Ep6 悪夢の残香
始業のベルぎりぎりに、『天球儀』に滑り込んできた一馬は、何だかちょっと、顔色が悪かった。
「どうしたの?」
「ああ…ちょっと」
回復した悠斗が、『何やってるんだか』とでも言いたげな、醒めた目をして、こっちを見ている。それに気づいて、『うるさいなぁ』という目で、一馬はじっと悠斗を睨んだ。
「時間だ!皆、演習を始めるぞ!」
パン、と大きく手を叩いて、担当教官が、生徒達の注意を引きつけると。
荒野を模した空間の広がる、巨大なドームの中は、しんと静まり返り…その音が、うわんうわんと唸るように共鳴して響き渡った。
「今日は、皆に『神器』の扱い…座学で習ったと思うが、正確には『遣う』というが、それを学んでもらうぞ!どんなに高い『神力』を持った者も、最初は慣れない『神器』の遣い方に、戸惑うことと思う。くれぐれも、細心の注意を払うこと!」
緊張した面持ちの生徒達の中で、ただ一人…うんざりした顔をした一馬だけが、異質に映る。
講義中、教官の目を盗んで、こっそり居眠りをすることはあっても、あんな姿は初めてだ。
「今日は、私だけでなく、こちらに控えておられる方達が、君達の訓練をサポートしてくださる。困ったり、迷うようなことがあったら、すぐに相談するように!」
はい、と短く返事をして、皆で揃って、天一隊士や教官達に一礼。
顔を上げると、その一団の中に…藍さんの姿を見つけた。
「一馬?あの」
「直生。言うな」
憂鬱そうにため息をつくと、一馬は生徒達をかき分けて、教官達から一番離れたところに置かれた、『神器』の前に立つ。
この数週間で、気づいたこと。
夏月さんは、どうやら一夜さんのことを、少々煩わしく思っているらしい。僕達くらいの年頃の女の子なら、父親にそういう感情を持つのも、まあ…分かる気がする。
一馬も、また別の理由があるのか…一夜さんをうっとおしがる。なんていうか、ちょっと…怖がっているような印象もある。
でも、二人とも、母上…藍さんには、絶対の信頼を寄せているらしい。
一馬は学校で起こったことを何から何まで話すし、士官学校での仕事の他にも、家事に道場の後片付けにと一日中忙しく動き回っている彼女の後をついて回っては、何かと手伝っている夏月さんの姿を何度も見かけた。
だから…こんな一馬の姿は、本当に意外だった。
何か…あったんだろうか。
僕も、一馬や悠斗から少し距離をとり、初めて話す同期の生徒の間に並んだ。
目の前には、刀、サーベル、弓、ショートソードに槍…様々な形の武器が並び、赤や青や緑の妖しい光を放っている。
「その中で…一番、遣いやすいと思うものを選んで手にとりなさい!直感を信じて…」
生徒達は、こわごわ武器を眺めるだけで…誰一人、それらに手を触れようとしない。
その様子に、無理もない、といった顔で頷き、怖がらなくていいぞ、と、教官が近くにいた生徒に声を掛ける。
「それは、正確には『半神器』といって、本物の『神器』のかけらが埋め込まれた普通の武器だ。君達の『神力』を吸い取ってしまうほどの力はない」
『『神力』を吸い取る』という言葉に、両隣の生徒が一層顔を強ばらせた。
こっそり、悠斗と一馬の方を伺う。
一馬は…他の生徒達と同じく、神妙な表情で、目の前の刀を見つめており。
悠斗は、周囲のおっかながりようにうんざりした顔をして、目の前に置かれた雷のショートソード…『半神器』に、手を伸ばした。
何でもない、という顔をして、ひょいと持ち上げる。
