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とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
18/22

エピローグ

 創志がシェヴァストロに激闘の末勝利し、取り敢えず戦闘状態から精神の緊張を解いたとき、まず初めに彼の体を襲ってきたのは、凄まじい体の疲労、全身に走る激痛、腹部に物があるような異物感、精神の異常なまでの倦怠感だった。


 それもそのはず、最初に創志は海を斬って往復し、次いで全力で移動した後に、腹部に穴を空け、剣撃を乱発しまくって、全身火傷を負ったまま、なんとか勝利をもぎ取ったのだ。どう考えても疲れていなくてはおかしい。というか死んでなくてはおかしい。そもそも腹部に穴が開いて焼かれた時点で、安静にしないといけなかったのにそのまま全力で戦っているとか頭もおかしい。


 戦いの前はリナやロドを傷つけられたことでキレていて痛みも感じなかったし、戦いの最中は死の恐怖を前にした狂気と興奮で痛みを感じる前に感情を塗りつぶしていたのだが、戦いが終われば勿論その必要も無いわけで、まとも痛みが走り始めたというわけである。


 取りあえず身体の疲れに関しては、そもそもがどうやら今世になって頑丈な体になったおかげで体力も十分にあったのだが、さすがに腹に空いた穴と四肢と身体の前面の皮膚が爛れて空気に触れるだけで痛みの走る火傷は少々以上に堪えた。


 ついでに言うと、剣撃を放つということは周囲の魔力を自分の精神で引きずっているので、無論のこと魔力を引き摺っている精神も疲弊する。今まで一日十万以上の剣撃の素振りはやってきたが、流石に一時間にも満たない短期間で一万以上の斬撃は体に堪えた。特に、対勇者アンチブレイヴという精神の制限を解放した全力の状態での斬撃などいつもは周囲の影響を考えて放てないので余計に疲弊が大きかった。体感的には、十万の斬撃を超える疲労を感じている。


 そんな超重体の創志が二人のいるであろう場所に向かえば、そこにはボロボロでほふく前進してリナの元に行こうとするロドと、二日酔いみたいに青ざめた顔でどうにか上体だけを起こしているリナの姿があった。


「おい、リナもロドもまだ動いてるんじゃない。お前ら一時期命が危なかったんだからもうちょっと休んでおけ」

「ソージ、そうはいっても自分はリナ様の世話を……ってええええええええ!! なんですかその重傷! ボロボロじゃないですか!」

「ぅぅ……ロド、もうちょっと静かにしてくれないと頭に響く……第一、ソージがボロボロとかってああああああああ!! お父さん、傷だらけだよ!」

「はいはい。全くうるさいな。分かってるって。リナもお父さんはやめろって言っただろ」

「分かって――――げほっげほ、」

「だいじょう―――――ぅぅぅ……頭に来た……」

「……俺よりお前らの方が重傷じゃないか……? ってあれ? 足に力が入らん」


 そんなこんなで創志もぶっ倒れ、精霊界で突然の異変に気付いてやってきた上位精霊たちに看病され、いつの間にやらリナと一緒に日の当たらない洞窟のような場所へと運ばれていった。



★★★★★



 結局、ロドの体調はあのシェヴァストロから奪い返した力だけでは完全には戻らず、多少変質した力を定着させるためにも、一度精霊界に戻ってから傷を癒すことになったらしい。それが倒れた後、創志が聞いた上位精霊からの説明だった。


 無論のこと創志は精霊では無いので依然シナキリ島で療養が決定し、リナは特に精霊界に行っても問題が無かったのだが、創志が行かないということで自分も行かないことにしたらしい。

 

 リナの方は術式の使い過ぎによる術式領域の精神が廃人一歩手前まで疲弊したことが問題だったので、ストレスを溜め込んだりする方が問題だということもあって本人の好きにさせるという決定が下ったとのこと。精霊の説明の後、リナがそのことを嬉々として創志に話しに来た。


 だがその後「本当はどうにかして顔を合わせて話したいんですが、どうすれば話してくれるでしょう」と精霊王とその妻の連名の手紙をリナにばれない様にこっそりと送られた時は「取り敢えず来い。土下座しながらでも話せば、どうせお人好しだから流されるだろう。最低限のとりなしだけはしといてやる」とだけ伝える様に言っておいた。けが人に頼るなよ、とか、まだ忙しいのか、とか色々と言いたいことはあったが、どうやらあっちもあっちでまた何か面倒なことが起こっているらしい。シェヴァストロ関連の話なので、そのうち話すとだけ伝えられたが。


