第7話 のんびり温泉開発計画
異世界に来て、二週間が経った。
生活は、完全に安定している。
薬草採取の定期依頼で安定収入。釣りと料理で村人に貢献。水魔法も、だいぶ使いこなせるようになった。
そして今日は――念願の、温泉探しの日だ。
「温泉、か……」
朝食を食べながら、マリアに話を切り出す。
「マリアさん、この辺りに温泉とか、湧き水が出る場所ってありますか?」
「温泉? ああ、温かいお湯が出る場所ね」
マリアが、少し考える仕草をする。
「確か、森の奥に、そういう場所があるって聞いたことあるわ。でも、誰も行かないから、詳しくは分からないわね」
「森の奥……」
――よし、探してみるか。
前世では、温泉巡りが趣味だった。
この世界でも、温泉に入りたい。
いや、入るだけじゃなく――できれば、自分専用の温泉を開発したい。
「エリナ、温泉に興味あるの?」
「はい。前に――えっと、なんとなく、温かいお湯に浸かりたくて」
「分かるわ。私も、たまに温かいお湯に浸かりたくなる」
マリアが、遠い目をする。
「でも、お湯を沸かすのは大変だし、普段は我慢してるのよね」
「なら、温泉が見つかったら、一緒に入りましょう」
「本当? 楽しみね!」
マリアが、嬉しそうに笑う。
朝食を済ませて、森に向かう。
今日は薬草採取の日ではないから、一日中、温泉探しに使える。
「行ってきます」
「気をつけてね。魔物に気をつけて」
「はい」
マリアに手を振って、森へと向かった。
◇ ◇ ◇
森の奥深く。
普段の薬草採取では来ない場所まで進む。
木々が密集していて、薄暗い。
足元には、倒木や岩が転がっている。
鳥の声も、だんだん少なくなってくる。
――ちょっと、不気味だな。
でも、引き返すわけにはいかない。
温泉を見つけるまで、諦めない。
しばらく歩くと――硫黄の匂いがした。
「!」
これだ。
温泉がある証拠だ。
匂いの方向に向かって、急ぐ。
茂みを抜けて、岩場を登って――
「あった!」
目の前に、小さな池があった。
そこから、湯気が立ち上っている。
近づいて、手を入れてみる。
――温かい。
いや、温かいというより、熱い。
でも、入れないほどじゃない。
ちょうど良い温度だ。
「やった……温泉だ……」
興奮する。
念願の、天然温泉。
周りを見回す。
岩に囲まれた、プライベートな空間。
誰も来なさそうな場所。
木々が視界を遮っているから、外からは見えない。
――完璧じゃないか。
ここを、俺専用の温泉にしよう。
いや、マリアたち村人にも開放してもいい。
みんなで、温泉を楽しめる。
「よし……」
とりあえず、今日は場所を確認できた。
明日から、ここを整備しよう。
そう思って、引き返そうとしたとき――
――せっかくだし、入っちゃおうかな。
誰もいない。
今なら、ゆっくり入れる。
周りを確認する。
本当に、誰もいない。
「……よし」
決心して、服を脱ぎ始める。
上着を脱ぐ。スカートを脱ぐ。
そして、下着も。
全裸になって、温泉の縁に座る。
足を、ゆっくりとお湯に浸ける。
「あ……気持ちいい……」
思わず、声が漏れる。
温かいお湯が、足を包み込む。
ゆっくりと、身体を沈める。
肩まで、お湯に浸かる。
「ああああ……」
最高だ。
これだ、これが温泉だ。
前世で何度も味わった、あの至福の時間。
それが、この世界でも味わえる。
目を閉じて、身体の力を抜く。
お湯が、疲れた身体を癒してくれる。
肩こりも、腰の痛みも、全部溶けていくような感覚。
――あれ、そういえば。
この身体、肩こりとかないんだよな。
若いから。
前世では、常に肩が凝っていたのに。
それでも、温泉は気持ちいい。
心が、ほぐれていく。
しばらくお湯に浸かってから、岩に寄りかかる。
頭の後ろで手を組んで、空を見上げる。
木々の隙間から、青い空が見える。
白い雲が、ゆっくりと流れている。
――平和だな。
こんな風に、のんびりと温泉に浸かる。
それが、俺の理想のスローライフだ。
ふと、自分の身体を見る。
お湯に浸かった、白い肌。
水面から少し出ている、胸。
お湯の揺らぎで、身体のラインがぼんやりと見える。
――やっぱり、女の身体なんだよな。
まだ、たまに実感が湧かない。
