第5話 水魔法の発見
その日の夜、購入した『水魔法入門』を読み始めた。
ベッドに腰掛けて、ランプの明かりで本を開く。
ページをめくると、難しそうな魔法陣や呪文が並んでいる。
「えーっと……」
まず、魔法の基礎理論から。
この世界の魔法は、「マナ」と呼ばれるエネルギーを体内に取り込み、それを変換して発動させるらしい。
人によってマナの量や適性が違い、生まれつき魔法が使えない人もいる。
適性は、属性によって分かれている。
火、水、風、土、光、闇。
そして、無属性。
「俺の適性は……どうなんだろうな」
本によると、適性を確かめる方法は簡単らしい。
手のひらに意識を集中して、マナを感じる。
そのとき、何か感覚があれば、適性がある証拠だと。
「やってみるか」
本を閉じて、手のひらを見つめる。
深呼吸をして、意識を集中させる。
――マナ、か。
目を閉じて、体内を流れる何かを感じようとする。
最初は何も感じなかった。
でも、じっと集中していると――
「……ん?」
手のひらに、微かな温かさを感じた。
いや、温かいというより――湿った感じ?
目を開けると、手のひらに薄っすらと水滴が浮いていた。
「え、マジで?」
驚いて、手を見つめる。
水滴は、すぐに消えてしまった。
でも、確かにあった。
――俺、水魔法の適性がある?
もう一度、集中してみる。
今度は、もっとはっきりと感じる。
手のひらに、水の感覚。冷たくて、流れるような。
そして――
「おお!」
手のひらに、小さな水球が浮かんだ。
ピンポン玉くらいの大きさ。
透明で、キラキラと光を反射している。
「すげえ……」
興奮する。
魔法だ。本物の魔法が使えた。
三十八年間、ゲームや小説でしか見たことのなかった魔法。
それが、今、自分の手の中にある。
水球を、じっと見つめる。
不思議と、これをどう動かせばいいか、直感的に分かる。
意識を集中すると、水球がフワフワと浮かび上がる。
右に動かす。左に動かす。上に、下に。
「面白い……」
しばらく遊んでいたが、ふと集中が切れて、水球が弾けた。
バシャッと、顔に水がかかる。
「うわっ!」
慌てて、顔を拭く。
服も、少し濡れてしまった。
「……あちゃー」
胸元を見ると、白い服が濡れて、少し透けている。
そして――下着のラインが、うっすらと見える。
――やばい。
慌てて、服を脱ぐ。
この世界の下着は、前世のものと違ってシンプルだ。
白い布を巻いたような、簡素な作り。
濡れた服を、椅子にかけて乾かす。
そのまま、下着姿で鏡の前に立つ。
鏡に映る自分の姿。
白い肌。華奢な肩。小ぶりだが形の良い胸。くびれたウエスト。
――まだ、慣れないな。
自分の身体を、まじまじと見る。
前世では、こんな身体になることなど想像もしなかった。
試しに、胸に手を当ててみる。
柔らかい。温かい。
そして――少し触れただけで、ゾクッとした感覚が走る。
「っ……」
思わず、手を離す。
感度が高すぎる。
これ、本当に日常生活で大丈夫なのか。
深呼吸をして、落ち着く。
服が乾くまで、このままベッドで魔法の練習をすることにした。
◇ ◇ ◇
翌朝。
目覚めると、服はすっかり乾いていた。
「よし」
服を着て、身支度を整える。
今日も、薬草採取の定期依頼の日だ。
でも、その前に――魔法の練習をしたい。
朝食を済ませてから、村の外れにある小さな池に向かった。
人気のない場所で、魔法の練習には最適だ。
池のほとりにしゃがみ込んで、水面に手をかざす。
昨夜と同じように、意識を集中させる。
――マナを感じる。
手のひらが温かくなる。
そして、水の感覚。
池の水面が、ゆっくりと盛り上がる。
そして、手のひらの上に、水が浮かび上がってくる。
「おお……」
昨夜より、大きな水球が作れた。
バスケットボールくらいの大きさ。
これを、どうコントロールするか。
本には、色々な活用方法が書いてあった。
水を飛ばして攻撃する。
水の壁を作って防御する。
水を操って、物を動かす。
でも、俺が興味あるのは――
「水を操って、魚を誘導する」
釣りへの応用だ。
水流を作って、魚を釣り針の近くに誘導できれば、釣果が上がる。
試しに、池の水を動かしてみる。
意識を集中すると、水面に小さな渦ができた。
「おお、できた」
渦を大きくしたり、小さくしたり。
