第10話
翌日、複雑な思いを抱えながら登校すると、教室では進級試験免除の通知が届いたか否かという話題で持ちきりになっていた。
クラスメイトに挨拶をして座席に座り、備え付けの端末モニターを立ち上げて授業準備をしているとエディ・ヴィラードが笑顔で話しかけてきた。
「来ただろ?」
当然のように話を振ってきた。
エディは入学当初から常にトップの成績をキープしている上に、体格もフユキよりしっかりしていて運動能力も高い。
パイロットになるために生まれてきたような者はエディみたいな人物を言うんだろうな、とフユキは思っていた。
そのエディからは、フユキは自分の良きライバルであると言われ続けている。
ライバルだと言われても、一度も勝てたことのない相手だが、エディを追い越せる位置にいるのがフユキだったので、そうとも表現できるのだろう。
身長が163センチ程度のフユキと比較して、10センチ以上高い相手に肩を組まれるとどうにも居心地が悪い。
フユキは、肩越しに綺麗なスミレ色をしたエディの瞳を見つめた。
「来たよ」
と、答えるとエディは嬉しそうにうんうん、と頷いた。
「手続きは終わったのか?」
「昨日の今日だし……まだに決まっているよ」
「だよな。昼休み、一緒にいこう」
「昼休み?」
「早い方がいいだろ。そんなに時間がかかる手続きじゃないだろうしさ」
「そりゃ、そうだけど……」
「決まりだ。午前の授業終わったら事務局行こう。
上級クラスでもよろしくな」
フユキの肩を叩いて軽い足取りで去って行った。
(考えてみたら、贅沢な悩みなんだよな)
ルヌーと張りつきになるのが嫌だから推薦枠を外してもらって、試験を受けようかという考えがあったのだが、そんなことをしたら枠から外れた友人たちに袋叩きにされてしまう。
騒ぎだってそのうちに沈静化して、落ち着いた日々を取り戻すことだろう。
今まで何とかやってこれたのだから、これからも出来ないことはない。そう思うと、気持ちが落ち着いてきた。
午前の授業が終わるとすぐに上級クラスの事務局に向かった。
すると、すでに手続きを終えて中級クラスのエリアに戻ってくる学生の姿が目に入った。
パイロット養成コース・航空管制官養成コース・メカニック養成コースの3コースをあわせて定員10%が進級試験免除が認められている。
もちろん成績が基準に満たなければ推薦枠があっても入ることはできない。
手続きを終えて戻ってきたと思われる女子学生と顔を合わせると、彼女はにこやかに笑って会釈をしてきた。
見知らぬ者同士であっても、同じ推薦枠に入った仲間意識が芽生えている。
彼女はどこのコース希望者なんだろうか、と思いつつ2人は先を急いだ。
すぐに終わる手続きといっても、それなりの人数がいたら昼休み中には終わらないのではないか?という不安があった。
初めて訪れた上級クラスのエリアはとても広くて大きく感じられた。
上級クラスの学生は訓練生としても登録されているので、航空宇宙局の局員と酷似したデザインの制服を着用している。
自分と大した年の差があるわけではないのだが、制服に身を包んだ学生たちの姿は遥かに大人びて見えた。
(格好いいなぁ)
無意識に、すれ違う上級クラスの人たちを目で追いかけていた。
そして、憧れていた世界への第一歩を踏み出しているのだという実感をかみしめつつ、廊下を歩いた。
エディと一緒に来て良かったと今は思っていた。自分1人だったら、この空間の雰囲気に圧倒されて立ち止まってしまいそうだ。
ガラス張りの廊下を抜けて、事務局の窓口に辿り着いた時には数人の中級クラスの学生が手続きを終えているところだった。
窓口に座っているのは、30代とみられる赤毛の男だった。少々太り気味な身体をゆったりと動かして、インターフォン越しに話しかけてきた。
『IDカードをそこに通して』
指示された通りに、2人はそれぞれカード情報を読み取るための端末にIDカードを通した。
『指紋認証をするから、人差し指をそこに』
2・3秒で事務局のドアのロックが開いた。
「エディ・ヴィラードとフユキ・トウジュ、入っていいよ。パイロット養成コースの進級手続きだね」
強化ガラスで作られた扉をくぐると、再び扉が閉じてロックがかかってしまった。
事務局といえどもここには航空宇宙局内の様々な情報が集中している。セキュリティシステムは中級クラスより厳重のようだった。
「ここに必要事項を記入して。それが終わったらアンケート調査がある。全ての記入が終わったら声をかけてくれ。空いているデスクを適当に使ってくれて構わない」
そう言われても、空いているデスクはひとつしか見当たらなかった。
他のデスクには書類やら、パソコンやらが乱雑に積み上げられていて、使える状態ではなさそうだ。
クリーム色の壁と床がぴかぴかに磨かれているだけに、デスクの乱雑さが目立って見える。
床に積み上げられた大量の書類の束が部屋の3分の1を占めていたので、狭くはない部屋が狭く感じられるほどだった。
重要事項はデジタルデータだけでなく、紙媒体にも記録を残すことが義務付けられている。
こうした書類は分類され、しかるべき保管場所に移動することになっているが、時期的に大量の書類が集中してしまい、処理が追いつかなくて今のような状態になってしまうことがあった。
1つのデスクの空間を譲り合って、必要事項とアンケートに記入を行った。
アンケートは適性検査のような内容で、全部で100項目ほどあった。
昼休みの時間内に終わらせなくてはと黙々とチェックをしていって、15分ほどで全ての記入が終わった。
「ご苦労さん。進級にあたっての詳細の連絡と上級クラスの開講式については2週間以内に文書で通知するから」
そう言いながら、2人が記入した書類をプラスチックの筒にいれた。そして、デスクの脇の蓋をあけると、そこに筒を突っ込んだ。
テーブルのキーボードを叩くと空気の抜けるような音がして、筒がどこかに転送されていった。
「フユキ・トウジュはこの後まだ用件が残っているようだから、このままここにいてくれ。エディ・ヴィラードはこれで終了。帰ってくれて構わない」
赤毛の男はドアのロックを開けながら言った。
フユキとエディは思わず顔を見合わせた。