おおっ…と、生徒達から、動揺の声が上がるが。
涼しい表情を浮かべた悠斗は、冷ややかな笑みを浮かべて、空いた左手をズボンのポケットに突っ込む。
「先生のおっしゃる通りだよ。こんなもの、本物の『神器』に比べるべくもない…なんてこと無いね」
ちっ…と、僕の左側に立っていた生徒が舌打ちをして、もう左隣の友達らしき少年に言う。
「…涼風のやつ、まーた優等生アピールかよ」
「チビのくせに、よくやるぜ」
悠斗に対抗するように、一馬の近くにいた体格の良い生徒の一団が、思い切った様子で傍にあった剣や槍に手を掛けた。
が。
「お…あれ?」
「うご…かない」
首を捻り、両手を使って、今度は腰を落として踏ん張り、引っ張りあげるように『半神器』を持ち上げようとするが…どうやら、うまくいかないらしい。
他の生徒達も、遅れて試みるが…やはり、みな、同じ。
右隣の女子生徒が、ぽかんと口を開けて、僕を見つめている。
「…え?」
「橘くん、楽々持ち上げちゃったんだ、すごーい」
「あ………」
悠斗に対してどこか悪意の混じった反応を見せた生徒達は、感嘆の声を上げ、僕の周りに集まってきた。
「すっげー!どうやったんだ!?」
「コツとかあんの!?教えてよぉ」
彼らは、僕が手にした刀を、物珍しそうにまじまじと見つめている。
「え…と」
「こら!お前達、元の位置に戻れ!!!」
教官が怒鳴り、皆首をすくめて、すごすごと退却していった。
「まったく…他には誰もいないのか!?」
両手を腰にあて、呆れ顔で言う教官に、背後から声が掛かる。
「あの…少し、よろしいでしょうか」
「え…あ、はい!古泉先生」
ざわめきが広がる。
愉快そうに一馬を見る生徒もいて…あれ。
確かに、皆、『半神器』に苦戦しているようだった。
皆…一馬、ただ一人を除いて。
一馬は、一番端におかれた槍に、吸い寄せられるように近づいて、手を伸ばすことなく、じっと…それを見つめていた。
「皆さん、ちょっと聞いてください」
藍さんの若々しい声が、広大な『天球儀』の中に響く。
「『神器』を遣う時は、その『神器』に全神経を集中させて。誰か、無口な人から、大事な話を聞くように、じっと耳を傾けてみてください」
ざわめきは、少し小さくなったが…まだ止む気配がない。
他の教官達も、少々困惑したような様子で、互いに顔を見合わせている。
そんな皆の反応に、仕方ない、というように笑って、藍さんはにっこり微笑む。
「まあ、皆さん!嘘だって思うんならやってみて。騙されたと思って」
分厚い眼鏡を掛けた、生真面目そうな生徒が、ぎこちない動きで、『半神器』に手を伸ばす。
と。
「あっ…あれ?」
彼が触れたショートソードは…いとも簡単に地面を離れたのである。
「どう?」
藍さんは、ちょっと得意げに、彼に声を掛ける。
「重たいかしら?」
「いえ…全然。普通のショートソードより…軽いくらい…です」
おおおっ、と…今日一番の歓声が上がり。
生徒達は我先にと、『半神器』に手を伸ばし…さっき迄とはうって変わって、きちんと持ち上げることが出来ているようだ。
「あれぇ?一馬」
生徒の一人が、一馬に声を掛ける。
そう。
一馬はまだ…硬直したままで。
じっと…一本の槍を見据えている。
顔は強ばっていて、こめかみには…脂汗。
「そーんな、深刻な顔してんじゃねーよ!」
いつも一馬とつるんでいる仲間たちの一人が、ぽかんと彼の後頭部を叩く。
「お前の母さんが言ってただろ!?集中だよ、集中」
