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Ep9 そして歯車は回り始める

「一馬、大丈夫?」

左手でスプーンを握りしめるようにして、夕食を口に運んでいた一馬に、声を掛けると。

恨めしそうな目で、見つめ返された。

「直生、心配しなくていいぞ。同情してやると、つけあがるだけだ」

「冷たいなぁ、夏月」

愉快そうに笑う、一夜さん。

「まだ痛むの?一馬」

藍さんの心配そうな声に、小さく首を振る一馬。

「よかったわね…ひどい怪我じゃなくて。そのくらいなら、学校へも行けるじゃない」

「………うん」

俯きながら、答えた一馬に…藍さんと一夜さんはほっとした顔で微笑み合う。

が………

夏月さんは、まだどうも…納得いかないらしい。

「ご馳走様」

手を合わせ、食器をかき集めると、彼女は一馬の方を見ずに流しへ行ってしまう。

「俺も…ご馳走様」

「もう、いいの?」

やる、と…おかずの残りを、問答無用で僕の皿に放り込み、一馬は部屋へ戻ってしまった。

「………もう」

困り顔でため息をつく、藍さん。

「にぎやかだねぇ、うちは」

一夜さんがけろりと言い、藍さんにじろりと睨まれて…俯いて、お茶を啜る。

「『大通連』は…何ともなかったんですか?」

差し出がましいかな、と思いつつ…訊ねると。

「うん。七枝兄に見てもらったけど、おかしいところはないみたい」

何でもないことみたいに、一夜さんは頷いて答えてくれる。

「『大通連』が暴発なんて…」

「暴発じゃないよ」

ことん、と湯呑みを置く音。

「あれは暴発じゃない」

「…お父さん?」

「何十年も遣ってりゃ、分かるよ。一馬は『大通連』を遣ったんだ。あの状況を見て、藍にわかんないはずないと思ったけど」

藍さんは黙って俯く。

「けど…何で遣えたのかな?呪を唱えなきゃ遣えないはずなのに」

箸を咥えて、眉をしかめ…一夜さんは天井を見上げた。

「あいつ…どこで『大通連』の呪を覚えたんだろ」


家に帰ると、屋根の上からふわふわと白い煙が漂っていた。

ぐっと足に力を込め、庇に手を掛け跳躍する。

「よっ…と」

私の方に顔を向け、おー、と…間の抜けた声を出す…春。

「おかえり。ばあちゃんどうや?」

「うん。思ってたより元気そうだったよ」

隣にしゃがんで、私は春のシャツのポケットから、煙草とライターを取り出し、火をつけた。

ふう、と細く息を吐くと、青白い煙が藍色の空に漂う。

私の一連の動作をぼんやり眺め、春は煙草をくわえ、虚空を見つめた。

「…ほどほどにしとけよ。子供出来たら困るで」

「大丈夫だって。お父さんもお母さんも、ぴたっと止められたって言うし」

「…母さんは、ときたまやったんやろ?」

「でも、お父さんはヘビースモーカーだったのに、ちゃんと止めたんだよ。一夜さんもそうでしょ?」

「…ふーん」

「だから、平気平気」

「…そうかぁ」

けど、と…息を吐き出して、春はずれた眼鏡を押し上げる。

「学校では、やめとけよ。バレたら怒られるぞ」

「だーいじょうぶ」

胸を反らして、答える。

「学校では良い子でいるから。約束したじゃない」

「…早速暴れたくせに」

体がこわばる。

「誰から聞いたの?」

「さあなぁ」

ちっ、と…思わず舌打ちしてしまう。

「あの…おしゃべりどもめ」

それはそうと。

「ねえお兄ちゃん、それ、お父さんとお母さんには言ってないよね!?そんな、可愛い妹を裏切るような真似、しないよね!?」

「…大丈夫や」

コキコキっと首を鳴らし、春が斜め上に視線を向ける。

「どうせ、すぐにボロが出る」

「………うるさいなぁ」

あーあ。

「だいたい、あいつらが悪いのよ!?」

「わかってるけどなぁ」

よっぽど事細かに聞いているんだろう、春は困ったように眉を寄せて頷いた。

「弱い者いじめはあかんで。お前は自分で思ってるより強いねんから」

「…はぁい」

大人しく、返事をしておくことにする。

