第8話 温泉完成と村人の絆
翌朝、宿を出る。
神官は、馬車で村まで送ると言ってくれたが――丁重に断った。
「いえ、歩いて帰ります」
「歩いて? 村までは丸一日かかりますよ」
「大丈夫です。途中で野宿もできますし」
本当は、一人でのんびり歩いて帰りたかった。
馬車に乗ると、また神官に聖女の話をされそうだし。
「そうですか……では、せめてこれを」
神官が、小さな袋を渡してくれた。
中には、パンと水筒、それに銀貨が数枚。
「お気持ちだけで十分です」
一度は断ったが、神官が強く勧めるので受け取った。
「では、お気をつけて。またいつでも、王都にいらしてください」
「……はい」
適当に返事をして、王都の門を出る。
朝日が昇り始めている。
空気は冷たく、清々しい。
――よし、帰るか。
村への道を、のんびりと歩き始める。
◇ ◇ ◇
王都から村までは、徒歩で丸一日の距離。
でも、急ぐ必要はない。
むしろ、この道中を楽しもう。
舗装されていない道を、マイペースで歩く。
周りには、広大な草原が広がっている。
遠くには山々。青い空。白い雲。
――気持ちいいな。
前世では、こんな風に何も考えずに歩くことなんてなかった。
常に時間に追われて、目的地に急いで。
でも今は違う。
時間はたっぷりある。
急ぐ必要もない。
風が、金髪を揺らす。
草原の匂いが、鼻をくすぐる。
鳥が、空を飛んでいる。
――これが、スローライフだ。
しばらく歩くと、小さな川に出た。
透明な水が流れている。
「ここで休憩するか」
川のほとりに座り込む。
水筒の水を飲む。
神官がくれたパンを、少しずつ食べる。
川の水面を見る。
小魚が泳いでいる。
――釣りたいな。
でも、今は竿がない。
村に帰ったら、また釣りをしよう。
休憩を終えて、また歩き始める。
道中、何人かの旅人とすれ違う。
商人の馬車。冒険者らしき男女。農民。
みんな、俺を見ると不思議そうな顔をする。
若い美少女が、一人で歩いている。
確かに、珍しい光景だろう。
「お嬢さん、一人で大丈夫かい?」
老人の商人が、心配そうに声をかけてくれた。
「はい、大丈夫です。村まで帰る途中なので」
「そうかい。気をつけてな」
優しい人だ。
この世界の人たちは、みんな親切だ。
昼過ぎ、森の中を通る道に差し掛かる。
木々が両側に立ち並び、薄暗い。
少し不気味だが、引き返すわけにはいかない。
慎重に、森の道を進む。
そのとき――茂みが揺れた。
「!」
咄嗟に、身構える。
茂みから出てきたのは――ウサギだった。
大きな耳の、可愛らしいウサギ。
「……びっくりした」
ホッとする。
魔物かと思った。
ウサギは、俺をチラッと見て、ピョンピョンと跳ねていった。
――可愛かったな。
そんなことを考えながら、森を抜ける。
◇ ◇ ◇
夕方近く、見覚えのある景色が見えてきた。
あの丘。あの木。
村だ。
「着いた……」
ホッとする。
一日中歩いて、疲れた。
でも、充実した一日だった。
のんびり景色を楽しみながら、自分のペースで歩く。
これが、俺の求めていた生活だ。
村の入口に着くと、村人たちが驚いた顔で迎えてくれた。
「エリナちゃん!」
「おかえり!」
「一人で帰ってきたの!?」
マリアが、慌てて駆け寄ってくる。
「ただいま戻りました」
「心配したのよ! 王都から連絡がないから!」
「すみません。歩いて帰ったので」
「歩いて!? 危ないじゃない!」
マリアが、俺の身体をあちこち確認する。
「怪我はない? 魔物には会わなかった?」
「大丈夫です。何もなかったですから」
「もう……心配させないでよ」
マリアが、俺を抱きしめる。
温かい。
――ああ、帰ってきたんだな。
実感が湧く。
ここが、俺の居場所だ。
「で、どうだったの? 聖女の話」
アンナが、興味津々な顔で聞いてくる。
「断りました」
「え!? 断ったの!?」
「はい。私には向いてないので」
きっぱりと言う。
「エリナちゃん、すごい……普通なら、飛びつくのに」