右に動かしたり、左に動かしたり。
だんだん、コツが掴めてきた。
水魔法って、思ったより直感的だ。
そのとき――
「エリナちゃん? 何してるの?」
後ろから、声がかかった。
振り返ると、村の若い女性が立っていた。
名前は――確か、アンナ。マリアの友人だ。
「あ、アンナさん。おはようございます」
「おはよう。あれ、今、水が動いてなかった?」
「え、あ、はい。実は……」
魔法の練習をしていたことを、正直に話す。
アンナは、目を輝かせた。
「え、エリナちゃん、魔法使えるの!?」
「少しだけ……まだ練習中です」
「すごい! この村で魔法使えるの、長老くらいしかいないのよ!」
そうなのか。
魔法使いって、珍しいんだな。
「ねえねえ、もっと見せて!」
アンナが、興奮気味に言う。
「え、でも……」
「いいから! お願い!」
断りきれず、もう一度水魔法を発動させる。
池の水を持ち上げて、空中に浮かべる。
そして、水球を作って、クルクルと回転させる。
「きゃー! すごい! 綺麗!」
アンナが、拍手をする。
「これ、色々使えそうね! 水を汲むのも楽になるし、洗濯にも使えるし!」
「あ、確かに……」
生活への応用。
それも、悪くない。
「ねえ、今度、私たちにも教えてくれない?」
「え、でも、適性がないと使えないみたいで……」
「試してみたいの! お願い!」
――まあ、いいか。
魔法を教えることで、村での評判も上がるだろうし。
「分かりました。じゃあ、今度時間があるときに」
「やった! ありがとう、エリナちゃん!」
アンナが、嬉しそうに帰っていった。
――なんか、面倒なことになりそうな予感。
でも、まあいい。
スローライフの範囲内なら、付き合ってやろう。
◇ ◇ ◇
午後、森で薬草採取をしていると、また新しい発見があった。
薬草を探していると、遠くに水の流れる音が聞こえる。
行ってみると、小さな滝があった。
「おお……」
岩の隙間から、清らかな水が流れ落ちている。
滝壺には、透明な水が溜まっている。
――ここ、良い場所だな。
周りは木々に囲まれていて、人目につかない。
プライベートな空間。
ふと、思いついた。
――ここで、水浴びできるんじゃないか?
この世界に来てから、ちゃんとした風呂には入っていない。
井戸の水で身体を拭くくらいだ。
でも、ここなら、ゆっくり水浴びができる。
周りを見回す。
誰もいない。
森の奥深く、人が来ることはなさそうだ。
「……やっちゃおうかな」
決心して、服を脱ぎ始める。
上着を脱ぐ。スカートを脱ぐ。
そして、下着も。
全裸になって、滝壺に足を入れる。
「冷たっ!」
思わず、声が出る。
でも、気持ちいい。
夏の暑さで火照った身体に、冷たい水が心地よい。
ゆっくりと、滝壺に身体を沈める。
水が、肌を撫でるように流れる。
――ああ、最高だ。
久しぶりの、本格的な水浴び。
前世では、毎日風呂に入っていた。
銭湯巡りが趣味だったくらいだ。
でも、この世界ではそれができない。
だから、こういう自然の中での水浴びが、余計に贅沢に感じる。
髪を洗う。
長い金髪を、水で洗い流す。
指を通すと、サラサラと流れる。
――やっぱり、この髪、綺麗だな。
そして、身体を洗う。
白い肌に、水が流れる。
胸を洗う。お腹を洗う。太ももを洗う。
自分の身体を触りながら、改めて思う。
――これ、本当に俺の身体なんだよな。
柔らかくて、滑らかで、女性特有の曲線がある。
三十八年間、男として生きてきた俺の身体とは、まるで違う。
でも――悪くない。
むしろ、気に入ってきた。
この身体は、軽くて、動きやすくて、見た目も良い。
美少女特権も使えるし。
ふと、身体を洗っている手が、敏感な部分に触れた。
「んっ……」
思わず、声が漏れる。
全身に、ゾクゾクとした感覚が走る。
――やっぱり、感度高すぎる。
慌てて、手を離す。
顔が熱くなる。
――落ち着け、落ち着け。
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
しばらく水に浸かってから、滝壺から上がる。
岩の上に座って、身体を乾かす。
太陽の光が、木々の隙間から差し込んでいる。
その光を浴びながら、ぼんやりとする。
風が、濡れた肌を撫でる。
気持ちいい。
髪も、だいぶ乾いてきた。