そんなこと言って…お兄ちゃんの方が、強いくせに。

『神力』だって、剣術だって、武術一般だって…春は本当に強いのに。

………まあ、仕方ないか。

「頑張ろうねー、お兄ちゃんっ」

「……………」

「早くお医者さんになって、お父さんとお母さん、楽させてあげようね」

「………おー」

この、ぽけーっとしたひとときが、実はすごく好きだったりするのだ。

ふふ、と笑う私を、怪訝そうに見つめて。

春は、また、ぼんやりと視線を泳がせる。

「一馬、大丈夫かな」

「………大丈夫だったんでしょ?お父さんもそう言ってたじゃない」

「…せやけど」

呟いて、春は頭を掻き、まじまじと私を見た。

「あいつ、苦労するやろな」

「………なんで?」

「なんや…行きたない方向に、ぐいぐい引きずり込まれていってるというか」

「………なに、それ」

だけど、何となく…分かる気がする。

「一馬は、どうしたいんやろな」

「…わからん」

「お前にも、わからんか?」

「うん」

「そうかー」

視界の端の花街は、静かな高揚を含んだ、いつもの賑わいを見せている。


「一馬ー?」

直生の声が、隣の部屋から聞こえてきて。

襖を開くと、心配そうな顔が覗いていた。

「大丈夫?なんか…心配で」

「…ありがと」

あの時。

どうして俺に…『大通連』が遣えたのか。

でも、それより。

一個だけ、安心したことがあったんだ。


あの時見えた、新しい景色。

『やめなよ』

俺は、その男に成り代わって、もう一人の男に…穏やかに声を掛けていた。

『それ以上やると、そいつ死んじゃう』

『……………』

『勝負はもう、ついたんだ。お前も余計な人死は、出したくないだろ?』

険しい顔をしたその男は…じろり、と俺の方を見て。

呆れたようにため息をついて、踵を返した。

『甘いな…お前は』

俺は…少し、笑ったようだ。

血を流し、地面に転がっていた男が…こちらに弱々しい視線を向ける。

『あ…なた………は』

『しゃべるなって。血、吹き出すよ』

『……………』

『じき、紺青から援軍も駆けつけるだろう。それまでなんとか、持ちこたえることだね』

『どう…して』

『どうしてもこうしても、ないさ』

荒野を、強い風が吹きすさぶ。

『先のある人間には、生きながらえて欲しいって…それだけだよ』


あいつは…男を殺さなかった。

誰だかわからないけど…親父によく似た、誰か。

それに…ほっとした。

けど。

『先のある人間』って…どういう意味だろう。

まるで…自分には、それがないみたいな。

「一馬?」

怪訝そうに首を傾げた直生の顔を、まじまじと見る。

「どうしたの?」

『誰が来たんですか!?』

俺は…気を失ってて、知らないけど。

帰宅し、穿たれた壁を見た直生は、青ざめて…春にこう、訊ねたという。

『この穴…何なんですか!?誰がやったんですか!?一馬は!?』

「どうして…誰か来たって…思ったんだ?」

直生は、顔を強ばらせた。

『あいつ…何かから逃げてんのか?』

春の、平然とした…でも、どこか気遣うような声。

『お前が知らないんやったら…きっと誰も知らへんのやな』

直生が、紺青に来た時から肌身離さず身につけている、青い石のついたブレスレットが…きらりと光る。

「それ………『神器』なのか?」

はっとした表情に、確信する。

直生が背中に回そうとした手を、負傷してない方の手で咄嗟に掴む。

と。

ぐい、と手首を返した直生は…俺の腕を逆に抑えつけ、壁に押し付けた。

「い…いってて」

「………誰から…聞いた?」

「だ…誰から…も………」

「じゃあ、どうしてわかったんだ!?」

「………か…ん…勘だって」

ごん、と背中が壁に叩きつけられ、鈍い痛みが体を突き抜ける。

「痛っ………」

俺に背を向けた直生は、厳しい声で言い放った。

「確証もないのに、変なこと…触れ回らないでね」

「…だって」

今の反応は…そうなんじゃないのか?

