第7話
ダイニングテーブルをテキストや参考書を積み上げて問題集とにらみ合っていると
コーヒーの香りがしてきた。
顔を上げると、カウンターでジュンがコーヒーをドリップしている。
ピアノを弾く趣味があるフユキへの配慮で、防音室が完備されている部屋を割り当てられていたが
肝心の防音設備が施されている部屋をルヌーに占拠されていた。
そこにはアップライトピアノを1台置いているが、机やベッドを置いても十分な空間がある。
集中できる勉強部屋だったが、今は追い出されてキッチンスペースが自分の部屋みたいなものになっていた。
ダイニングテーブルは広くて良いのだが、書籍やノートパソコンを出したり片づけたりが面倒だ。
しかし、ジュンと同じ空間でゆったりと過ごせるのは、悪くない気分だ。
「試験勉強、大変ね」
コーヒーをマグカップ注ぎ、フユキの脇に置きながら、ジュンは参考書をちらっと見て言った。
「中級クラスの卒業試験と上級の進級試験との日程が近いからね。
試験範囲が広すぎるのが、一番面倒かな」
「すごく難しそう」
「宇宙物理学は結構面白と思うけど」
テキストを見せようと手に取ると、ジュンは苦笑して首を横に振った。
「いいよ。私は全然わかんないから」
「面白い読み物があるから、暇つぶしに読んでみるといいよ」
本の山から薄い冊子を引っ張り出して、ジュンに差し出した。
「どうかなぁ?」
冊子を手にとって、首を横に傾げている。
「ものは試しで、とにかく読んでみたら?
月都市の進学先なんてさ、航空宇宙局の管轄のとこしかないんだよ。
だったら、月でしか勉強できないジャンルをやっといた方がいいと、僕は思うけど」
「それは、そうなんだけど……」
フユキは今、難易度が最も高いパイロット養成学科の上級クラス(大学課程)への進級を目指している。
対してジュンは、幅広い一般教養がベースになっている中級クラス(高等課程)への進級を予定しているのだ。
高等課程といっても、フユキの今所属しているクラスとジュンがこれから目指そうとしているクラスでは、学習内容が違いすぎる。
「せっかくなんだけど、自分が上級クラスの進級試験を受ける時期が来てから、考えることにする」
「そっか」
残念そうに冊子をジュンから受け取ると、資料の山の上にぽんとおいて、再び参考書に目を落とした。
「大事な時期に、変な事に巻き込んじゃってごめんね」
「改まって、どうしたの?」
「パパはあんな性格だから、フユキが迷惑しているなんて思っていなさそうだもの。
今日だってあんな調子だったし」
そう言って、小さくため息をついた。
「僕としては、ジュンがいてくれて助かってるよ。
美味しいご飯が毎日食べられて」
「そう思ってもらえてるなら、嬉しいんだけど……」
「それだけじゃなくてさ……」
言いかけた時、いきなりフユキは後ろから頭を小突かれた。
手にしていたカップからコーヒーがこぼれ落ちそうになるのを慌てて防ぎながら振り向くと
不機嫌そうな表情でルヌーが立っていた。
「まだ宿題が終わらないのか? 待ちくたびれた」
「これは宿題じゃないです。卒業と進級試験に向けての勉強です」
「なんでもいいから、早く終わらせろ」
「まだ始めて1時間しか経ってないじゃないですか。
少なくとも後2時間は邪魔しないで下さいよ」
むっとして睨むように視線を向けると、ルヌーはふん、と鼻で笑って参考書と資料の山を見た。
「こんな勉強なんてしなくても大丈夫さ」
「大丈夫なわけないでしょう」
「大丈夫に決まっている。さっき、これが届いたぞ」
目の前に封筒が突き出された。
航空宇宙局の紋章が印刷され【重要】という刻印が押されていた。