創作同好会
学園の隅にある小さな教室――他の部や同好会の部屋とも離れたここが、本日発足した私立桜凜学園創作同好会の部室だ。
しかし、本当に小さな教室だ。長机を二つ並べた結果、パイプ椅子を置いて座るスペースをかろうじて確保出来る程度とはな。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、それも仕方ないかと、俺こと鶫は考える。長身に眼鏡をかけているせいが、周囲の連中からは優等生、もしくエリートと呼ばれる。
この件に関し、俺たちの熱意は確かだったと自負できるが、発足当初の同好会の立場はせいぜいこの程度だろう。これからの三年、気合いを入れて大きくしていけばいいだけの話だ。
そのためには、まず出だしが肝心だろう。
俺は徐に立ち上がる。
「では、そろそろいいか」
言って、我が同好会の錚々たるメンバーを見回した。
「おっ、やる気だねー。鶫くん」
と、最速で反応を示したのは大久保美夢だ。一言でいうと、掴みどころの難しい女だ。肩にかからない程度の天然パーマに、小学生並みの低身長。見たところ身長は150cm前後だろう。まな板ではないが、女性らしい起伏は乏しく見えた。俺の好みとは少々ずれるが、少女体型が好きな人間なら昂ぶるだろうし、仲の良い友達からはマスコット扱いされる容姿に思える。
「ああ、もちろんだ。それで大久保。もう一度聞きたいんだが、良いか?」
「おう。なーにー?」
「良いのか? 本当に」
念を押したのは俺自身、未だに大久保のあの言葉が信じられないからだ。
「おうよ、どんと来い!」
と、薄い胸を張る。
「分かった。大久保は、この創作同好会で何を作りたいんだ?」
「ふ、愚問だね。あたしは、BL作品を作りたいんだ!」
どうやら、俺の聞き間違いではなかったらしい。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
創作同好会の残りの二人の生徒、クラスメイトの中條拓が絶句し、大久保を連れてきた張本人である俺の親友、長田真希が頭を抱えている。
「では、その理由を聞かせもらおうか」
だが、俺は臆しない。いや、臆する必要などないのだろう。その理由は明白だ。だからこそ確認したい。その決意をしかと見届けたい。
「あたしが、BLが好きだからだ」
「そのリビドーは確か?」
「無論だよ。毎年BLのイベントに行ってるし、お小遣いも全部BLに注ぎ込んでる。だからこそ、BLに関しての研究を日々怠っていない自信はあるし、BLの素晴らしさをこの桜凜学園に刻むよ。あたし、やるときはやるよ。そこは任せて。保証する」
素晴らしい。素晴らしいぞそのリビドー。素晴らしすぎて、目頭が熱くなってきた。
「おい、鶫。なんでお前が泣くんだ?」
「大久保の熱意に心を打たれた。歓べ、中條、真希。我々の勝利は決まったも同然だ」
「ブイッ」
「大久保さん・・・・・・今Vサインしても意味ないよ」
「そ、それでだ」
俺としたことが、不覚にも感極まってしまったらしい。慌てて目頭を手で拭い、仕切り直す。
「大久保、その熱意に俺は心をうたれた!故に、俺は君に副会長の座を与えよう!」
「えっ?ほんと?権限とかなんかある?」
権限か。そういったものは全く考えていなかったな。元々自由創作のスタンスだからこそ、強い上下関係を用意すべきではないと考えている。
だが、そうだな。そのリビドーに対して俺も報いるよう、最善の努力を払うべきだな。
「ああ――何でも好きなものを作るが良い。BL小説でも、BL雑誌でも、な」
「会長ッ!」
と、大久保が眦に涙を浮かべ、立ち上がる。
「あたし、会長についていきます! 一緒に、この創作同好会の名を学園の伝説としましょうッ!」
「大久保・・・・・・」
俺は、思わず息を飲んだ。しかし、その次の瞬間には我知れず微笑が浮かび、自然と、右手を大久保に差し出していた。
「ああ、頼む。大久保の力が、俺たちには必要だ」
「会長・・・・・・」
そして俺と大久保は、熱い握手を――否、創作同好会の会長と副会長は誓いをしかと刻みあうように、互いの手を握りあった。
「ねえ、中條くん」
「どうした、長田?」
「ぼくたち、いらないんじゃない?」
「いらないよな、俺ら」
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誓いを刻み終え、大久保が席に着席する。
これだけでも満腹という心地だったが、まだ話は終わっていない。俺は気を取り直し、今度は中條拓に視線を向ける。
「では、聞こう。中條、お前はこの同好会で何を作る?」
「何って・・・・・・」
中條拓ーー立ちぎみの癖毛に、中肉中背という容姿の同好会メンバーは少しの間考え込む。そして、おそるおそるといった具合に口を開き、言葉を繋いだ。
「みんな文学系で書くみたいだから、俺も合わせた方がいいよな? あんまり書いたことないけど、それなら――」
貴様、今なんと言った?
