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alpha  作者: 小出 まいや
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第6話

マンションの自室に戻ると、入学式の際に来たスーツを引っ張り出して身繕いを整えた。


仕舞い込んでいた靴を探し出すと軽く磨いて履いてみた。


慣れない服装なので違和感を覚えるが、それに対してあれこれと考えている暇はない。


指定されたHブロックの第3ゲートに20時までに到着するには、今すぐ出ないと間に合わないと判断して飛び出すように出て行った。


フユキの住むGブロックからHブロックへの移動に約30分かかり、どうにかぎりぎりで第3ゲート前に到着した。


ゲート前に立つジュンはすぐに見つかった。髪を赤いリボンでアレンジしてひとつつにまとめあげ、赤いパーティードレスに白いショールが映えていて綺麗だった。


立っている姿勢が美しくて、まるで1枚の絵のようにも見える。


そんな自分を見つめる視線に気づくと、フユキを手招いた。


「時間ぴったりね。はい、どうぞ」


白くて細い指から、銀色のチケットが差し出された。なんだか高価そうなチケットだ。


「もうすぐ開演になるから、急ぎましょう」


慣れた足取りでジュンは歩いていく。


どこに行くのか尋ねるタイミングを逃してしまったが、着いていくと立派な劇場前に到着した。


そのまま中に入ると豪華な内装のホールが広がり、これまた豪華なボックス席に案内された。


眼下に広がるアリーナ席に、オーケストラピット。どうやらここは本格的なオペラハウスのようだ。


周囲の空気の圧倒されながら、促されるままに立派な椅子に着席すると、ゆっくりと周囲の照明が落ち、静かにオーケストラの演奏が開始され、舞台の幕があがった。


ホールに響き渡る弦楽器や管楽器の調べに、舞台上に飛び交うドイツ語。


予備知識も何もないままに見るものだったが、オーケストラの音の素晴らしさと舞台に立つ人たちの美しい歌声に耳を奪われた。


ドイツ語は理解できないのでなんだか解らないにしても、その舞台の見せ方や音楽で十分引き込まれていく。


とりわけ、この舞台の主人公と思われる青年の歌声が飛びぬけて素晴らしいと感じた。


この数年間は受験勉強で休んでいたが、10年近くピアノを演奏してきたので音感はあるし、音質の良し悪しの聴き分けはできる。


フユキは今まで聴いたことがない素晴らしい演奏と歌声のハーモニーにすっかり心を奪われてしまい、幕間になるまでジュンの存在を忘れてしまったほどだった。


幕間で軽食と飲み物を取りながら、フユキはどういったいきさつで舞台のチケットを手に入れることができたのか尋ねた。


「身内のコネがあるから」


と、ジュンはにっこり笑って言った。


「身内? 家族が舞台関係者とか?」


「ええ、そうなの」


「へぇ……」


一体どんな関係者かと尋ねようと思ったら、再び舞台が始まってしまった。


夢のような時間が過ぎていき、一体、何の目的でジュンがこの場に自分を誘ったのかをすっかり聞きそびれてしまった。


食い入るように舞台を見つけるフユキの様子を、ジュンは横目で眺めていた。


「気にいって頂けた?」


舞台が終わった後の問いに、フユキは素直に頷いた。オペラのことは詳しくはわからないが、この舞台は本当にすごいと感じたと少し興奮気味に話した。


とりわけ素晴らしい歌い手がいたことが印象的だったという話をすると、ジュンは少し考え込むように目を閉じた。


「その素晴らしい人って、誰?」


役柄と外見的特徴を伝えると、ふうん、というような微笑みを浮かべた。


「そう。耳は確かみたいね」


そしてボックス席の外に出ると、そのまま他の観客とは別の流れで通路の裏の方に誘導された。


係員がジュンの姿を見つけると親しげに微笑んで近づいてきた。


二人は小声で何度かやりとりをし、係員がインカムで誰かと連絡を取り合っている。


恐らくジュンの身内であろう舞台関係者に連絡をつけているのであろうと想像して、会話に聴き耳をたてるのは失礼だろうとフユキは二人から離れて通路の隅に立って待っていた。


「フユキさん、こっち!」


と呼ばれて、舞台裏に続く通路に扉を潜った。


表の豪華さとはことなり、少し薄暗くて殺風景な通路だった。


長い廊下を歩いて行くと、控室と思われる部屋のドアを開けて中に入った。


「今日は一段と素敵な舞台だったわね」


部屋の奥に座っている男性にジュンは話しかけた。


「きみが友人を連れてくるという記念すべき日だから、普段以上に心をこめた舞台だったからね」


聞き覚えのある声だった。


声の主は白いシャツにグリーンのパンツをはいた長身の男性だった。銀色のような金髪で、海を思わせる青い瞳が印象的だった。


「そうね。フユキさんもパパの声が一番素敵だったって言ってるから、思いは通じたみたいよ」


ジュンはにこにこ笑ってフユキに視線を向けた。


「改めて紹介するわね。ご存知だと思うけど、ルヌー・グレーシャム。私の父なの」


「はじめまして。今日はジュンと一緒に舞台を見に来てくれてありがとう」


そう言われてようやくフユキは気がついた。


ルヌー・グレーシャムといえば、月都市において先駆的な音楽家として地球でも名の知れたオペラ歌手だ。


月都市への移住前に音楽の専門雑誌で彼のインタビュー記事を読んだ記憶がある。


大きく写真が掲載されていたが、その写真の人物の記憶と目の前にいる人物との印象は見事に一致している。


驚きのあまり言葉を失ない、フユキはその場に硬直してしまった。

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