でも、これが現実だ。
自分の胸に触れてみる。
柔らかい。プニプニとした感触。
――前世では、こんな感触、味わったことなかったな。
少し、揉んでみる。
「んっ……」
身体が、ビクッと反応する。
全身に、電流が走ったような感覚。
慌てて、手を離す。
顔が、熱くなる。
「落ち着け……俺……」
深呼吸をする。
――まあ、女の身体なんだし、こういうのは自然なことだ。
そう自分に言い聞かせて、気持ちを落ち着ける。
しばらく温泉に浸かってから、お湯から上がる。
岩の上に座って、身体を乾かす。
風が、濡れた肌を撫でる。
気持ちいい。
髪も、だいぶ乾いてきた。
服を着て、温泉を後にする。
――よし、ここを俺の秘密基地にしよう。
そう心に決めて、森を出た。
◇ ◇ ◇
村に戻ると、何やら騒がしかった。
「なんだろう……」
広場に行くと、村人たちが集まっている。
その中心に、見慣れない馬車が止まっていた。
立派な馬車だ。
装飾が施されていて、明らかに高級品。
「エリナちゃん!」
アンナが、慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
「王都から、使者が来たの!」
「王都?」
――まさか。
嫌な予感がする。
「あなたを、探しているらしいわ」
「……え?」
――俺を?
何で?
アンナに促されて、馬車の近くに行く。
そこには、立派な服を着た男性が立っていた。
五十代くらいの、威厳のある顔つき。
「あなたが、エリナさんですか?」
男性が、俺を見て言う。
「はい……」
「初めまして。私は、王都の神官、バルトロメウスと申します」
神官?
宗教関係の人か。
「この度、王都では聖女候補を探しておりまして」
――あ、これだ。
第一話で、マリアが言っていた。
王都が聖女候補を探しているって。
「その候補として、あなたの名前が挙がっているのです」
神官が、真剣な顔で言う。
「魔法の才能があり、心優しく、美しい容姿。まさに、聖女にふさわしい」
「え、いや、でも……」
困る。
聖女なんて、面倒くさすぎる。
絶対に、スローライフの敵だ。
「お断りします」
きっぱりと、断る。
神官が、驚いた顔をする。
「なぜですか? 聖女になれば、名誉も富も手に入りますよ」
「いりません。私は、この村でのんびり暮らしたいんです」
「しかし……」
「それに、私、聖女なんて柄じゃないですし」
――中身、おじさんだし。
そう言いたいが、言えない。
「そうですか……残念です」
神官が、肩を落とす。
「しかし、一度王都に来て、適性検査を受けていただけませんか? もしかしたら、聖女の才能がないかもしれませんし」
「……それで諦めてくれるなら」
適性検査で、才能がないことを証明すれば、もう誘われないだろう。
「では、明日、王都までご同行願えますか?」
「明日ですか……」
――まあ、いいか。
早く終わらせた方がいい。
「分かりました。行きます」
「ありがとうございます」
神官が、深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
その夜。
マリアと、今日のことを話す。
「王都に行くの?」
「はい。適性検査だけ受けて、すぐ戻ります」
「そう……寂しくなるわね」
「すぐ戻りますから」
マリアが、少し寂しそうな顔をする。
「エリナ、もしかしたら、本当に聖女になるかもしれないわよ」
「なりませんよ。私、そんな柄じゃないですから」
「でも……」
マリアが、俺の手を握る。
「もし、聖女になったら……もう、この村には戻れないかもしれないわね」
「大丈夫です。絶対に、戻ってきますから」
力強く、言う。
「私の居場所は、ここです。この村で、のんびり暮らすんです」
「……うん」
マリアが、微笑む。
「エリナは、本当に変わった子ね。普通の女の子なら、聖女になりたいって飛びつくのに」
「私、普通じゃないですから」
――中身、おじさんだし。
心の中で付け加える。
その夜、ベッドに横になりながら考える。
――聖女、か。
絶対に、なりたくない。
面倒くさいことこの上ない。
責任が重くて、自由がなくて、スローライフとは真逆の人生だ。