「いや…でも」
「ビビってんじゃねーぞ!一馬ぁ」
他の一人が、ぐい、と一馬の頭を押し付け、その槍に近づかせる。
「試してみろって!簡単だからさぁ」
「えー?…う…ん」
ごくり、と生唾を飲み込む一馬を、思い思いの『半神器』を手にした生徒達が見守る。
一馬の、不可解な程の警戒ぶりを見た…教官達の表情にも、微かな緊張の色が伺えた。
そんな…周囲の様子に、意を決したように一つ、息を吐いて。
一馬は、ゆっくりと、その…槍型の『半神器』に…触れた。
瞬間。
空気が、ぴしり、と…凍った。
そして。
一馬の右手と、槍の間に…チカッ、と眩い青い光が弾け。
「一馬!?」
一馬は光を失った瞳で、呆然と天を仰ぎ。
「おい、大丈夫か!?」
ゆっくりと目を閉じ…崩れるように、倒れた。
「一馬!?」
藍さんが、険しい表情で駆け寄ってくる。
「一馬」
傍に膝をついて、揺さぶってみるが…反応はなく。
元々色白の顔からは、血の気が引いている。
ざわめく生徒達と、焦った様子の教官達。
ふと思いたち…一馬が触れた槍に、そっと触れてみる。
が。
「普通の…『神器』…だよな」
「いや…『半神器』だろ」
顔を見合わせる生徒達を掻き分け、担当教官が裏返った声で叫ぶ。
「とにかく!誰か、古泉を医務室へ!!!」
総隊長会議は、城の西にある、軍の施設で執り行われる。
親父達の時代には、それ専用の部屋があり、外で見られるような設備が整っていたらしい…が。
今は、当時よりも『ジェイド』を上手く使うようになり、会議を録音して残すことが出来るようになったので、その必要もなくなったのだが。
「おー、清志!」
振り返ると、蓮が片手を上げて、こちらへ歩いてくるところで。
「何やってんだ?こんな所で…」
「書記だよ、会議の。騰蛇隊士が交代でやることになってるだろ?今日は俺が」
「お前、本当よくやってるよなぁ、あの隊長の下でっ」
『隊長』のところで声を張り上げる蓮の口を、慌てて抑える。
「おい、蓮!」
「なぁんだよ、事実じゃねーか」
焦る俺をよそに、蓮は口をへの字に曲げてみせる。
「あの、血筋だけで隊長職に就いたような総隊長と、腰巾着の伍長の下で、隊士なんてよく務まるよなぁ!?いーや、無理無理!俺には絶っ対ムリだぜ」
「れ…蓮」
「ご心配いただくのは大変ありがたいが、朔月隊長」
背中に…冷ややかな声が掛かり、どきりとする。
「い…池内総隊長、あの」
「一ノ瀬君は黙っていたまえ」
伍長にそう、ぴしゃりと言われては…引き下がる他ない。
ゆっくりと歩み寄る池内総隊長を、蓮は…不貞腐れた顔のまま迎える。
「うちの隊士は皆、我々を慕ってくれているのでね…あなたの太陰隊のように、力で抑えつけるようなことはせずとも、騰蛇の結束は硬い。ご安心いただいてよいと思いますがね」
「…って、腕力か権力かの違いだけじゃねーか」
「蓮!」
思わず叫ぶ俺の肩を、誰かがぽん、と叩く。
振り返ると…そこには。
「何だか…楽しいことになってるみたいじゃない」
「………流衣」
思わず…頭を抱える。
「まあまあ、言わせておけ、一ノ瀬」
隊長が、いつもの尊大な態度で笑う。
「朔月隊長は、士官学校を卒業しておられないのだ。心配する前提が間違っているのだから」
「んだと?」
ぴくり、と…蓮のこめかみに、青筋が浮かぶ。
ふと周囲に視線を移すと、他の隊長や伍長も既に集まっていて…一触即発の二人を、ハラハラした様子で見守っていた。
