表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
5/22

受難

 一人の赤ん坊の傍に、数人の半透明な美女や美青年が集まっている。


 赤ん坊の見た目はどうにも可愛らしく、その顔さえ見られれば、嵐が来ている日でさえも太陽も顔を出すと思えるほどの愛くるしさで周りの美男美女に笑顔という幸せを振りまき、


 その赤ん坊を囲むそれぞれに薄い蒼色や緑色、果ては茶色に透けている髪を持った整った容姿の者達は、赤ん坊を中心にふりまかれる幸せを十分に享受して、皆子供に構い合っている。


 キャッキャッキャッキャと楽しそうに子供が笑えば、青い髪をした青年の一人が「こうすればもっと楽しいだろう?」と言わんばかりに空に水のアーチを作り、中空に虹を描き出す。


 それに対抗してか、濃い緑の髪をした少女が地面に手をかざしてその手の先にあった地面からいくつもの花を咲かせて、茶色の髪を持った美女が砂でできた豪奢な城を作り上げ、薄く緑がかった髪を背中に流している小年が小さく風の渦を起こす。相反するようにも見えるそれらの超常的奇跡は上手い具合に組み合わさり、一瞬にして幻想的な空間を作り出すのに至った。


 先ほどまで笑いながら見ていた子供も今はその光景に食い入るようにして見守るばかりになっており、そのあまりの夢中ぶりにますます周囲の半透明な集団は凄いことを起こそうと躍起になる。


 そして――――――


「おい、働けよお前ら。精霊だからって横着してるんだったら、もう面倒見ないで何処か行くぞ。つーか捌くぞ」


 その場に響く、氷点下を割ったとんでもなく冷たい声によって空気がピタリと停止する。


 声を挟んだのは、身長が一メートルにも満たない小柄な幼児。その髪は純粋の白であり、両の瞳は色彩の違う青に染められ、細い体と白い肌に端麗な顔立ちを合わせれば、随分な可愛らしさといえるだろう。


 だが、その幼児特有の丸っこく愛らしい作りの顔に浮かんでいるのは恐ろしいまでの怒りであり、純粋な苛立ち。蔑むように射抜く視線の先で、幼児に精霊と呼ばれた集団はビクッと体を震わせる。


「分かってんだろ? もう既に太陽が結構登ってる。いつもの調子でいけば今からリナの昼食を探しに行かないと、昼ご飯には泣くぞ? いいのか? 遊んでばかりいると腹減って泣いて手を付けらんなくなるぞ。そん時は宥めないからな」


 幼く舌足らずにも聞こえそうなほどの子供特有の高い声で―――しかしそれを塗りつぶすほどの迫力と意思を感じさせる声音で告げる子供―――創志は、あ~あとでもいうように肩を竦めて、抱えていた薪をぼとぼとと一か所に置いた。


 そして創志が苦心して作った木刀の方に歩いて行こうと踵を向けた瞬間、まるで事前に図ったかのように一瞬で姿を消した精霊各位。見事なまでの逃亡であり、ここでいかなる恐怖政治が行われているのかが窺い知れるというものだ。


 とは言え、そんな迫力やら恐怖やらも関係なく、地面にいた赤ん坊は突然楽しませてくれていた精霊たちがいなくなってぐずりだしてしまう。それはもしかすると、唐突に周囲から存在の気配が消えたことによる名状しがたい寂しさのようなものかもしれない。


 当然、赤ん坊は泣き出す。うぎゃあおぎゃあと大きな声が辺りに響き、創志はそれを聞いて一つため息を吐く。


「泣くな泣くな。ほれ、綺麗なものくらいだったらある程度見せらんなくもない。これで泣き止め」


 創志は一言、たとえ意味が通じないと知っていてもそう告げてから、樹の下に立てかけて置いた木刀を正眼に構えたのち、上段からの振り下ろしを行う。するとその木刀の太刀筋を一瞬遅れて追うようにして、七メートルくらいの白い巨大な剣撃が発生し、その構成された光の粒子が陽光降り注ぐ昼の世界に、舞う雪のように残滓を残す。そして何の目標も持たずに行われた剣撃は、そのまま何も傷つけることなく、構成粒子が解けて全てが光へと変化する。


 続けざまに十三の剣撃を放って周囲に光の霧を作り、その粉雪を思わせる幻想的な光景でどうにかこうにか赤ん坊のご機嫌を取りなおすことに成功した創志。再びキャッキャッキャッキャ笑い始めた赤ん坊を見てため息を吐いた。


