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1:ガラクタの入学式

偏差値という名の座標軸で、僕たちの居場所は決まる。


「お前の代わりなんていくらでもいる」


模試の結果を見るたび、数字がそう囁いている気がした。


スマホを開けば、誰かが「正しい努力」を説き、誰かが「最短ルート」で成功を掴んでいる。


僕だけが、どこにも辿り着けないまま、英単語帳の同じページで足踏みをしている。


勉強する意味? そんなの、考えたら負けだ。


考えた瞬間に、この「受験生」という空虚な役職を維持できなくなるから。


僕は、自分が何者なのかを知らない。


ただ、シャーペンを握り、消しカスを溜め、明日という名の「今日と同じ日」を待っている。


そんな僕の前に、あいつが現れた。


レールの外側、無駄で要らない、でも眩しい、そんなあいつと

進学校、私立秀英高校。


ここは「効率」を神と崇める場所だ。


大半は熱心な両親と高額な塾代を積んで入学する中高一貫の名門校。


生徒たちは自分の意思か周りの期待かもわからないような志望校合格に向けて、


休み時間でさえ単語帳を離さない。


ゆう、また手が止まってるぞ」


幼馴染の詩音しおんが、タブレットから目を離さずに言った。彼女はこの学校で学年1位をキープし続け


る、いわば「完璧な受験マシーン」だ。


「……いや、なんか、この公式を丸暗記するの、気持ち悪くて」


口ではそういうが、実際は勉強に対する意味と自分の存在意義に疑問を感じ始めていた。


「気持ちいいとか悪いとか、勉強に関係ないでしょ。解ければいいの。アイデンティティなんて、合格した後にゆっくり探せば?」


幼馴染である詩音には自分の悩みがしっかりバレているようだった。


詩音の正論は、僕の胸に冷たく突き刺さる。


僕は勉強が苦手なわけじゃない。普通の人に比べたらできる方だし、論理的なプロセスを辿るのは面白いものがあ


る。ただ、デバイスに取り込んで、AIに聞いてしまえば解決できてしまうような問題たちに向き合う意味が感じら


れなくなってきただけだ。


入学式が終わった後の放課後。


自分のアイデンティティを守るように授業が終わっても学校の自習室で勉強を続ける生徒たちの喧騒から逃れたか

った。

人気のない校舎の裏手にある、今は使われていない旧美術棟へと足を向けた。


20年ほど前、受験予備校と化す前に存在した美術科の生徒たちが日々、制作に打ち込んだ過去の遺物だ。


そこは、効率を求める生徒たちが決して近づかない、忘れ去られた場所でもある。


ギィ……と、錆びついたドアが開く。


LEDライトの光を浴びて廊下が鏡面のごとく光る進学校らしい新校舎とは比べものにならないほどボロっちい、


外も中も取り壊されていないのが不思議なほどに、効率主義なこの学校に似つかわしくない。


一階の廊下をギシギシ音を立てて歩き、突き当たりを左に曲がった。


視界の先には、立て付けの悪そうな扉が半分だけ開いて、ガラクタまみれの理科準備室のような部屋の真ん中に、


そいつはいた。


ボサボサの髪に、絵具で汚れた白衣、背もたれのない丸椅子に、背を丸めて。


机の上には、勉強道具ではなく、バラバラに解体された「古い機械の時計」が散らばっていた。


「……誰?」


僕が声をかけると、そいつはゆっくりと顔を上げた。


顔にはクマと絶妙な疲労感、しかし何故かそいつの瞳からは目が離せなかった。


「ああ。新しい『暇人』か?」


それが、旧校舎の管理人である隆との出会いだった。


話を聞くと彼はこの旧校舎の管理人で、校内から集めた「動かなくなったもの」を修理することに没頭していると

いう、有名な変わり者だった。


「何してるの、それ。仕事に関係ないでしょ」


僕の言葉に、隆は不敵に笑った。


「関係ないからやってるんだよ。お前、自分の名前を漢字で書く時、その一画一画に『合格のための意味』なんて

求めてるか?」


「え……?」


「意味がないことに、どれだけ魂を削れるか。それが『自分』ってやつだろ。お前、さっきから死にそうな顔してるぞ。数字が怖いって顔に書いてある。」


隆は、修理途中の時計の歯車を僕に放り投げた。


「ほら。それを磨いてみろ。10分やれば、英単語100個分より『生きてる感覚』がするぜ」


僕は、戸惑いながらも、その冷たい金属の塊を握りしめた。


近くにあるメンテナンスオイルと黒い汚れでボロボロの布切れが目に入る。


指先に伝わる、確かな物質の重み。


それは、教科書の中の記号とは違う、圧倒的な「現実」だった。


周囲の期待に応えなければならないという責任よりも今は少し好奇心が勝って


「……勉強しなきゃいけないのに」


口ではそう言いながら、僕は隆の隣に腰を下ろした。


消しゴムのカスではなく、金属の粉が僕の指を汚していく。


その汚れが、なぜか僕には、どんな成績よりもよりも誇らしく思えた。

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