苛立ちのあまり、全身の筋肉が滾り、俺は両手の拳を限界まで握り締める。
動悸が跳ね上がる。頭に血が上った影響か、視界がぐらりと揺れ、しれずその場で大きくよろめいてしまう。
「俺も、なんとか小説とか感想文とかを――」
「おい、中條。貴様、頭でも沸いたか?」
蹌踉めきつつも、絞り出すように言葉を吐き出す。貴様は今、信じれられないことを言った。合わせるだと? 言ってくれるな小童がァッ!
「貴様、本当に小説や感想文などと、日和ったものを出すつもりか?」
「いや、ここにいる以上、周りに合わせるのが当然かと・・・・・・」
たまらず、俺は両手を机に叩きつけた。あまりの痛みに背筋が冷たくなったが、現状では些細なことでしかない。つまり、中條は妥協すると言ったのだ。これは創作同好会にとって由々しき事態だろう。始めだからこそ尚更だ。
「中條、貴様の愛はその程度だったのか?」
「え? 愛?」
「貴様、物作りが好きなんだろう? 特にガ○プラが作りが好きなんだろうッ!?」
冷静さをかなぐり捨て、俺は叫んだ。
その愛を、捨ててほしくなかった。愛なくしては大望も大義も成せ得ない。
「え、いや、でも創作は文章を書くもので・・・・・・」
そうか、と悟る。認識の違いが生じていたいようだ。ならば、俺の成すべきことははっきりしている。
「物作りである以上、ガン○ラも立派な創作だッ!」
「え?」
「そもそも、何故俺がこの同好会を結成したか分かるか?」
「えっと、本を作りたい、から・・・・・・か?」
「ああ、確かに俺はお前を誘うとき、そう言った」
それがミスたっだか。自省だな。
自分を落ち着かせる意味を含めて、俺は一呼吸置いた。そうしてゆっくりと口を開き、気持ちを込め、きちんと伝わるように言葉を口にする。
「いいか? それならば、俺は文芸部に所属しているさ。確かに俺は本を作りたいと思っている。しかし、それは分かりやすい形を示したものであって、最終的にはこの創作同好会でありとあらゆる創作が行われることを目標としている」
「ありと、あらゆる?」
中條は渋い顔を浮かべている。
鈍感な奴め。まだ分からないか。
「ジャンルは問わない。物作りであれば何でも奨励しよう。音楽を作るも良し、本を作るも良し、恋愛小説を書くもよし、官能小説を書くもよし、BL小説を書くも良し――」
そう語っている傍らで、大久保が「鶫くんってえっちいの?」と真希に話を振っていた。愚問だな。下半身は「獣」という本能のままに荒ぶる別生命体だ。エロいに決まっているだろう。でなければ子などなせん。
「そう、ガンプラを作るもよしだ。なあ、中條。お前の作りたいガンプ○は何だ?」
「それは・・・・・・デ○ドロビウムだ」
絞り出すように、中條が告げた。
なるほど。あれか。中條、お前も分かっているじゃないか。
「ああ、あれは良いものだ」
「分かるのかッ!?」
「ああ、分かるとも。大艦巨砲は男のロマンだ」
すると中條は満面の笑みを浮かべた。俺たちのように全ての人がガンプラを愛しているわけではない。だからこそ、中條もそのことに苦しんできたのだろう。それが俺の言葉によって少しでも報われたのならば幸いだ。
「なあ、鶫。頼みがある」
「ああ、何だ?」
「俺の夢、聞いてくれるか?」
これを聞かぬなど愚問だ。俺は微笑を浮かべ、そのリビドーを迎え入れる。
「俺は、いつかガ○ダムのようなロボットを作りたいんだ。その夢、どう思う?」
「素晴らしい夢だ」
ああ、本当に素晴らしい。素晴らしすぎて、視界が濁ってきたぞ。くっ、いかんな。今日は泣かないと決めたのに、感激の余り涙が溢れて止まらない。その夢が素晴らし過ぎて、自分すらちっぽけに見えてくる。
だが、伝えよう。声が上擦っても良い。頼りなくとも良い。それでも、言葉にさえ乗せれば、伝えることが出来る。
「中條、創作同好会として一緒に――その夢を叶えよう」
