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とある剣士の数奇な転生  作者: 告心
孤島編
16/22

剣士と不吉2

 剣というのはその形状と使用方法から、どう考えても刃元の部分よりも刃先の部分の方が圧倒的に速度が速い。


 これは勿論、剣が振っている最中に全くしなりや風圧の状態を計算しない、一切曲がらない直線の棒のようなものと仮定したときの話で、現実では物体を斬るときの抵抗や自重に引っ張られる事実を勘案しておかなくてはいけない。取り敢えず空気の抵抗に関しては、しっかりと研いであって刃がとんでもなく鋭く、扱う人間の技量が一流以上であれば、空気を裂いて進むようなイメージでほとんど考えなくても済むのだが、やはり武器のしなる状態というのはある程度考えないといけない。


 当たるタイミング、角度、勢い、安定感。どれ一つとっても、何かを斬る上では重要なものが多く、また、欠かすことが出来ないものである。その内のタイミングをいかにして測るかということに対し、非常に武器のしなりは関係してくる。


 故に、熟練者になっていくほどに武器の重心をしっかりと把握しその武器が一体如何様に振るわれることが最も効果的で、また、どれほどの力で振るえば自分の思った通りに動くのかということをしっかりと理解を深めていくのが常道である。無論、通常は全身の動きの全てを意識下において把握し、制御することなど到底不可能なので、人間が無意識の内に最適な動きをするように振り込ませる為に剣を振り、多くの存在が武器への習熟の為に鍛練を繰り返す。


 それは魔力で形成された剣撃も色濃く反映されているところであり、一応は”魔法”という技術に分類される超常現象でさえ、その発生主が現実にひどく依存する存在であるが故に、物理的な影響を無視できなくなっている。


 端的に言えば、イメージする力が強すぎるのである。剣撃を放てる人間はイメージ力が欠かせないとはいえ、剣撃を放つとき使う精神の領域が無意識の領域に含まれているために、実際に自分が振れたことのある剣を模した剣撃しか放てないのだ。


 それは常識で、一つの当然の結論だった。干渉種の人間は、性質の同じ魔法であれば、単一の種類の魔法しか使えないという制限。


 範囲と威力は変えられても、ごく基本的な性質まではいくつも簡単に使い分けできないという四千年以上前からあった常識。


 しかし今、創志の振るう剣撃はその常識を悉く打ち砕いていた。


 恐ろしいまでの重圧と重さを誇る赤色の大太刀。

 どれほど遠くの位置から魔術によって狙撃しようとしても確実に阻害してくる長大な橙色の大刀。

 鋭すぎるほどに鋭く、魔術の構成要素すらも斬ってしまうほどに鋭利な黄色の利刀。

 信じられないほどの精度で攻撃と攻撃の合間を紙一重ですり抜けて傷を作っていく緑の小太刀。

 超高度を誇り、確実に相手の武器を刃こぼれさせる青色の打刀。

 絶対に受け流せないまでの圧倒的存在感で振るわれる藍色の長刀。

 超高速で迫り、光と同じ速度で向かう闇の矢の魔術すら追い抜いた紫色の短刀。


 完全にその性能も特化した性質も違う七色の斬撃を間断なく、最も相手の嫌がる箇所にバラバラに叩き込んでいく。


 最も、常識を逸脱するという点では相手も同じ。


 剣撃を一つ止める間に初級術式を五つ飛ばし、攻撃を喰らうたびにできていく傷は一秒とかけずに完治させる。毒と氷のブレス吐きだして相手にぶつけようとすれば、黒雷を全方位に放って攻撃を散らそうとする。


 常人ならば十年をかけて一つの初級術式を一個ようやく即時発動できるというのに、それを遥かに超える種類の術式を、遥かに超える数、同時に使い、更に同時に剣も振るうとなればそれは既に尋常ではない。

 例えるなら、頭と手足がそれぞれ別のことを同時にやっているようなそんなちぐはぐで出鱈目な行為。


 互いに戦うもの同士の視界が剣撃の発する光で染め上げられ、激突する魔法と術式が乱舞して辺りの魔力は荒れ狂う。

 霧散しきれなかった魔力が周囲に溜まり、再び刀剣の形に引きずられると思えば、魔術炎を構成する要素として混ざり始める。どちらの干渉も受けなかった余剰分は徐々に二人を覆うように加速を始め、少しずつ両者ですらも干渉できないほどのフィールドを形成していく。