「お前はそうやって周りを振り回すの好きだよな。そんな大人になるなよ」


 自分の恐怖政治ことは完全に棚に上げて、そんな風に一言呟くのだった。


★★★★★


 それは一年ほど前に遡る。


 創志が鷹の見た目をした風の精霊に連れてこられたのは急峻な山の中腹から山頂の丁度真ん中あたり、全体の四分の三くらいの高さにあった平らな地面の上であった。

 先ほどまでと比べれば二倍以上はある背の高い木々に囲まれた、上空から見れば完璧な円を描いているとした言えない開けた土地。その場所は未だ空にある創志の目から見ても明らかに柔らかそうで、風にそよぐ草とところどころ見える土の山がどうも自然にできたものとは思えないほどに整地されている印象を与える。


 ただそれでいて、先ほどまで静謐だ自然凄いだの言っていた天然水路の合流点が霞むほどの何らかの荘厳な気配も感じられ、住みやすさと自然の存在感の共存という何とも相反しそうな二つのものが違和感なく溶け込んでいる。


 どう見ても、何らかの聖地とか神域とか浄化された土地とか言われそうな気配を放っているので取り敢えずホッと一息。精霊が創志を連れていくと分かった時点で、地獄とか冥界とか墓地のように怨念の湧き出る場所に連れていかれるとは思っていなかったが、それでも不安が現実化しないと安心するものだ。故に抵抗することもなく、風の精霊に地面にそっと座らせられる。


 座ってから辺りをキョロキョロ見てみると、随分とこちらを覗く精霊の気配が多いことに気付く。その視線には好奇心からの観察ではなく、何か大事なことの見極めのように真剣な感情が見え隠れし、赤ん坊にそんな警戒するなよと呆れた創志。


 というか、問答無用で連れてきた連中の仲間としては、リアクションがおかしい。普通警戒するのはこちらで、そっちはもうちょっとこちらのことを丁寧に扱うべきだとどう考えても思うのだが、やっぱり彼らは木々の陰に隠れたままである。意味不明だ。


(しかしまあ霊格の高い土地には精霊も集まりやすいものだが、この数はちょっと多すぎやしないか? 人口密度ならぬ精霊密度が随分と局所的に高いんだが)


 誰の説明もなく、こちらにかまってくる様子もないので仕方なく思考に没頭する。状況を見る限り、自分を連れ去ってきている割に警戒して、遠目から見ているだけという意味不明な状況。敵意は無し、悪意もない。狂った精霊が居るような気配もしなければ、誰かと契約して繋がりを作っている精霊もいそうにない。


 ……本当、なんで連れてきたのか分からん。


 さっぱり分からないのでしばらくじっと観察するしかない。意識的に見る訓練をしていたためか視力も随分と以前の感覚に近い。森の中の木々の一本一本の境界位ならば見分けられるくらいにはなっている。


 と、そこで森の奥の方で精霊が何やら慌て始めたのを視力と魔力で知覚する。魔力自体精神に引きずられる性質があるので、その逆もまた然りであり、伝播した不安とか興奮などの強い精神状態は周囲の魔力を引きずり、その余波が干渉種並びに魔力を保有する保有種の両方の認識に引っかかることになるため、周囲の存在を知覚することができる。


 しかも精霊という魔力存在であり、動揺を隠すも抑える気もなさそうな者からだったらより明白に伝わってくる。この性質は下手したら、負の感情を一気に叩き付けられて廃人になるかもしれない危険性もあるので気をつけなくてはいけないが、今は特にその心配もいらないだろう。


 とか考えてると、その動揺した様子を見せる精霊たちがこちらを指さして大慌てで話し込んでいる気配がする。気配がするというか、実際に話し込んでいる姿が見れる。なんだろうかと疑問に思っていると、そいつらが瞬間移動かと思うほどの速度でこちらに飛んできて、次いで、丁度脇に抱えるようにして持ち上げられ、今しがた動揺した精霊の来た方角へと連れてかれる。


 こいつら何も告げずにいきなり誘拐されて不安な赤ん坊に対してなんて雑な対応を取るのか。これが創志のような明確な意識を持たない赤ん坊であれば、泣き出してしまったことだろう。もしかしたらストレスで禿げてしまうかもしれない。


 さっさと地面に置いて状況を説明しろや。仏だって三度目で切れるんだからな、いや二度目だっけ? と随分と余裕あることを考えている内に、今度はごつごつした岩が集まっている場所へと出てきた。


