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きみの手料理が食べたい

作者: 住吉瓏兵衛神時

 作者名ですが、住吉(すみのえ)瓏兵衛(りょうべえ)神時(かみとき)と読みます。ルビを振れなかったので、ここでお知らせしました。

 この物語は、ボーイ・ミーツ・ガール。即ち「よくある話」です。鋭い人は読み終える前に、それに気付くのでしょう。

 「きみの手料理が食べたい。今から僕の部屋に行かないか?」

 僕がそう言うと、彼女は少しの間ポカ〜ンとしていた。

 しかし、時間が経つと理解できたらしく、次第に頬が赤く染まり、やがて恥ずかしそうに「うん」と小さく頷いた。

 女性達の間でかなり話題になっているラブロマンスの映画を見た直後なので、ハッピーエンドを迎えたヒロインと自身を重ね合わせているかもしれない。

 彼女と付き合い初めて三ヶ月になる。その間、彼女の部屋に行った事は何度かある。でも、彼女を自分の部屋に入れた事は一度も無い。

 ましてや、デートで手を繋ぐ事はあっても、キスをした事が無い。しかも、その手は彼女の方から握ってくるのが恒例だった。彼女の部屋に泊まった事は二、三度あるけど、手を繋いだまま添い寝するだけで、それ以上の関係には進まなかった。

 だから彼女のメールやLINEの文面から、「草食系? 絶食系?」「もしかしたら真剣に付き合う気が無い?」「実は童貞だから、これ以上どうしていいか分からない?」「まさか、ゲイなんじゃあ……」等と、不安や疑惑を抱いているのが手に取るように分かる。

 でも、これで僕の本気度が分かってくれたと思う。

 帰り道、食材を買うためスーパーに寄った。

 僕が備え付けの買い物かごを持って、彼女が選んだ品々を入れていく。

 二人で冗談を言い合い、時にはじゃれ合っている様子は、他の客や店員から見れば新婚夫婦が浮かれイチャつきながら買っているように見えただろう。彼女も同棲生活か新婚生活の予行演習のつもりかもしれない。

 僕のマンションの部屋に入ると、彼女は意外そうな顔をした。

 「男の独り暮らしだから覚悟してたけど、わたしのアパートよりよっぽどキレイじゃない。やっぱり、几帳面でしっかりしてるね」

 モデルハウスみたいに、リビングもダイニングも全てがきちんと置いてある。掃除も専門業者に頼んでいるかのようにホコリ一つ落ちていない。我ながらこれは自慢していいと思う。

 「こんなキレイなところで料理できるなんて。なんか、汚すのが申し訳ないくらい」

 「気にしないで。いくら汚しても構わないよ。だって、きみの手料理が食べられるんだから」

 「褒め上手、乗せ上手ね。じゃあ、さっそく始めるわよ」

 「わかった。僕も手伝うよ」

 彼女は僕が洗った野菜を受け取ると、次々に皮を剥き、それぞれを適切な大きさに切っていく。

 その見事な包丁捌きを見ているうちに、胸の奥から高ぶってくるものに突き動かされ、思わず彼女を後ろから抱き締めた。

 「ち、ちょっとぉ!? 危ないからやめてッ!」

 キスすらしてこない草食系の僕が意外に積極的だったのでかなり驚いている。でも、その声の響きに嬉しさが大半を占めているのを聞き逃さなかった。

 僕は大胆に彼女の肩に顎を乗せ、包丁を持っていない手を自分の唇に引き寄せる。

 そのとき、(ほの)かに甘い香りがした。恐らく、彼女の体臭だろう。

 僕は化粧品全般を好まない。元々キレイな体に色と匂いがキツい化学物質を塗りたくる、という発想が信じられないのだ。女性本来の艶やかな柔肌と芳しい体臭が、不自然で無粋な色彩と悪臭によって掻き消されてしまうじゃないか。

 特に口づけた時は最悪だ。悪魔が吐き出した汚物を食べさせられた気分になる。

 だから、彼女が限りなくすっぴんに限りなく近い本物のナチュラルメイクで、体にも香水を全然降りかけていないのは最高だ。心の中では感激のあまり、魔神にイケニエを捧げる邪教の司祭みたいに踊り狂っている。

 「きゃあァん! ダメだってばァ!」

 白い手の甲に唇を軽く押し当て、そのままずらして味わうように掌に這わせる。滑らかでみずみずしい柔肌の感触が堪らない。胸の高鳴りがさらに激しくなり、彼女の背中越しに僕の興奮が伝わっていると思う。これはかなりそそられる。