「私、普通じゃないですから」
――中身、おじさんだし。
心の中で付け加える。
「それより、お腹空きました。何か食べたいです」
「あ、そうね! すぐ用意するわ!」
マリアが、慌てて家に向かう。
その夜、マリアの作った温かいスープとパンを食べながら、ホッとする。
――やっぱり、ここがいいな。
王都の豪華な料理より、この素朴な味の方が落ち着く。
◇ ◇ ◇
翌日。
早速、温泉開発を再開することにした。
村の男性たち数人に協力を頼む。
「温泉を見つけたので、みんなで使えるように整備したいんです」
「温泉!? 本当か!?」
男性たちの目が、輝く。
「ああ、温かいお湯に浸かりたいな」
「俺も俺も!」
すぐに、協力者が集まった。
道具を持って、森の奥へと向かう。
「ここです」
温泉のある場所に到着。
湯気が立ち上る、小さな池。
「おお……本当に温泉だ」
「これは素晴らしい!」
男性たちが、興奮している。
「じゃあ、まず周りを整備しましょう」
俺の指示で、作業が始まった。
倒木を片付ける。
岩を配置して、入りやすくする。
脱衣スペースを作るため、簡易的な小屋も建てる。
男性たちは、慣れた手つきで作業を進める。
「エリナちゃん、ここに石を置けばいいか?」
「はい、そこでお願いします」
指示を出しながら、俺も作業に参加する。
石を運ぶ。木材を運ぶ。
この身体は非力だが、できる範囲で手伝う。
「エリナちゃん、無理しなくていいよ」
「大丈夫です。これくらい」
汗をかきながら、作業を続ける。
そして――
夕方には、立派な温泉施設ができあがった。
「完成だ!」
「やったー!」
男性たちが、喜んでいる。
「じゃあ、早速入りましょう」
「おお!」
でも、ここで問題が。
「あの……男女別にした方がいいですよね」
俺が言うと、男性たちが顔を見合わせた。
「そうだな……でも、脱衣所一つしかないし」
「交代で入る?」
「それがいいな」
結局、時間を区切って男女交代で入ることになった。
「じゃあ、まず男性陣から」
「ありがとう、エリナちゃん!」
男性たちが、嬉しそうに温泉に向かう。
◇ ◇ ◇
一時間後。
女性たちの番になった。
マリア、アンナ、それから村の女性たち数人。
みんな、ワクワクした顔で脱衣所に入る。
「久しぶりの温泉!」
「楽しみ!」
女性たちが、服を脱ぎ始める。
――ああ、これ、俺も脱がなきゃいけないのか。
ちょっと躊躇する。
中身おじさんなのに、女性たちと一緒に裸になるって。
でも、外見は女性だし、断るわけにもいかない。
「エリナちゃん、早く早く!」
アンナが、急かす。
「は、はい……」
仕方なく、服を脱ぐ。
上着、スカート、下着。
全裸になる。
周りの女性たちも、みんな裸だ。
様々な体型。様々な年齢。
――目のやり場に困るな。
前世なら、こんな光景、見られなかったのに。
「エリナちゃん、肌が綺麗ね」
マリアが、俺の肌を見て言う。
「そうですか?」
「ええ。若いって素晴らしいわ」
マリアが、少し羨ましそうに言う。
「さあ、入りましょう!」
女性たちが、温泉に入っていく。
俺も、ゆっくりと温泉に足を入れる。
「あ……」
温かい。
気持ちいい。
肩まで、お湯に浸かる。
「ああああ……」
思わず、声が漏れる。
「気持ちいいわね」
「最高!」
女性たちも、みんな至福の表情。
――やっぱり、温泉は最高だ。
疲れが、溶けていく。
心も、身体も、リラックスする。
「エリナちゃん、この温泉を見つけてくれてありがとう」
マリアが、嬉しそうに言う。
「いえ。みんなで楽しめて良かったです」
本心だった。
一人で独占するより、みんなで楽しむ方がいい。
「ねえねえ、エリナちゃん」
アンナが、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「王都で、誰かいい人いなかった?」
「え?」
「ほら、イケメンとか」
――いや、中身おじさんだし。