 そういうわけで創志は戦った後から現在に至るまで絶不調であり、以前は面倒を見て世話をしていたリナに日がな一日傍にいられ、しかも水を飲む時も手伝ってもらったり、食事をとるにも介護されたりと、何ともまあ情けない状態に陥った。別に何が悪いというわけでもないのだが、なんとなく育て子の手前いい格好したいという義親おやとしてのプライドと、男として何から何まで面倒を見られるのはどうなのかというもやもやとした感情が胸中を複雑にしていたのは事実である。嬉しくないわけでは無い。怪我したときに、誰かが心配してくれたりしたら創志も人並みに安心するのだが、それで毎日ずっと看病され続けというのも少々心配され過ぎのような気がする。


 その折に看病の間、看病にすることが無くなった時でもリナがあまりにもいつもいつも傍にいたので、いくらなんでもリナの様子がおかしいと創志も気付いたのだが、偶に食料を届けに来る上位精霊が「リナ様が時折島の枯れた植物の方に行っては泣いている」と言っていたことから何となく事情は推測できた。




 要は、リナもまだ幼い少女ということなのだ。




 突然の災厄への怒り。理不尽なまでの力の暴虐と、それに対する恐怖。命を懸けるほどの努力をして、しかし現実を前にして自分が守りたいものを守れなかったという無力感。恐らく今の彼女は人生でも初めての様々な感情を受け止めていることだろう。


 半分とは言えリナも精霊だ。特にまだ純粋な幼い精霊であるが故に、他の年月を経た精霊と違って、未だに完全に精神的にも習熟しているとは言えないので、その力の源でもある自然が死んでしまうということをほとんど経験していない。


 例えるならば、今までお隣として仲良くやっていた友人が、ある日突然強盗に襲われて命を落としてしまったようなものなのだろう。弱肉強食の掟に従うならば、自然の中ではそれが当然だし、そういうものだと割り切らなくてはいけないのだが、それでもリナにとってはただの力の源というだけの存在では無かったということだ。


 情に厚かったというべきか、純粋に明日も今日が続くと愚直なまでに疑っていなかったということか。 少なくとも、その悩みや葛藤に関してはリナ本人が乗り越えなくてはいけない。   


 恐らくは自分でもそのことを分かっているので何の相談もしてこないのだろうが、それでも精神的に不安定になる。


 その不安定な精神を落ち着ける、一種の安定薬的な扱いで四六時中、創志の傍にいるのかもしれない。


 創志はそんな風に納得し、しばらくの間、現実の厳しさから自力で立ち直るまではリナの好きにさせておいてもいいだろうと、見守ることに決めた。


 もし仮にここでリナが折れるようであれば彼女はこの先世間で生きていくことはできないし、何より今の今まで育ててきたリナが自力で越えられないと思うほどに創志はリナのことを過小評価していなかったからだ。


 まあ、どうしても追い詰められているときはすぐにでも支えることができるように、精霊にも根回しして密かに準備は完璧にしておいたが。


 ただ、そうやって決意したところでリナとの関係で問題が無くなったわけでもなかった。


「なあリナ。お前もう見た目は普通に子供じゃ通用しなくなってきたんだし、親離れとは言わないけど、ちゃんと一人で寝る方がいい年だと思うんだ」

「やだ」

「いや、ヤダじゃなくてさ。もう成長してきたんだし、もうちょっと慎みとか恥じらいとかを覚えてからそれに見合った行動をだな」

「無理」

「無理じゃないから。やろうともしないとかどういうことだ。つーか勝手に入ってくるな……おい。人が動けないからって布団に潜るな。聞けこら」

「あったか~い」


 以前は創志のいうことはいくらだだをこねても最終的には聞き入れてくれていたのに、今は全く聞き入れる様子もなく創志に引っ付いてくるようになった。これまでは、一人で寝るといったり、少しばかりませてきたりして女の子らしくなっていたというのに、何故か幼児退行したかのような有様である。


 一体何故? と首を捻るばかりでさっぱりリナが引っ付いてくる理由が分からなかった創志なのだが、勿論そこには理由があった。


 そもそも精霊は精神年齢がその見た目に反映される種族である。無論精霊として安定していない初期であればいくつかの例外もあるが、ある程度年月が経った後ならば、見た目は精神依存の珍しい種族だ。


