第12話
長身で細身の30代後半と思われるその男性は、フユキの姿を見ると微笑んだ。
この人とは知り合いだったかな?
と錯覚してしまいそうな親しげな笑顔に一瞬緊張が緩んだが、フユキに向かって足を踏み出してきたのを見て身体を固くした。
紺色のビジネススーツで身を固めている、薄い茶色を思わせる金髪に、深い緑の瞳。
どこかで会ったような気がする。
しかし、記憶にはない人物だ。
「こんにちは。急に呼び出してしまって悪かったね」
にこやかに笑う男を見上げ、フユキは何と答えれば良いのか迷っていた。
「わたしはウィジー・ファウラー。
フユキ君とは是非話をしたいと思っていた。会えて嬉しいよ」
そう言って、ガラス張りの建物の中へとフユキを招き入れた。
外側からはただのガラス張りだと思っていた壁は、中から見るとスクリーンがいくつもはめ込まれているものだとわかった。
そこに映し出されているのは地球の自然風景だった。
壮大な森、川、草原。美しく咲き誇る花々が壁一面に広がっている。
座るように促されたソファの座り心地は良く、渡された香りの良い上質なコーヒー。
航空宇宙局の中心部がこんな場所とは想像もしていなかったので、フユキはぼんやりと周囲を見渡していた。
見渡せるほどの広い部屋に全面フルスクリーンともいえる壁。
薄い茶色の床に、隅には大きなデスクがあり書斎と思うようなスペースがつくられている。
フユキが座っているスペースは談話スペースのようだった。
ヴィジーと名乗った男性は、フユキと向かい合って座ると穏やかに話し始めた。
「無事に上級クラスへの手続きを終わらせたようだね」
「はい」
「ということは、音楽家になろうという意思はない?」
フユキはぽかんとしてしまった。
「ルヌーがうるさいだろう? キミに音楽家になれって」
ヴィジーはゆったりとした動作でカップを持つとコーヒーを口にした。
―何故それを知っている?
目の前にいるこの人は一体何者なんだろうか?
一気に緊張が走って、身体を固くするフユキの様子を見ると
「わたしは航空宇宙局の責任者だ。
月都市の情報が全て集約される場所にいる。
ルヌーがどこで、どうしているかなんて、とっくに知っているよ。
あいつとの付き合いは長いんだ。友人といってもいい。
それに……」
いったん言葉を切って、微笑んだ。
「わたしの妹が世話になっているから、一言お礼をいいたくてね」
「は?」
「ルヌーと一緒にいるだろう? ジュン・ファウラー。私の妹だ」
「はぁ?」
目の前にいる人はどう見てもルヌーと同じ年齢、もしくは年上に見える。
ルヌーの娘だといっているジュンのきょうだいなんてありえない。
この人は一体何を言っているんだろうかと、フユキはすっかり混乱していた。
「キミのその様子をみていると、ルヌーは何も伝えてない様子だね」
やれやれ、といった表情を浮かべた。
「13年前、事情があってルヌーに託した。
ルヌーは自分の娘のように可愛がって育ててくれているが、ジュンはわたしの実の妹だよ」
そう言われて改めてヴィジーの顔をじっくり眺め、どこかで会ったような気がすると感じた理由がわかった。
ジュンと似た顔立ちをしているのだ。
それに名乗っているフルネーム。
彼女はグレーシャムの姓を名乗っていない。
ジュン・ファウラー。
考えを巡らせて
ようやく月都市を開発するために私財を投じた財閥の名称が『ファウラー』であることを思い出した。