「待てよ、直生!どこ行くんだ!?」

「道場。少し、体動かしたくて」

「…大穴、開いてるぞ?」

「平気。天気も悪いわけじゃないし」

「あ…じゃあ、俺も行こうかな!?たまには竹刀握ってみるのも」

「怪我…してるんじゃないの?」

「………あ」

「ついて来ないで。一人になりたいんだ」

………直生。

「ごめんね…心配してくれてるの、わかってるんだけど」

「『水鏡』が」

ぴたりと、直生の足が止まった。

………そう…なのか?

「『水鏡』が、そう言えって言ってるのか?」

自分の勘の的中ぶりに、空恐ろしくなりながら…訊ねる。

直生は。

辛そうな顔で、こちらを見た。

「いつか」

その声は…今にも泣き出しそうに聞こえた。

「いつか…近いうちに…話せると思うから」

「………直生」

「だから…今は………放っておいて」

「…なぁ」

俺は去っていく背中に向かって…呼びかけた。

「お前は、何の為に紺青に来たんだよ!?親父さんは、どうしてお前を紺青に寄越したんだ!?」

「………士官学校だよ」

「それだけなのかよ!?」

それだけだと…しても。

「親父さんは、お前に…士官学校通って、俺達みたいな同じくらいの年の友達作って、馬鹿やったり笑ったり泣いたり…そんな風に過ごして欲しかったんじゃないのか!?」

「……………」

「親父さんは、それが出来なかったんだろ!?燕支の皇子として、ガキの頃から国の為に走り回ってたって…お前も…ずっと意識のないお袋さんのこと気にして、めいっぱい背伸びして、頑張ってたんだろ!?東邑公の嫡男の自分がしっかりしなきゃって…違うのかよ!?」

直生は。

黙って、また…歩き出した。

「もっと、肩の力抜けよ!俺たちのこともっと信用しろよ!なぁ!!!」

しん…と静まり返った、薄暗い廊下。

一番奥の部屋に向かって、こわごわ…声をかけてみる。

「な…つき?」

返事は、ない。

親父達の部屋は、もっと入り口に近いところにあるから、多分…聞こえちゃいないと思う。

けど。

「寝てるの…か?」

今の話…聞いてただろうか。

聞いてたとしたら………

何故、黙ってるんだろうか。

「おやすみ」

一応言って…部屋に戻る。

昨日まで、一週間以上閉じこもってても、何とも思わなかったのに…何故だろう、すごく居心地が悪い。

ベッドに座り、背中を丸めて膝を抱える。

「やだなぁ…なんか」

『大通連』の呼ぶ声は、あれ以来、ぴたりと止まってしまっている。

「どうして、俺の周りはこのところ、こう…騒がしいのかな」


『直生は、元気か?』

「うん。真面目に士官学校にも通ってるし、友達も出来たみたい」

『そうか』

父親らしい安堵を滲ませた声で、右京が言う。

『『水鏡』は、どうだ?』

「今のところ、何も動きはないようだけど。正直…僕自身、直生とゆっくり話す機会がなくてね」

『すまないな…玲央』

「いいよ。お互い様だし」

『…それで』

思わず…ふう、とため息をついて…夜空を仰ぐ。

お前とも、しばらく…ゆっくり話をしてないな。

『陛下は…何と?』

陛下…かぁ。

一夜さんの、茶化したような声が、脳裏に蘇る。

『俺、絶対無理!陛下とか、東邑公とか…一ノ瀬公涼風公朔月公ってのも、笑っちゃって呼べないよ』

「一両日中に、そっちに向かうっておっしゃってた。一夜さんも連れて」

『…そうか』

「あとは…これから、話してみるよ」

城を除けば…ここが紺青一、大きな屋敷だ。

使用人に声を掛け、中に入る。

ここに皆…揃っているはずだ。

扉を開くのを躊躇してしまう自分に、ちょっと憂鬱になる。

一夜さんは気楽でいいよな…だって、仕事で皆と接すること、ないんだから。

大きく深呼吸をして、背筋を伸ばし。

僕は…大きなドアに、手を掛けた。

「お忙しいところ、お呼びだてして申し訳ありません…三公」

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