 現在リナは見かけ上人間で言ったら十歳前後の年である。ということは大体精神年齢は十歳。これは創志が五年でリナを育てたということを考えればとんでもない成熟度であり、更に精霊は基本的に他の生物に命を脅かされる心配もないので種族的にも成熟が遅い種族なので、精霊というカテゴリでは一二を争う成長速度といえる。


 その成長速度の速さのわけは無論のこと創志にあり、色々と面倒を見たり、突拍子もないことを行っては日常に変化や刺激を与えたり、戦闘経験を積ませるといった本来精霊ではありえない教育方法があったからだ。


 しかもそれが自分と同じくらいの見た目の存在がやっているところを見れば、リナでなくとも触発されよう。結果としてリナは多感な時期に多くの刺激を受けることで成長を早め、比例して創志に対する依存度というか尊敬度が上がっていた


 そんなところにきた創志の大怪我である。多少依存気味だったリナが、ようやっと完全に親離れならぬ創志離れをしようとした矢先に起こった悲劇であり、同時に心の拠り所の一つであった植物が枯渇したことも合わせて「離れたらすぐにいなくなるかもしれない」というトラウマがリナに刻まれてしまったのである。不安故に、リナは出来るだけ創志に引っ付くようになったのだ。


 肝心なところで鈍感な創志にそんなことが分かるわけもなく、むしろわからないが故の優柔不断さで、流されるようにしてリナはいつも創志に引っ付いているようになった。取り敢えず最後の一線ということで、風呂とトイレと寝るときは看病は勘弁してもらったのだが、最近はそれも怪しい。というか、だんだんと侵食され始めている。


 精霊による治療は、治癒や再生の魔術とは違い、あくまでも自然の形に添うようにして行わなくてはならないため、一気に腹の穴を塞ぐなんてするときにはそれはもう大量のエネルギーを創志がとっておく必要がある。


 要は、精霊術によって直すんだったら、あくまでも自己治癒力を極限まで強化するような形になるので、栄養というか食べ物を取ってないとあっという間に餓死して死んでしまうのである。シェヴァストロの何らかの術式によって島が枯れ果てた現在、創志の主食は主に精霊のとってくるリナの料理した魚であり、中には魔物のような栄養価の高い魚もいるのだが、長命種でもあった創志の肉体を復元するまでの量には少しどころでは無く足りない。


 なので、創志が完治するまでに一体どれほど時間がかかるのかも分からず、先の見えない中、創志はリナの攻撃をかわし続けないといけなかったのだった。


★★★★★


 凡そ十日ほどで歩けるほどに回復し、島の様子を見てみたいとリナに告げて一人で出てきたのだが、島はどこもかしこも変わっていた。


 激突の時にできた魔力のドームのせいで枯渇していた島の表面はほとんどが吹き飛んでいた。ところどころに地面が抉り出されたような跡がある他は、ひび割れた地面以外に何もない随分とまた殺風景な荒野に変わってしまっている。


 よく座っていた岩の上など最早どこがどこか分からないために、かつて自分の憩いの場所であった湖の面影などさっぱり思い出せない。それなりに気に入っていた場所も根こそぎやられていたので、やはりあの黒男はさっさと倒しておくべきだったと後悔する。


「しかし治ったのはいいけど、振りだしに戻った感じがする」


 取り敢えず適当な位置に転がっていた岩の上に胡坐をかいて座り、遠くの水平線へと目を向け、しばらくの間はぼーっとする。


 偶然教えてもらったかつての知己に会いに行く前に、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。リナが狙われていたのは終わった話だと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。


 それに最後にあの黒男が残した言葉はどう考えても何かのフラグである。末裔すえとか言ってる時点で大分問題だし、そもそもあの口ぶりでは本当に死んだのかどうかさえも分からない。狙いはリナのようなことを言っていたが、単純にそれだけでは割り切れないような一貫した行動をとっていないところにも嫌な違和感を感じる。


 厄介事だ。どう考えても厄介事だ。そもそも自分は特に精霊たちの厄介ごとに絡まれるような趣味もないのだから、さっさと逃げたいなあと思ってしまうくらいの厄介事の予感がする。フラグを乱立して事件がやってくるのは勇者だけで十分なのだが。


「まあ、とにかくボチボチと厄介事は消化していくか」


 こちらに向けて腕を振って、料理ができたと告げてくるリナの姿を目に留め、創志はそれに手を振り返してそちらへと戻っていくのであった。






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