 巨大な半球上のドームに覆われ、過剰な魔力の活性により部分的に物理法則が緩み始める中でも、創志とシェヴァストロは委細気にせず互いに攻撃を加え続け、防御を繰り返しては拮抗していた。



 創志が激情を通り越して能面となった表情のまま、右袈裟懸けに赤と緑と青の三つの斬撃を放ち、牽制と布石を放てば、シェヴァストロはそれに対して黒色の結界を発動。術者を起点とした周囲四メートル球体を黒の闇で塗りつぶし、緑の小太刀を互いに消滅させる。残った青の斬撃を体ごと後退しつつ受け、赤の斬撃を躱した後、地面と激突して爆散した勢いを利用してその場から離脱する。


 その間にシェヴァストロも飛翔速度の速い光、闇、雷の高難易度術式を牽制に、躱しにくい風と完全には無効化しにくい炎の術式で創志の方に魔術を飛ばす。

 創志はそれを飛翔速度の速い魔術は紫電しでんで術式を維持する魔力を強引に散らし、多少遅くとも威力のある術式は、遠距離から橙光とうみつで斬り崩す。


 それを二振りでやる間に、残った剣撃四本を利用して更に追撃を行う。


 一進一退。刹那の判断の遅延と対応のミスが即、死につながる互角の戦い。しかし、当人たちは、互いに互いの有利不利を目まぐるしく計算し、お互いがこのままでいったときの勝者まで分かっていた。


 不利なのは――――――創志。


 現在、戦いの様相は互角に近いが、そこには互いの能力の違いによる状態の有利不利がある。

 本来はあり得ないはずの七種類の斬撃を駆使し、その一本一本性質の違う桁外れの七枚の刃を相手を追い詰める様に、反撃を潰し、防御を切り裂き、確実に相手に細かな傷や裂傷を与えてっている創志だが、今のところそのすべてが相手の再生能力によって癒され、完全に無傷のままとなっている。


 初め、精霊でも高位の実力者であるロドがボロボロとなって倒され、敵である不吉な男が無傷だったところから薄々は推測していたが、創志の青天せいてんを受け止めた瞬間から創志は確信した。シェヴァストロはほぼ百パーセントの確率で自分の体を癒す術式を保有している。そうでなくば、樫木折を直接受けた後、更に今も創志の剣撃を受け続けてこうまで動けるわけもないのだ。腹が切り開かれてなくなった臓器すらも復元するほどの再生能力と度重なる創志の連撃による骨に残る疲労までも回復しているところを見るに、恐らくは種族特有の強力な術式である固有術式以上の格を持つ高格術式。


 そして先ほどからいくら術式を使っても、相手の魔力総量が時間ごとに一定の回復を見せているのは、実際に魔力を周辺から吸いとっているのであろう。周囲の魔力を一気に隷属させ、吸収して自分の魔力とする勢いは、創志でさえ下手を打てば、魔力を引き摺った剣撃を作れないかもしれないほどの干渉力を持っている。恐らくはこれも何らかの能力。これはほとんど根拠もないが、恐らくはこの魔力吸収能力こそが、この島の枯渇を行えた理由でもあるはず。


 そして、それらの高い能力だけでは無い、純粋に長い年月を戦い続けてきたことが分かる戦闘技術。一つとして創志の攻撃の奥に潜む策を見抜けぬことは無く、どれも正しく対応している。


 対する創志に関しては、腹部が焼けたことで血は止まっているものの、それでも体の内部が焼かれたことによるダメージは動きの端々に現れている。刀を持たない方の手が震え、汗が浮かび、体に変調をきたし始めているのを全て意思の力で抑え込んで、次々と斬撃を放つ。だが、そもそもここに来るまでに海を全力で走り切った後、一振りに限界数である三つの剣撃を発動しながら一呼吸で七閃の同時二十一剣撃を放ち続けているのだ。いかに体力と精神力があろうとも、魔法と剣の連続使用は確実に創志の体を蝕んでいる。


 それが分からない創志でもないし、シェヴァストロでもない。故にこの剣の間合いを越えた遠距離における戦闘では、ただひたすら長期戦になればシェヴァストロに軍配が上がる。 


「……どうした? それだけか?」


 挑発するようにも見えるが、それよりはまるで戦うことに対する喜悦に溢れているかのような表情で、シェヴァストロは創志に声を投げかける。


 シェヴァストロ自身、この程度で創志が終わるはずもないと確信している。

 さきほどの戦いでは、あえて踏み込んで攻撃をいれようとする、ある種確実に意表をつける攻撃だったというのに、それにすら即対応し、あえて踏み込んでロドの力を取り返したような動きのできる男が、まさか近接戦に限って遠距離戦よりも弱いということは無いだろう。むしろ、近接武器である刀を持っているのならば、本分はそちらのはず。