 三半規管がシェイクされたような状態でなんとか観察すると、どうやらそこは祭壇みたいな長方形に切り出された岩がどしんと中央に設置されていて、その周囲に苔むした自然石やらでかすぎる巨大な樹の根っこが張り出して周囲を固めている。


 そしてその中央からは赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえており、周囲にいた半透明の精霊たちが随分と慌てた様子で飛び交っている。


 初見で一番に思い付くのは、子供がいきなり泣き出してどうしようか右往左往している大人というところだろうか。というか見たまんまそうとしか見えない。しかしいったい何のために自分をここに連れてきたのか。


 そう思って心中で首をかしげていると、ここに創志を連れてきた緑色した精霊がふよふよと祭壇周囲の障害物を飛び越えて、中央の長方形の岩まで飛ぶ。そして抱きかかえていた創志をそっと祭壇の上に座らせ、少し離れた所へまたふよんと飛んでいった。


 磨き抜かれた石の台座の上に残されたのは、意味も分からず停止している創志と泣き叫ぶ幼児。そして周りには慌てふためく精霊たち。


 どんな状況だ。


(……というかもしかしてこいつ等この状況から察するに俺にこの赤ん坊の世話を焼かせようとしてないか? いや、まさかだよな。俺だって赤ん坊だぞ)


 子供の泣き声を聞きながら思考停止してしばらく。ようやく思いついたその可能性を確かめるために、ちっこい指で今も元気よく泣いている赤ん坊の方を指さして首を傾げて精霊たちを見ると、首が千切れるんじゃないかというような勢いで頷きを繰り返し始める精霊各位。その中には妙齢の美女やら威厳のある髭の生えた男の姿もあり、そんな精霊たちが一部少年少女にも見える外見をした精霊たちと一緒に頷くさまを見て、推測が当たったことへの安堵よりも、真面目に育児しろよ、と叫びたい脱力感に見舞われた。


 精霊って馬鹿なんだろうか。少なくとも創志が生前に遭遇した精霊はここまで人間臭い動作をしなかったし、もうちょっとまともな知識を持っていたような気もするのだが、それは果たして錯覚だったのか。


 まあ、泣いている子供をあやすくらいのことである。特に損をすると思うほどの労力でもないし、落ち着いて精霊を脅は……話し合いをしようと思えばまずは落ち着かせるべきだろう。


 ハイハイで近づき、泣き叫ぶ赤ん坊の顔の前でパァンと猫だまし。魔力のブーストを掛けたことで、普通に大人が手を叩くくらいの音を出して、赤ん坊の注意をこちらに向けた。


 赤ん坊は驚きの為かしばらく泣き止み、こちらに目を向けた後、そこに創志という知らない存在がいきなり現れたことでおどろいたようにまた再び泣き始める。傍から見れば全くの徒労だが、創志からすれば特にそういうわけでもなかった。


 何しろ目を合わせたことで泣いている理由が何となく分かったからである。


(……空腹か)


 赤ん坊が泣く理由などそんなにない。あるとすれば、空腹かどこか痛いのか下の世話かの三つくらいである。このうち匂いがしないので下の世話は無しで、さっき目を見た限り、痛みを訴える人間特有の瞳をしていなかったので何となくだが空腹に検討をつけたのだ。まあ間違っていても、すぐに対処できるので気楽に判断して精霊たちに手招きする。


 勿論相互で通じる言語なんて物はないので、物を食べるような仕草やら飲む仕草でジェスチャーを行い、食べ物が必要なことを伝える。これでも精霊なのだから、赤ん坊が食べられそうな物の場所くらいはしっかりと分かっているだろう。


 ようやく原因も分かって嬉しそうな顔をして飛んでいく精霊たち。その姿を見送った後、またぞろ面倒なことに巻き込まれた気がして額に手を当て、空を仰ぐ。


 誕生後すぐに捨てられ、今度は赤ん坊の世話係に拾われる。いや、まだ世話係と決まったわけでもなく、この後はどうなるのか精霊たちと交渉しないと分からない。


 しかも言語も通じない。今世は一体どうしろというのか、運命神を本当に問いただしたい気分だ。


 シリアスに考えていると、名も知らぬ赤ん坊の振り回した手が体に当たってきた。どうやら自分には襲い掛かる受難は、ゆっくり考えることも許さないらしい。


 そうして適当に赤ん坊をあやして泣き止ませつつ、精霊たちが持ってきた食べ物の半分ほどが赤ん坊に食べられそうなものではなく没を突きつけてジェスチャーと肉体言語で説教したのをきっかけに、創志は赤ん坊世話係としてしばらくここに逗留することになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