第1章
白い満月が寂光のようなむし暑い夏の晩、お盆のため祖父の家に父の10人の兄弟全員 ──戦死した二男を除いて── が集まって深夜まで宴をひらいた。祖父と祖母を真ん中にして酒盛りがはじまったが、それほど広くない茶の間に入り切れない兄弟やその配偶者や子どもたちは、天井電灯がやや薄暗い仏間などの別の部屋で賑やかに宴をおこなった。オレは出前の握り寿司を頬張りながら、親戚の子どもたちとは遊ばずに持参した怪獣図鑑に夢中になっていた……
人数が多いため、時間短縮をはかり数人まとめて入浴することになった。オレは母と《カミカゼトッコウタイ》で戦死した二男のお嫁さんである伯母さんと一緒に、離れの赤いトタン屋根の風呂場で入浴することになった。伯父が婚姻後わずか半年で出征したため子どもがいなかった伯母さんは、以前からオレのことを自分の子どものように可愛がってくれていた。
お風呂場の薄暗い豆電球に照らされほのかに褐色に色づいた細い裸身の伯母さんが、 ──ときおりうつむき加減の美しい顔に深淵な寂寥感を湛えはするが、ふだんは明るく陽気な伯母さんが急に真剣な表情にかわって── まだ小学生だったオレの両肩にいくぶん濡れた細い手を置き、やや切長の美しいひとみでじっと見つめながら、胸に秘めていた思いを伝えてくれた。まるでもうひとりの母のように……
──ユウちゃんは勉強がよくできると聞いています!
この世界は、くもりのないまなこで見なければなりません。
ユウちゃんなら必ずできるはずですから。
実はね、死んだあのひとが残した詩集があるんです!
ユウちゃんに読んでほしいの。
お風呂からあがったらお渡ししますね!
お風呂からあがり、天井電灯が薄暗い仏間で伯母さんから手書きのB5版の詩集を渡された。 ──ファンタオレンジの瓶と一緒に──
タイトルは『世界の中心の樹』だった。オレがひとつひとつの言葉をゆっくり口誦すると、伯母さんは長い黒髪をタオルで拭きながらずっとやさしい表情で微笑んでいた。 ──ときおり漆黒の肖像額縁の兵隊姿の若い夫の写真を見上げながら──
まだ小学生のオレによく理解できるはずもなかったが、それでも《世界の中心の樹》という言葉には強く惹きつけられた。《世界の中心の樹》ってどんな樹だろう、と疑問を口にしたオレに、伯母さんは微笑みながら陽光のようなあたたかい眼差しをむけてくれた。
──むずかしいよね?
詩を読むのははじめてだったですか?
心当たりはあるんだけどね。
でもユウちゃんが大人になったら。
きっとわかるはずですから!




