第3話
月都市への中期移住許可が出て移住したばかりの頃
ショッピングエリアを散策した後に居住エリアに戻ろうとした時、IDカードの入ったパスケースがないことに気づいた。
月都市は使用別にA~Jブロックに分割されており、それぞれのメインの利用目的が分けられている。
Aブロック:Airportエリア=月都市の玄関口。宇宙空港として機能している。
Bブロック:Businessエリア=経済活動がメインだが、都市の心臓部でもある管理施設が集中している。
Cブロック:Cargoエリア=月都市内の物資流通専門エリア。地下深くに網目のように存在している。
Dブロック:Defenceエリア=都市内外の警備監視体制及び緊急事態に備えた物資が備蓄されている。
Eブロック:Educationエリア=教育施設関連専門。図書や資料館などもこのエリアに整備されている。
Fブロック:Familiarエリア=月都市での長期滞在者向けの住居エリア。
Gブロック:Generalエリア=月都市での中期滞在者向けの住居エリア。
Hブロック:Houseエリア=劇場や映画館・飲食店などが集中している歓楽街エリア。
Iブロック:Internationalエリア=月都市短期滞在者、つまり観光旅行者向けの宿泊施設のエリア。
Jブロック:Justiceエリア=裁判所や留置所など、法的要素を専門に取り扱う機能が集中している。
フユキは現在、Hブロックにいる。
住居であるマンションはGブロックにあるわけだが、このブロック間移動にはIDカードが必要不可欠なのだ。
どこを探してもカードがない、ということに血の気が失せるのを感じた。
月都市は安定した酸素供給と食料の確保などといった事情で、人の移動が細かく管理されている。
人が偏った場所に集中することで酸素や水・エネルギーの供給が間に合わないという危険を避けるため、ブロックごとで人の出入りがチェックされているのだ。
それによって一時的に出入りが規制されるブロックが出てくることもあるが、それは稀なケースであり、日常的には調整がされており、行動には不自由はない。
そればかりではなく、買い物や交通機関を利用するにも全てカードが必要なのだ。
一定の人物が物資を独占することを防ぐための措置だ。あまりにも偏った買い物をしていると、警告が発せられる仕組みになっている。
カードがないと月都市では身動きがとれなくなる。
何よりもカードが第三者の手に渡って、犯罪に利用されたら最悪だ。
超難関といわれる航空宇宙局の学校への入学試験を突破して、月都市への移住許可が得られたばかりで重大な問題を起こしたら全てがおじゃんだ。
すぐに警備保安局に届け出るべきなのだが、フユキは迷っていた。
「IDカードを紛失した」という記録が残る上に航空宇宙局に通達されてしまう。これは間違いなくマイナスポイントになる。
しょっぱなからマイナス背負ってのスタートなんて、競争率の激しい学校では致命的だ。
どうしよう。
葛藤に苦しんでいるフユキの背中を、誰かがぽんと叩いた。
振り向くと、豊かな栗毛色をした長い髪の少女が後ろに立っていた。人懐こそうな大きな瞳が印象的で愛らしい顔立ちをしている。
(かわいい)
一瞬、今の状況を忘れて見とれてしまった。
「フユキ・トウジュさん、ですか?」
名前を呼ばれて驚いた。
「そう、ですけど。えっと。あなたは……?」
「追いつけてよかった」
にっこり笑って差し出してきたのはフユキのIDカードだった。
「さっき、お店を出るときにポケットから落としたんですよ。
足が速いから見失いそうで心配だったんですけど、追いつけて良かった」
そう言って微笑みながら、少女はフユキにカードを渡した。
「ありがとうございます」
安堵と共に恥ずかしさがこみあげてきて、フユキは顔を赤くしながら礼を述べた。
「地球から来たばかりなんでしょ? 月でのルールはわかりにくいと思うけど
IDカードは命の次に大事なものなの。
無造作にポケットに突っ込むことは、あまり関心できないわ」
「はい。助かりました。本当にありがとうございます」
「じゃあ、お気をつけて……」
そう言って立ち去ろうとする少女に、フユキは慌てて声をかけた。
「あの!もしよければ、お礼にお茶でも……」
と言いかけて口ごもってしまった。
(何を言ってるんだよ!これじゃナンパか怪しい人じゃないか!!)
そう思いつつも、言葉が思い浮かんでこない。
冷や汗をかいてその場に立ちつくしてしまった。