「鶫? いいのか?」
「いいに・・・・・・ふ、決まっているッ!」
「鶫・・・・・・」
と、中條の瞳から涙がこぼれ落ち、彼はそのまま俯いて肩を震わせ始めた。
おいおい、男が人前で泣くものではないだろう。いや、俺も人のことは言えないか。
「中條・・・・・・こっちに来るんだ」
「鶫・・・・・・」
そう言うと、おそるおそると中條が立ち上がる。
そうして俺たちは引き合うように歩み寄り、そのまま熱い抱擁を交わした。
「お、これは良いものを見させて頂きました。これは良いものが書けそうだ。ぐへへ」
「大久保さん、お願いだからやめて。二人の名誉のためにも」
「えー」
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涙が落ち着いてきたところで、会議を再開する。
機は満ちた。どうやら、あの話をする時が来たようだ。
「では、使用ソフトについて提案させて頂く」
と告げると副会長である大久保が挙手し、
「かいちょー、長田くんの話はいいの?」
と告げたが、俺は、
「分かってるから良い」
と返した。
「ふーん、そうなんだ」
話はこれで終わりだ。それにその物語はここで語られるべきものではない。真希、影ながらお前の恋を応援するぞ。大久保はBL好きの難敵だが、がんばれ。
「いいのか?」
中條が真希に聞く。
「・・・・・・うん。いいよ、もう」
真希は、項垂れながら答えた。正直悪いとは思うが、やむを得ない。
「さて話を戻そう」
そう言って、強引に会話の流れを戻す。俺にとっては、ここも大変重要だ。分かりきっている議題など後回しでよい。
「それで、だ。中條以外は主に文章、最終的には本としての製作を行うことになるのだが――」
ここで一呼吸置く。遂に俺のリビドーを解き放つ時が来た。待ちに待った時だ。その信念を見事通して見せよう。
「製作、並びに執筆作業は一太郎のソフトで統一させて頂く」
「え、あたしそっち系のソフトはワードなんだけど・・・・・・」
「外道が」
吐き捨てるように、俺は告げた。
腑抜けが。海外のものであるマイク〇ソフトの製品を使いおって。日本人なら日本人の作ったものを何故使おうと思わない? 海外のものであるワードを使うなど、売国奴のすることだ。故、日本は廃れてゆくのだ。
ならば、その流れを止める意味も含め、俺は止まれない。だから、吐き捨てるように俺は言葉を紡いだ。
「貴様、それでも日本人か」
「えー、そうゆう問題?」
しかし、大久保は脳天気に返してくる。
まあ良い。腸が煮えくりかえる思いだが、予想できた事態だ。使い始めれば、あのATOKの素晴らしい変換機能を味わえば、必ずそのイズムに染まるはずだ。「ああ、そういう問題だ」
「えー」
「大久保さん。諦めた方が身のためだよ。一太郎くん、一太郎教で、一太郎のソフトにすごいこだわりがあるから」
苦笑いを浮かべる大久保に、ため息をつきつつ真希が言葉をかける。しかし彼女はそれに首を傾げた。
何が気になったのかと考えると同時、大久保は、
「一太郎くんって誰?」
と告げたので、
「――俺だ」
胸を張って答えた。
そうだ。俺の名は鶫一太郎。この名を誇りに思う。まさしく運命だったんだ。
だからこそ、一太郎が一太郎のソフトを使い、一太郎を布教するのは当然だろう?
そうして、創作同好会の執筆並びに製作のソフトは一太郎で統一された。
では、帰宅後早速一太郎のソフトを注文しよう。金は無論俺もちだ。一太郎を広められるなら、その程度は出費は安いものだ。
はじめまして、山滝進也です。
桜凛堂と言う6人組のサークルで活動しています。普段仲間内でしか作品を見せ合うことがなく意見にも変化がないため、このような場で皆様のご意見をお聞きしたく投稿させていただきました。
どのようなご意見、ご感想も大歓迎ですので、遠慮なく仰ってくださると幸いです。