入学試験
おじさんの死から8年間、ただひたすらに訓練を繰り返した。
10歳を過ぎた頃から、俺があまりに真剣に訓練に打ち込むので、親が王国剣術を教える道場へ通わせてくれた。
道場ではおじさんの教え通り、降り下ろす、突く、突き上げる、袈裟切り、薙ぎ払い、の一連の動作の習得から始まった。
この動作を完璧に習得して初めて王国剣術の入口に立つ。
基礎を完璧に習得してからの剣術と、不完全な形で基礎を習得してからの剣術では、天と地ほどの差があるのだ。
道場に通う人の大半は、ジーナスのように騎士を目指す子供達だ。
しかし半数以上の子供達はすぐに道場を去ってしまう。なぜなら、剣とは普段使わない筋肉を使うことが多い。そのため筋肉痛を起こし、しかも中々治りにくい。筋肉を酷使するため嫌がる子供が多いのだ。
俺は既に基礎をマスターしていたので、初日から剣術を習う事になった。
トントン拍子に鍛練が進み、気が付くと、騎士学校の入学試験日となっていた。
騎士学校とは、ノイス王国にある騎士を養成する学校だ。
騎士学校に入学できた者は、訓練生として、騎士に必要なありとあらゆる事を叩き込まれる。そして学校を卒業できた者は、騎士としてノイス王国に忠誠を誓う事になるのだ。
ノイス王国・王都南部。
ここにドライス騎士学校がある。二代国王・ドライス王が建立させたと言われている、王国で最も古い騎士学校だ。そんな歴史ある学校の前に俺は立っている。
名門校と言われている通り、学校の前には、貴族の子息や子女、富豪の跡取りなど、やんごとなき身分の方々が多い。
俺のような平民出もちらほら見かけるが、そんなに多くない。浮いた存在だ。
貴族なんかと関わりたくなかったので、彼らを避けるようにして、学校の中に入ろうとした時、俺の行く手を遮るように四人の生徒が立ち塞がった。
四人といっても、リーダー格の生徒とそれに追従する取り巻きという感じだ。
「何でこんな所に平民がいるんだ?」
リーダー格の生徒が、いかにも上から目線で言うてくる。
「しかし良く見たら可愛い顔をしてますぜ、兄貴」
取り巻きの一人だ。
気にしている事を言われた。
俺はれっきとした男なのだが、顔立ちは中性的だ。
見た目が女の子っぽいせいで、15歳になった今でも、時々女の子と間違えられる。
「お前、男の服を着ているが、女なのか?」
「違う。俺は男だ」
「もったいねぇ。女だったら可愛いがってやったのに」
もったいない。
これもよく言われる言葉だ。
母親からもよく言われる。今も言われる。
「あっそ」
上から目線の貴族との会話ほど不毛なことはない。俺は早々に切り上げ、彼らの横を通り過ぎようとした時、取り巻きの一人が引っ掛けてやろうと足をつきだしてきた。
俺は見事に足に躓きーーーこけることはなく、小さくジャンプして避けた。
「おい平民」
リーダー格の生徒がイライラとした声で呼び止めてきた。
「何だ?」
「ここは平民の来る場所じゃない。早々に立ち去れ」
「君に言われる事じゃないな。騎士学校は全ての者に開かれている。ドライス王の遺言だ。知っているだろう? 俺は騎士になる」
まだ何か言っていたが、無視して中に入って行く。
中では係員と思われる騎士から、入学試験票を見せるように言われた。
「うむ。票は本物のようだな。ようこそドライス騎士学校へ。試験会場に入るとすぐに試験が始まる」
すぐに試験とはどういう事だろう?
その事を係員の騎士に尋ねる。
何でも試験官は騎士らしく、その騎士が任務のため王都を急遽離れる事になったらしい。しかしあまりに急だったため、代理を立てることができず、今日を迎えてしまった。
今は少しでも時間を短縮する為に、来たものから順に試験をしているらしいのだ。
「すぐにでも試験だ。いいか?」
「え、ちょっと待って下さい。試験の内容は何ですか?」
「模擬戦闘だと聞いている」
「分かりました」
「では正面の扉を進め。幸運を祈る」
幸運を祈る、だって?
模擬戦闘だと言ったが、一体何と模擬戦闘をさせる気だ?
とりあえず係員の騎士に言われた通り、学校に入ってすぐ正面の扉を進む。
扉を抜けると外に出た。
どうやら中庭らしいが、広さが半端なく広い。
「あれは……」
どうしようかと辺りを見渡していると、中庭の一角が悲惨な事になっていた。
死屍累々。
試験を受けに来たのであろうという生徒が、山の様に高く積み上げられている。
近くには木剣を持った男が一人、山を見上げるようにして立っている。
まさかとは思うが、あれが試験官の騎士なのだろうか?
ここで突っ立っていても始まらないので、声を掛けるべく男に近寄る。
「あの、すみません」
「ん?」
男が振り向く。
振り向いた男を一目見てわかった。
強い。
この山を築いたのは、この男だ。
「試験を受けに来たのか?」
「はい。試験官の方ですか?」
「左様。ワシが試験官を務めるセクト・スイシュンだ。票を見せてくれ」
セクトに票を見せた。
「ジーナス・アルマか」
「はい」
セクトが鋭い視線で俺を見る。
「試験は見ての通り、ワシとの模擬戦闘だ。どんな武器でもいい。ワシに一撃入れることが出来たら、試験は合格だ」
分かりやすくていいし、これなら時間もあまり掛けなくていい。自分より弱い者は不合格にすればいいだけだからな。
「分かりました」
試験官の騎士を見ながら木剣を構える。刃の付いた剣を持ってきていたが、防犯上の理由で係員の騎士に預けていた。代わりに借りたのが木剣だ。
「ほぅ、構えを見る限りは剣をやっているように見えるな」
セクトが大きく頷く。
「しかし実力はどうか」
セクトも構えた。
やはり全く同じ王国剣術の構えだ。
「行きます」
正面に構えていた剣を下に下げる。切っ先が地面に当たるぐらいまで下げる。
「来い」
セクトの言葉に地面を強く蹴る。
地面を滑るようにして走り、彼の足元まで来ると剣を横に薙ぎ払った。
「二ノ型 回天」
横に薙ぎ払うも避けられるが、回天は二段階の剣術だ。剣の遠心力をそのまま残しつつ、回し蹴りを放つ。
「ほぅ」
これは防がれた。
一撃目は避けられ、二撃目は腕で防がれた。
「中々の威力だな。しかし胴ががら空きだぞ」
腕で防がれていた足を払いのけられる。
セクトは払いのけられバランスを崩した体に突きを放つ。
「っ!」
ただの突きだ。
しかし早すぎる。
辛うじて体を後ろに反らせて衝撃を殺そうとするも、殺しきれず突きを肩に食らってしまう。
「ぐっ……」
木剣だったため鈍い痛みが肩に走った。これに刃が付いていたら、肩に刺さっていたところだ。
「よく衝撃を殺したな。完全に隙を突いたと思ったが」
「殺しきれませんでした」
「十分だろう」
「いえ、まだ十分ではありません。もっと鍛練をしなければなりません」
「そうか」
セクトは満足そうに頷くと、木剣を片付ける。
ああ、これは駄目か。
「合格だ。文句なしのな」
そう言ってセクトは笑う。
何かの罠か、と勘繰ってしまうが、どうやら本当のようだ。
「ようこそ、ドライス騎士学校へ。ここで良く学べ。ここでの経験はやがて役に立つ」
「はい!」
こうして俺は騎士学校の入学試験に合格した。