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alpha  作者: 小出 まいや
5/12

第5話

彼女は自分の方に向かってゆったりとして足取りで近づいてきた。

フユキは胸をときめかせて彼女の歩みを見つめていた。彼女は自分のことを覚えているだろうか?なんと言って声をかければいいのだろうか?

様々な思考が頭の中を廻っていた。

しかし、予想に反してジュンはフユキの存在をまったく気にも留めない様子で脇を通過していった。

フユキは思わず振り返って、彼女の後ろ姿を見つめた。


「あのっ……!」


呼びかけても反応がない。


「ジュン・ファウラーさん、ですよね?」


その言葉に足を止めて、ゆっくりと振り向いた。フユキを見つめる瞳は鋭く、表情が険しい。

ショッピングセンターで見かけた穏やかな雰囲気の少女とは違い、張りつめた空気をまとっているので、人違いをしたのかと焦った。

服装だって前のイメージと異なっている。ふわふわした感じではなく、きりっとした黒いパンツスーツ姿にビジネスバッグを持っているのだ。


「あの、僕、フユキ・トウジュです」


名乗っても態度に変化がない。

不審者でも見るような目つきで、黙って見つめていた。

やはり、人違いだ。


「ごめんなさい。知人と間違えてしまったようです」


「いえ。ジュン・ファウラーは私で間違いありませんけど。あなた、どういった関係の方だったかしら?」


警戒している口調で話しかけてくる彼女は、あの時とは別人のようだ。


「あの……以前、IDカードを拾っていただいて……」


「あ!あの時の方?」


急に表情が柔らかくなった。微笑んだ彼女の顔をみて、やっぱりあの時の少女だと確信した。


「知りませんでした。フユキさんもこちらにお住まいだったんですか?」


表情は和らいでいても、口調はまだ警戒を含んでいる様子だった。


「違います。その……」


ジュンを探してみようと思って来た、と伝えるべきか否か迷った。

上手な言い訳が浮かんでこない。

下手に言い訳を並べて嫌われるよりは、いっそ本当のことを伝えて嫌われる方がマシだと決心して、正直に伝えた。

フユキの話を聞いて、驚いたように目を丸くして見つめていた。


「そうだとしたら、すごい偶然」


「えっ?」


「私ね、めったに外を出歩かないから。連続してお会いできるなんて、すごい偶然。もしくは偶然とは思えないわね」


「は?」


ジュンの言葉の意味がいまひとつわからない。ぼんやりしているフユキの前に歩み寄ってくると


「ちょっとこれ、持ってて頂けますか?」


と、持っていたバッグを押しつけ、数メートル離れた場所に設置してある電話機に向かった。


地球のような大気をもたない月都市では、有線電話が標準的な通信手段だ。

無線での通信が必要な場合は小型のインカムを使って必要な相手とやりとりをするのが主流となっている。しかし、異なるブロック同士でのインカムは使用できない。

その上、チャンネルも多くはないために混線防止のため、実際はインカム所持は許可制になっており、しかも業務上必要がある人しか許可が下りない。

最初はその不便さに戸惑ったが、慣れてしまえばなんてことはない。

ジュンは誰と話しているのか、小声なので聞き取れない。聞き取ろうとするのが悪い気がするので、あまり視線を向けないようにしていた。

それにしても、持っているバッグをいきなり自分に渡すとは度胸があるなと思った。

女性が持つバッグにしては重量があることに気付いた。

良く見ると男性用のビジネスバッグのようにも見える。これは、彼女のものだろうか?それとも……。


「今日はお暇?」


いつの間にか電話を終えた彼女が目の前に立っていた。


「えっ?」


「音楽はお好き?」


「好きですけど……」


「良かった」


ジュンはフユキの持っているバッグを受け取った。


「では今日の20時、Hブロックの第3ゲート前でお会いしましょう」


「ええっ?」


突然の誘いにフユキは面食らってしまった。


「ご都合が悪ければ、いらっしゃらなくても構いませんけど」


「いや!そんなことはないですけど」


「そう。じゃ、略式で構いませんので正装でいらして下さいね。ドレスコードがあるので、ラフな服装だと入場できま

せんから」


「はぁ……」


フユキは実感がないまま、ぎこちなく頷いた。


「確認したいことがあるんですけど、フユキさん。フルネームはフユキ・アーネスト・トウジュさんでよろしかったのかしら?」


「そうです」


「地球での国籍はイギリスで、現在は航空宇宙局の高等部の学生よね?」


「そう、ですけど……」


流石に彼女の意図がつかみかねて、顔色が変わってきたフユキを見ると


「私の事を情報センターを使ってまで調べた相手に、これくらいの質問をしたって構わないでしょ?」


ジュンはにっこりと微笑んだ。


「では、後ほどまたお会いしましょうね」


そう言い残すと、さっさと歩いて行ってしまった。

デートの誘いとは思えない口ぶりだが、思いたくなってしまう。何だかよくわからないが、これはチャンスではないかと思った。

ちょっと変わった少女だが美人だし、待ち合わせ場所として指定されたところは公的な場所で怪しいという印象も受けない。

とりあえず行くだけ行ってみて、それから先のことを考えることにした。



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