蓮の一番の古傷を探り当て、してやったりといった表情で、総隊長は顎を上げる。
「騰蛇隊に入隊するためには、条件がありましてね。士官学校を優秀な成績で卒業した者、あるいは、大学校を卒業した者、と…つまり、士官学校を卒業しなければ、騰蛇隊士にはなれない、ということです。あなたの可愛い荒れくれ隊士達とは、根本から違うのですよ、我が隊は」
「…てめえ、言っていいことと悪いことが」
「そういえば、もうご存知ですか?あなたの甥子殿のこと」
すうっと…血の気が引くのが分かる。
「一馬…何かあったの?」
いつの間にか、流衣の傍に来ていた玲央が、俺の服を引っ張る。
「いや…それが」
「何でも、『半神器』に触れて、倒れたとか?」
「…一馬が!?」
その様子だと、ご存知なかったようですね、と、総隊長は腕を組んで笑う。
「いや、大した跡取り息子ですな。その程度の『神力』で…よく士官学校に入学出来たものだ」
総隊長に合わせて笑う伍長の声に、流衣が、微かに目を細めた。
「お母上の前で…可哀想な事をしましたね。この調子では、甥子殿も卒業が危うい」
「んだと?」
「お母上と言えば…古泉先生も、少しお見苦しい」
「藍姉が、どうしたっつうんだよ」
動揺を隠すように、蓮は黒い髪に手をやる。
その様子に、伍長は薄ら笑いを浮かべて答える。
「『半神器』に問題があったなどと…おっしゃったそうですよ。使われていた『神器』の破片が新し過ぎたのが原因で、ご子息はその力にあてられてしまったのだとか」
新しい…『神器』の破片。
「『神器』の専門家である、六合隊に作られた『半神器』にケチをつけるとは…いくら『神器』の講義を担当されているとはいえ、少し職務を逸脱されているように」
伍長の声が…止まり。
その鼻先には…きらりと光る、刀の切っ先が突きつけられていた。
「ふ………」
「流衣!」
隊長達の中から、宗谷隊長の毅然とした声が響くと。
「はい」
目配せをして、流衣は…その露になっていた刀身を、鞘に収めた。
が。
伍長は…ついさっきまで刀のあった、虚空を見つめたまま…がくがくと小刻みに震えている。
「な…一体、何を」
「古泉先生は、僕の師匠の奥方です。ご子息も…まぁ、ついでに言えばそうですけどね」
「…ついでかよ」
がくりと頭を垂れる…蓮。
「そういった訳ですので。お二人をこれ以上侮辱されるような発言は、僕には許しがたい」
冷たい目を、総隊長に向け。
「いかがでしょうか?池内総隊長」
口の端を微かに上げ、流衣は微笑んだ。
「そ…う………だな」
動揺した様子の総隊長は、顎に手をやり、たしかにそうだ、と頷く。
「まっ、まあ…確かに、そういう意見もあるだろう。我々も少し、言い過ぎたかも知れん。な?朔月隊長」
「…はぁ?」
「そんな所で…おお、もう時間ではないか!?皆、席についてくれ。総隊長会議を始める」
ちっ、と舌打ちして、蓮は不満たらたらの顔で椅子を引く。
「『神器』の欠片が新しすぎるなんて…そんなこと、あるんですか?」
六合隊長に尋ねると、うむ、と彼は首を傾げた。
「我らも調べてみたのだが…まあ、使われている中では、新しいとも言える。が」
「二十余年経過した『神器』の欠片に、遣っていた者の思念が残っていたと言われてもね…言い掛かりというのは言い過ぎかも知れませんが」
六合の伍長が、困った顔で言葉を継ぐ。
「二十余年…って」
背中に冷たい感覚が走ったように感じたのは…思い過ごしだろうか。
『カズマ』
…誰?