 「もうッ。だから、今はダメ!」

 「じゃあ、作った後からならいいのかな?」

 「……知らない! そんなこと言っていると、食べさせてあげないんだから」

 彼女は頬を膨らませて唇を尖らせた。耳まで赤くなって、とてもカワイイ。

 「ごめん、ごめん。焦ってがっつきすぎた」

 手料理を食べられないのはとても困るので、僕は謝りながら離れた。

 「こっちの手伝いはいいから。お皿とか用意してちょうだい」

 返ってきた声が弾んでいる。彼女の機嫌を損ねていないのを確認した僕は、素直に従ってテーブルの準備を始めた。

 「あら、そのワインって結構高いんじゃない?」

 「よく知っているね。肉料理によく合うから奮発したんだ」

 手料理を味わう時に飲むと決めているので、今回も数日前に新しいのを買っておいた。

 「ねえ、そろそろメインを作りたいんだけど」

 僕は料理を始める前に、メインディッシュだけ最後に作るようにお願いしていた。

 「一緒に作らないと間に合わないのに」

 「うん。でも先にサラダとスープを完成させた方がいいんだ」

 彼女はかわいい仕草で首をかしげている。僕はその背後から再びそっと近付いた。

 「サラダはできてるし、スープだってもうすぐよ。で、メインはどんなのが――」

             〜  ☆  〜

 僕は彼女と別れた。ついさっきのことだ。

 どんなに望んで、願って、恋い焦がれても、もう二度と会えない。

 今、目の前に残されているのは、彼女がお気に入りだったパン屋で買ったバゲットと、僕への想いが込められた料理だ。

 シーフード・サラダと野菜たっぷりスープ。――これらが僕に作ってくれた最初で最後の手料理。

 そして、メインディッシュ。

 これらを味わう前に、調理器具はきちんと洗って片付け終えている。ダイニングも丁寧すぎるほど掃除した。

 そして、彼女はすでにアパートの自室に送り届けている。

 明日は生ゴミの日だから、野菜くずや骨等はすでにゴミ袋に入れて、そのまま出せばいいようにしている。どれもこれもいつもの事だから、もう手馴れてきた。

 あとは心ゆくまで堪能するだけだ。

 僕はゆっくりとメインディッシュの手料理を味わっている。

 やっぱり、彼女の手料理は最高だ。

             〜  ☆  〜

 わたしは今、とぉ〜っても舞い上がっている。このまま天国までひとっ飛びしそうだ。

 さっき、付き合ってだいたい三ヶ月になる彼と映画を見た。

 内容は甘く切ないラブロマンス。男達は「よくある話なのに、また夢中になって。よく飽きないな」と呆れるだろう。

 けど、心のどこかに夢見る乙女な自分がいる限り、そしてそんな女性が全滅しない限り、この手の作品は何度もヒットし続けるだろう。

 だって、新しいのが創られたら、また観たくなるに決まってるじゃない。こんなにも荒みまくった現実社会を生きていくには、脳ミソが胸焼けするくらい甘ったるぅ〜いラブストーリーは絶対いるって!

 実際、クライマックスでヒロインがイケメンセレブな彼氏と結ばれた時、観客の半分以上を占める女性の溜息がハモってドキッとした。わたしだけでなく、他の女性達も周りを窺うようにそっと見回していたので何だかおかしかった。

 女性達の切ない溜息と男性達の重い溜息が渦巻くシネコンを出た後、全世界にチェーン店を建てまくっている大手コーヒーショップに寄った。

 勿論、何度もドキドキハラハラキュン死にさせられまくった所為で喉がカラカラになったから、水分と落ち着きを取り戻す為だ。

 彼がトイレに行っている間、コーヒーの苦味で平常心を取り戻したわたしはスマホでネットサーフィンしていた。

 「何を見てるの?」

 帰ってきた彼に、ニュースの文面を目で追いながら答えた。

 「あの事件の続報よ」

 最近、「あの事件」で通じてしまう連続殺人事件が、さっき見た大ヒット映画以上に世間を騒がせている。

 数ヶ月に一度、二〇代前半の女性がアパートの自室で発見される。

 しかも全員、両手が切り取られていた。被害者はもう五人になるが、一人としてその部分だけが発見されていない。

 こういった犯罪に詳しい専門家の間では、「犯人は異常性欲者もしくは殺人快楽者で、若い女性の手をコレクションせずにはいられないのだろう」といった意見が大半を占めている。

 以前、一緒にニュースを見ていた彼は「犯罪心理学に興味を持った人間なら、この程度の事は言える。専門家も大した事無いな」と鼻で笑っていた。

 そして、今は「ふぅん」と興味なさげに答えて、わたしの向かいに座った。

 次の瞬間、表情が一変して真剣な眼差しでこっちを見つめてきた。

 「な、何よ」

 さっきまでと全然違う雰囲気に圧され、問いかけるのがやっとだった。

 「きみの手料理が食べたい。今から僕の部屋に行かないか?」

 予想外の彼のセリフに、わたしは言葉を失った。多分、結構な時間ポカ〜ンとしちゃっていたに違いない。ゥうわァァァッ、恥ッずかしいィィィィィッ!!

 だって、いきなりだったし。何を言ったのか全然分からなかったし。でも、時間が経つとようやく理解できた。

 その途端、自分でも分かるくらい頬が熱くなり、彼の顔を見られなくなった。

 さっき見た映画の名シーンが頭の中で次々に再生されていく。あのヒロインがわたし自身だったんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。

 もしかすると、今夜は初めてキスするのか。いや、それどころか――

 わたしは高まる期待と湧き上がる恥ずかしさに身悶えそうになるのを堪えて「うん」と頷いた。

 声がちょっと上擦ったかな? ああ、彼が笑ってる。

             〜  ☆  〜

 僕は肉料理・魚料理・精進料理も、日本料理・中華料理・フランス料理も、みんな好き。

 でも、一番好きなのは他でもない“きみの手料理”なんだ。

 読み終えた後、彼が恋人を殺して『手料理』を食べた、と思われているのでは?

 でも、そう断言していいのでしょうか?

 あの後、何らかの理由で喧嘩が始まり、急に別れ話にまで発展し、それでも律儀に彼女を自宅まで送った。ところが、その日のうちに侵入してきた連続殺人犯に殺されて両手を奪われたのかもしれない。

 彼が殺して手を食べたという証拠は一つもありません。つまり、よくある失恋話。

 その一方、彼が殺害・食事をしなかったとも断言できません。これもフィクションとしては、よくある話です。

 鋭い人ならば、どちらにも気付いた事でしょう。

 さて、話は変わりますが、書き終えた後で「こいつが真犯人なら、ハンニバル・レクター+吉良吉影だな」と思いました。我ながら気付くのが遅いですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公のマンションに来た辺りから主人公が食人鬼系の犯罪者だと思ってしまった。…………そうとは限らないのに。反省(笑)
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