 長い、本当に長い三千年もの間、たった一人吸血鬼の真祖として生きてきて、長い年月を戦い続けたことでどんな生き物よりも強くなり、どんな物事にも心が流されなくなってからもう何百年が経ったのか数えてすらいない。それゆえに、暇つぶしになるのならと適当な組織に在留し、その組織の指示に従っては強者との戦いで退屈を紛らわせてきた。それでも、互角に戦うことができたのは、一対多の複数戦で、自分と真正面から一対一で戦う存在など不吉とも災害とも呼ばれ始めてから、初のことだ。


 これが愉しいということなのか、と思う。本気で戦いを繰り広げられ、相手の思考が読み取れないなんて、ここ千年の内には絶対にないことだ。力の限り、知略の限り相手と戦うことがこんなにも楽しい。


 一つ間違えれば不死であるシェヴァストロでさえもどうにかして殺しに来るのではないか。そう思わせるほどの危機を前にして、彼は魅了されるほどに戦いに興奮した。


 対する創志は、そんな風に鬼気を放ち始めたシェヴァストロを見ても眉ひとつ動かさない。そもそも彼にとって排除するべき敵が強いなんてことは承知だったことであるし、基本的に前世も格上としか戦っていないので慣れているということもあった。相手が戦いの中で経てきた膨大な年月を感じ取れるだけの実力は彼も持っていたし、そんな強すぎる存在が、いずれ膿んだように破壊を求め始めることもあるというだけの、それだけの認識だった。


 彼自身、戦闘に身を置いた期間は目の前の災厄のような男と比べたらひどく短いだろう。ただ、創志は構造的・・・に一人では無い。


 相手と全力で戦いたいシェヴァストロと、短期かつ近距離の戦闘で活路を見出すのが最も勝算の高いと判断した創志。限りなく低い確率で互いの思惑が一致したときには、共に戦闘の合間にできた達人ですらも見つけられないようなほどの小さな隙に突っ込んでいた。


 創志の自在型高速移動法”縮地”と、シェヴァストロの”炎翼加速”の術式が発動し、互いに互いの距離を神速で詰めていく。


 それぞれ方法は違えど、どちらもこの動きに追いつくまでの速さに思考まで加速させ、身体性能も匹敵するほどに拮抗している以上、ここからの戦いは技量と経験こそが勝敗を分ける近接戦である。


 創志は剣撃として放っていた魔法を刀身に収束させ、刀という存在・・・・・・そのもの・・・・の可能性を強引に上げて、紅に揺らぐ刀を正面から振り下ろした。紅炎・・を纏った刃は紅の大太刀に形状を変え、シェヴァストロの正面の死角から刀を下ろす。


 紅は怒りの証。何よりもまずその性質は斬撃の重さに特化した超威力の剣。それゆえに速さ、技巧ともに剣撃の時にはそこまで高いものでは無かったが、それを近距離で扱えるとなると話は別。


 遠くの場所から受け止めた時とはまた別の、”すべてを叩き切る”その意志の込められた刃は、向けられたものを無作為に威圧し、正しく剣の理に従って振るう創志の手によって、シェヴァストロの認識の死角を通って落ちてくる。


 技巧的な速さにより弱点を無くし、乱れない剣筋によって最大の効果を発揮したその渾身の斬撃は、くしくもシェヴァストロの肩から先の左半身を切り裂くにとどまった。


 圧倒的な威圧と威風を前にして、シェヴァストロが寸前で横にずれたのだ。


 術式”炎翼加速”による左翼ごと斬られた半身のことなどお構いなしに、シェヴァストロは大太刀の間合いを更に縮めて、右手に持った直剣を振り下ろすモーションに入った。既に、突撃の時から上段に構えられていた黒の直剣は、その刀身に刻まれた刻印が黒く輝き、見るものが引き込まれてしまいそうな存在感を放ち始めている。


「 ■ ■ ■ ■ 」


 リナの詠んだ術式を遥かに超える速度で、早すぎる音、速すぎる旋律にシェヴァストロの知る魔術式の最奥を込めて、黒の魔剣は漆黒の雷を刀身から噴き出した。


 彼我の距離はほとんどゼロ。創志が大太刀を構えるには間に合わない絶妙のタイミングで。


 シェヴァストロは、そのまま島を半分消滅させるほどの一撃を創志に向けて振り下ろした。



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