『カズマ』
だから…誰だよ。
毎晩毎晩………夢に出てきやがって。
『夢じゃないわよ…カズマ』
夢…に…決まってんだろ。
こんなの。
透明な、髪の長い、どこか姉貴に似た少女。
微笑んで、くるりと踵を返す。
おい…どこ行くんだよ。
差し伸べた手は、彼女の体をするりとすり抜けてしまう。
そうだよ。
これは…夢なんだ。
ああ、やだやだ。早く目、覚まさねーと。
ぐっ、と瞼に力を入れ…ぱちりと開く。
と。
耳を劈くような、男の悲鳴。
断末魔の、悲痛な叫び。
思わず両手を耳にやる。
いや…夢だ。
聞こえない…聞こえないぞ。
こんな………
そこは…土埃舞う、戦場で。
傷を負った兵士達が、あちこちに倒れていて。
『あっけなかったね』
よく通る、若い男の声。
『そうだな』
重々しい声で言って頷く、もう一人の男。
『あれ?』
高い声の方の男が、ふたたび声を上げる。
え?
俺………
いつの間にか、俺は…荒地に横たわる、兵士の一人に成り代わっていた。
『お前…まだ、意識があるみたいだね』
じっとこちらを見据える…青い瞳。
あれ………まさか。
「一馬!?」
がばっ、と起き上がった俺に、直生が取りすがって言う。
「駄目だよ、急に起き上がっちゃ」
「あ………うぅ」
薬品の匂いが、鼻をツーンと刺激して。
ああ…頭が…ガンッガンする。
思わず頭を抱えた俺に、大丈夫?と…雪が声を掛ける。
いつの間に。
「もう放課後なのよ?知ってた?」
「…しるか」
「古泉先生、呼んでくるねっ」
「え…おいこら、雪!待て!!!」
止める声は届かず…彼女は、パタパタと靴音を響かせて医務室を出て行った。
心配そうな顔のまま、固まっている直生に、尋ねる。
「あいつ…ずっといたの?」
「うん…医術の講義が終わってからはずっとみたい。僕は、さっき戻ってきたばっかりだけど」
言いにくそうに…俯く直生。
「なんか…心配されてるんだね、一馬」
「…はぁ?」
誤解だ、確実に。
「あいつは、怪我人とか病人の面倒看るのが好きなんだよ。士官学校入ったのだって、医者の勉強するためだし」
「そうなんだ」
「そう!天職だと思うだろ!?今も家の診療所、手伝ってんだよ」
「うちが…診療所なの?」
あいつの家は、両親とも医者で、昔はでっかい病院でバリバリ働いてたらしいのだが。
『大きな病院に掛れない、貧しい人達に寄り添った仕事がしたい』って、二人で独立して、『花街』の中に、小さな診療所を作ったのだという。
そんな志の高い両親の血を受け継いで、雪は医者の道にまっしぐらなのだ。
幼馴染の、そういうまっすぐな目標が…実は、すごく眩しくもある。
夏月がひたすら剣術に打ち込む姿が、気に食わないのは…多分、近すぎるんだ。それはよおく、分かってる。分かってるつもりなんだけど。
「彼女…一馬の幼馴染だって」
「そうそう!あいつ、俺のこと、本当の弟か何かだと思ってんだよな。俺の世話を焼くのが自分の役目だと思い込んでる…だから、変な勘違いすんなよ」
「…うん」
だいたい…あいつの理想のタイプは、俺と全く違うのだから。
こっちとしても、願い下げだ。俺はもっと…お淑やかで優しくて………麗さんみたいな…
「直生、大丈夫?まだ、頭痛む?」
「え…いやいや!大丈夫、大丈夫」
慌てて首を振ると…さっきの頭痛の残党が、ちくり、とこめかみを差した。
と同時に。
あの…夢の男が…脳裏に蘇り。
背筋を…ぞおっと寒気が走った。
「大丈夫!?直生」
母さんが医務室に駆け込んできて、俺のおでこに手を当て。
ひやりと柔らかい指が、心地よかった。
「あ…の、母さん」
「大丈夫よ」
母さんは、目尻に皺を寄せて、ふわりと微笑んで。
「何事も経験。次はきっと大丈夫だから」
「…次は…って」
顔を強ばらせる俺に構わず、おでこに当ててくれた手をぽん、と俺の頭に載せた。
「練習あるのみよ。一馬」