明日、適性検査を受けて、才能がないことを証明する。
そして、この村に戻って、温泉開発を進める。
それが、俺の計画だ。
「絶対に、聖女にはならない」
声に出して、宣言する。
そして、目を閉じる。
明日は、面倒な一日になりそうだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
神官の馬車に乗って、王都に向かった。
馬車の中は、豪華だ。
クッションの効いた座席。綺麗なカーテン。
前世で乗った、高級車のような快適さ。
「初めての王都ですか?」
神官が、話しかけてくる。
「はい」
「それは楽しみですね。王都は、素晴らしい場所ですよ」
神官が、王都の説明をしてくれる。
大きな城。賑やかな市場。美しい教会。
でも、俺は興味がない。
早く検査を終わらせて、村に帰りたい。
馬車は、半日かけて王都に到着した。
城壁に囲まれた、巨大な都市。
石畳の道。立ち並ぶ建物。行き交う人々。
確かに、立派な場所だ。
でも――
――うるさいな。
人が多すぎる。
声が大きすぎる。
前世の都会を思い出す。
俺は、やっぱり田舎が好きだ。
馬車は、大きな教会の前で止まった。
「さあ、着きましたよ」
神官に案内されて、教会の中に入る。
天井が高い。
ステンドグラスから、色とりどりの光が差し込んでいる。
厳かな雰囲気。
「こちらです」
神官に連れられて、奥の部屋に入る。
そこには、白いローブを着た老人が座っていた。
「大神官様、お連れしました」
神官が、恭しく頭を下げる。
「ふむ。これが、噂の娘か」
大神官と呼ばれた老人が、俺を見る。
その目は、鋭い。
「確かに、美しい。そして――」
大神官が、手をかざす。
すると、俺の身体が、淡く光り始めた。
「これは……」
大神官が、驚いた顔をする。
「すごいマナの量だ。しかも、水の適性が極めて高い」
「え……」
――マジか。
俺、そんなに才能あるのか。
「間違いない。あなたは、聖女の素質を持っている」
大神官が、断言する。
――やばい。
これ、完全にフラグだ。
「あの、でも、私……」
「心配は無用です。あなたには、聖女としての教育を受けていただきます」
「いや、でも――」
「さあ、こちらへ」
神官が、俺の手を取ろうとする。
咄嗟に、手を引っ込める。
「待ってください!」
大きな声で言う。
「私、聖女になる気はありません!」
「なぜです?」
大神官が、不思議そうな顔をする。
「あなたには、才能がある。それを国のために使うべきです」
「国のためじゃなくて、私のために生きたいんです!」
叫ぶ。
「私は、自分の人生を、自分で決めます! 誰にも、強制されたくありません!」
大神官が、しばらく俺を見つめて――ため息をついた。
「……分かりました」
「え?」
「無理強いはしません。しかし、もし気が変わったら、いつでも来てください」
「……はい」
ホッとする。
なんとか、逃れられた。
「ただし」
大神官が、真剣な顔で言う。
「あなたの才能は、いずれ国の注目を集めるでしょう。その時、覚悟しておいてください」
――まあ、その時はその時だ。
とりあえず、今は逃げ切れた。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げて、教会を出る。
外に出ると、夕日が沈みかけていた。
「さて、帰るか」
マリアが待っている村へ。
俺の居場所へ。
今日は泊まって、明日の朝、村に帰ろう。
◇ ◇ ◇
その夜、宿屋に泊まった。
質素だが清潔な部屋。
ベッドに横になりながら、今日のことを振り返る。
――聖女の素質、か。
正直、面倒くさい。
でも、拒否できて良かった。
これで、スローライフを続けられる。
窓の外を見ると、王都の夜景が広がっていた。
ランプの明かりが、街を照らしている。
賑やかな声が、遠くから聞こえる。
――やっぱり、俺は田舎の方が好きだな。
静かで、平和で、のんびりした場所。
それが、俺の居場所だ。
明日、村に帰ったら、温泉開発を本格的に始めよう。
マリアや村人たちと一緒に、温泉を楽しめる場所を作る。
それが、俺の次の目標だ。
「よし、寝るか」
目を閉じる。
明日も、良い日になりますように。