「いませんでしたよ」
「そう? 残念」
アンナが、少しがっかりした顔をする。
「でも、エリナちゃんみたいな美人なら、すぐに良い人見つかるわよ」
「そうそう」
女性たちが、口々に言う。
――結婚の話、また出た。
この世界では、十代後半で結婚するのが普通らしい。
俺も、そろそろ縁談の話が来るかもしれない。
でも、困る。
中身がおじさんなのに、誰かと恋愛するなんて。
「私、まだ結婚は考えてないです」
「あら、やっぱりそう?」
「はい。今は、冒険者の仕事に集中したいので」
適当に理由をつける。
「堅実ね、エリナちゃんは」
マリアが、微笑む。
「でも、いつかは良い人が見つかるわよ」
「……そうですね」
曖昧に答える。
しばらく温泉に浸かってから、お湯から上がる。
脱衣所で、身体を拭く。
タオルで、髪を拭く。
ふと、鏡に映る自分の姿を見る。
濡れた金髪。白い肌。女性の身体。
――まだ、時々不思議に思うんだよな。
でも、だいぶ慣れてきた。
これが、俺の身体だ。
服を着て、外に出る。
夜風が、気持ちいい。
身体が温まっているから、冷たい風が心地よい。
「気持ち良かったわね」
マリアが、満足そうに言う。
「はい。また来たいです」
「ええ。これから、定期的にみんなで来ましょう」
こうして、村に温泉ができた。
スローライフの拠点として、最高の場所だ。
◇ ◇ ◇
その夜。
マリアの家で、夕食を食べながら今日のことを話す。
「温泉、大成功ね」
「はい。みなさん、喜んでくれて良かったです」
「エリナのおかげよ」
マリアが、嬉しそうに笑う。
「これで、村の生活がもっと豊かになるわ」
「そうですね」
食後、自分の部屋に戻る。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
――王都での一件、なんとか乗り越えた。
聖女の話も、断れた。
温泉も、完成した。
村での生活も、順調だ。
これで、また平和なスローライフが送れる。
窓の外を見ると、満月が出ていた。
明るい月。
月明かりが、部屋を照らしている。
――幸せだな。
心の底から、そう思う。
前世では、こんな充実した日々はなかった。
でも今は、毎日が楽しい。
薬草採取。釣り。料理。温泉。
そして、村人たちとの交流。
これが、俺の求めていた人生だ。
目を閉じる。
明日も、良い日になりますように。
◇ ◇ ◇
翌日。
村の広場で、収穫祭の準備が始まった。
来週末に開催される、年に一度の大きな祭り。
村中の人が集まって、食べ物や飲み物を楽しむイベント。
「エリナちゃん、出店の準備、進んでる?」
アンナが、声をかけてくる。
「はい。魚のフライと、焼き魚を出す予定です」
「楽しみ! 絶対、人気になるわよ!」
収穫祭では、各家庭や個人が出店を出す。
料理、飲み物、手作りの小物など。
俺は、魚料理で勝負することにした。
「材料は、明日から準備するわ」
マリアが、協力してくれる。
「魚は、私が釣ります」
「本当? 助かるわ」
こうして、収穫祭の準備が着々と進む。
午後、森で薬草採取をしながら考える。
――収穫祭、楽しみだな。
村人たちと一緒に、祭りを楽しむ。
自分の料理を、みんなに食べてもらう。
そういう、何気ない幸せ。
それが、俺の宝物だ。
薬草を集め終えて、村に戻る。
夕日が、草原を赤く染めている。
綺麗な光景。
――ここが、俺の居場所だ。
改めて、そう思う。
王都の豪華さも、聖女の名誉も、いらない。
ここで、のんびり暮らせれば、それで十分だ。
村に戻ると、子供たちが駆け寄ってきた。
「エリナお姉ちゃん!」
「遊ぼう!」
子供たちの笑顔。
「ごめんね、今日は疲れちゃって。また明日ね」
「えー」
「なら、明日たくさん遊ぼう」
「約束だよ!」
子供たちと、指切りをする。
そして、マリアの家に戻る。
今日も、良い一日だった。
明日も、きっと良い日になる。
そう信じて、俺は今日を終える。




