉だけ使います。
『会いたい。あの人に会いたい。』
言葉なら、許される。
私は、そう信じています。
そう、先輩と彼、そして私。最初に出会ったのが、この日、この時。
忘れてはならない、忘れることが出来ない、夏の記憶。
私は、一生背負っていく。
今日は、この場所か。
山吹桜は、そう思った。
一見、普通の校舎だが、明らかに『善くないもの』がいる。
「遂にここまでも、って感じね。」
隣にいる後輩に声を掛けた。
「はい。」
後輩も同じことを考えていたらしく、珍しく呆れていた。最も、これを感じ取れるのが、今のところ桜しかいない。それのお蔭で、桜は、この後輩が自分以外の人間との会話を目撃したことはない。
通う学校は違うので、校内での様子を見たことがない。
桜とかわす言葉こそは短いが、一応のコミュニケーションは成り立っている。
可愛い顔をしているんだから、学校では密かに人気があるだろう。
今度、そんな話でもしようかな。
桜は歩きながら、そう考えていた。
「先輩。」
後輩が声を掛けてきた。
珍しい。
「どうしたの。」
「変な感じがします。」
変な感じ。
桜は問い返す。後輩がこんなことを言うのも珍しい。
「変な、感じ。」
「はい。いつもの感覚じゃ、ダメだと思います。」
「それはどういう意味。」
口ごもった。
恐らく説明できないのだろう。
桜はひと息ついて、こう言った。
「自分を表現すること、これがあなたの課題ね。」
顔をうつむかせた。
「はい。」
「直す努力もすること。」
「はい。」
「それと、」
「はい。」
「変な感じが何なのか、問題です。」
後輩が顔を見上げる。
「知ってたんですか。」
驚いた表情をするが、そうだとわからない人が多い。
分かりやすい表情だ、とまでは言わないが判別はつく。
「まあね。」
「変な感じを変で終わらせない。私に知らせる、ってところまでは上出来。というか成長。あとは具体的にすることだけね。」
「はい。」
同じ『はい。』という返事だけでもかなり違う。
それを理解できる人間が増えれば、この子も変わるのだろうか。
「これが終わったら、変な感じの答え合わせといきましょうか。」
「はい。」
快い返事だ。
本当は活発な子なんだけどな。
既に二人は、校舎の玄関に到達していた。
「先輩。こっちです。そこからは入ってはダメです。今はダメです。」
「そうだった。ゴメン。」
後輩の柊あす香に促され、生徒玄関を離れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。