服を着て、森を出る。
――いい場所見つけたな。
また、ここに来よう。
定期的に、ここで水浴びをする。
それも、スローライフの一部だ。
◇ ◇ ◇
夕方、村に戻ると、マリアが心配そうな顔をしていた。
「エリナ、遅かったわね」
「すみません。森で、良い場所を見つけて……」
「良い場所?」
「はい。滝があって、水浴びできる場所です」
マリアが、驚いた顔をする。
「水浴び!? 一人で!?」
「はい」
「危ないわよ! もし魔物が出たら!」
――ああ、そうか。
この世界には、魔物がいるんだった。
森の奥深くなら、魔物が出てもおかしくない。
「でも、大丈夫でした。魔物には会いませんでしたし」
「それでも……次からは、誰かと一緒に行きなさい」
「はい……」
素直に頷く。
マリアの心配は、もっともだ。
「それより、エリナ。髪、すごく綺麗になってるわね」
マリアが、俺の髪を見て微笑む。
「あ、はい。ちゃんと洗ったので」
「綺麗な水で洗うと、髪が輝くのよね。羨ましいわ」
マリアが、俺の髪を撫でる。
サラサラとした感触。
「エリナは本当に綺麗ね。こんな美人、この村には他にいないわ」
「そんな……」
照れくさくて、頬を掻く。
「きっと、すぐに良い人が見つかるわよ」
「え、良い人って……」
「結婚相手よ。エリナくらいの年頃なら、もう縁談の話があってもおかしくないもの」
――結婚!?
それは、想定外だった。
中身はおじさんなのに、結婚って。
「あ、あの、私、まだそういうの考えてなくて……」
「あら、そう? でも、この村の若い男たち、みんなエリナのこと気になってるわよ」
――マジか。
確かに、村を歩いていると、若い男たちの視線を感じることはある。
でも、それは単なる興味だと思っていた。
「まあ、焦らなくていいわ。ゆっくり考えなさい」
マリアが、優しく微笑む。
――結婚、か。
この世界で生きていくなら、いずれは考えないといけない問題だ。
でも、今はまだ考えられない。
中身がおじさんのまま、誰かと結婚するなんて。
――いや、待てよ。
もし、この世界で何十年も生きたら、いずれ中身もこの世界に馴染むのかもしれない。
前世の記憶は、だんだん薄れていくかもしれない。
そうなったら――普通に、恋愛もできるようになるのかな。
「エリナ? どうしたの?」
「あ、何でもないです」
頭を振って、雑念を払う。
「今日は、美味しいシチュー作ったのよ。食べましょう」
「はい」
マリアと一緒に、夕食を食べる。
温かいシチュー。柔らかいパン。
素朴だけど、美味しい。
食後、自分の部屋に戻る。
ベッドに横になって、天井を見つめる。
今日は、色々なことがあった。
水魔法が使えるようになった。
滝を見つけて、水浴びをした。
そして、結婚の話。
――この世界で生きていくって、こういうことなんだな。
前世との繋がりは、だんだん薄れていく。
この世界での生活が、どんどんリアルになっていく。
それは、寂しいことなのか。
それとも、幸せなことなのか。
――分からない。
でも、今は幸せだ。
それだけは、確かだ。
目を閉じる。
明日も、薬草採取をして、釣りをして、料理をして。
そんな平和な一日が、待っている。
――おやすみ、俺。
心の中で、自分に言う。
そして、深い眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
翌日。
川で釣りをしていると、水魔法を試してみることにした。
釣り竿を垂らしながら、もう片方の手で水面に触れる。
意識を集中して、水流を作る。
するとどうだろう。
魚が、釣り針の方に寄ってくる。
「おお!」
そして、すぐに食いついた。
竿を引いて、魚を釣り上げる。
「やった!」
大きな魚だ。
これは、水魔法のおかげだ。
「これ、めっちゃ使えるじゃん」
興奮する。
水魔法で魚を誘導すれば、釣果が倍増する。
これは、最高のスローライフスキルだ。
その後、一時間で十匹以上の魚を釣り上げた。
過去最高の釣果。
「よし、これで今夜は魚料理パーティーだな」
満足げに、魚を見る。
村に戻って、みんなに振る舞おう。
――水魔法、最高。
これからは、もっと練習して、もっと上達させる。
そして、釣りだけじゃなく、色々なことに活用する。
スローライフを、もっと充実させるために。




