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異世界美少女おじさんは、スローライフを満喫したい  作者: かげるい


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第2話 現状把握とスローライフ宣言

 朝日が、窓から差し込んでくる。

 まぶたの裏が赤く染まる感覚に、ゆっくりと意識が浮上する。

 身体を動かそうとして――また、違和感。


 軽い。身体が、やたらと軽い。

 そして柔らかい。寝返りを打つと、胸が揺れる。長い髪が顔にかかる。


「……夢じゃなかったのか」


 小さく呟く。声は、やっぱり少女のもの。

 ゆっくりと身体を起こす。窓の外を見ると、村の朝の風景が広がっていた。


 澄んだ空気。遠くで鶏が鳴いている。朝露に濡れた草原が、朝日を浴びてキラキラと輝いている。どこかで水車が回る音。井戸から水を汲む音。村人たちの穏やかな話し声。


 ――ああ、田舎だ。


 前世で憧れていた、スローライフの舞台そのものだ。

 都会の喧騒から解放されて、こんな場所でのんびり暮らす。それは、三十八年間の人生で何度も夢見た理想だった。


 そして今、その舞台に立っている。

 ただし、美少女の姿で。


「おはよう、エリナ」


 ドアがノックされて、マリアの声が聞こえる。


「あ、おはようございます」


 慌てて服を整える。昨日もらった、質素だが清潔な村娘の服だ。

 ドアを開けると、マリアが優しい笑顔で立っていた。


「よく眠れた?」

「はい、ぐっすりと」


 嘘じゃない。意外と、この身体は順応性が高いようだ。


「それは良かった。朝食の準備ができてるわ。顔を洗ったら、食堂においで」

「はい」


 マリアが去った後、井戸に向かう。

 村の中心にある共同井戸。何人かの女性たちが、すでに水を汲んでいた。


「あら、エリナちゃん!」

「おはよう」


 昨日会った女性たちが、気さくに声をかけてくれる。


「おはようございます」


 ぺこりと頭を下げる。

 女性の一人が、バケツに水を汲んで渡してくれた。


「ほら、これで顔を洗いなさい」

「ありがとうございます」


 冷たい水で顔を洗う。

 ひんやりとした感触が、心地よい。寝起きの頭がシャキッとする。


 水面に映る自分の顔。

 やっぱり、美少女だ。金髪碧眼の、現実離れした美貌。

 濡れた肌が、朝日を浴びて輝いている。


 ――こんな顔で三十八年生きてたら、人生変わってただろうな。


 そんなことを考えながら、タオルで顔を拭く。


「エリナちゃん、本当に綺麗ね」

「記憶がないのは可哀想だけど、きっといいとこのお嬢様よ」

「そうね。この村じゃ見ない顔立ちだもの」


 女性たちが、ひそひそと話している。

 聞こえないフリをして、マリアの家に戻る。



 ◇ ◇ ◇



 朝食は、黒パンとスープ、それにチーズ少々。

 質素だが、温かい。そして何より、手作りの味がする。


「美味しい……」


 思わず、そう呟いた。

 前世では、コンビニ弁当や冷凍食品ばかりだった。こういう、素朴で温かい食事は久しぶりだ。


「気に入ってくれて嬉しいわ」


 マリアが微笑む。


「ねえ、エリナ。記憶は、何か戻った?」

「いえ……まだ」


 嘘をつくのは心苦しいが、仕方ない。


「そう。でも焦らないで。きっと、少しずつ戻ってくるわ」

「はい……」


 スープを飲みながら、今後のことを考える。

 この世界で生きていくためには、まずこの世界のルールを知る必要がある。

 言語は――なぜか通じている。転生特典なのか、この身体に備わった能力なのか。

 通貨は? 仕事は? 文化は?


「あの、マリアさん」

「なあに?」

「この村のこと、色々教えてもらえますか?」


 マリアは、少し驚いた顔をした。


「あら、記憶がないのに知りたいの?」

「はい。このままじゃ、皆さんに迷惑をかけるだけですから」


 真剣な顔で言う。

 マリアは、しばらく俺の顔を見つめて――優しく微笑んだ。


「いい子ね、エリナは。分かったわ、教えてあげる」


 こうして、俺はこの世界の基礎知識を学ぶことになった。



 ◇ ◇ ◇



 この村の名前は「グリーンヒル」。

 人口は約二百人の小さな村で、主な産業は農業と牧畜。

 この世界には「魔法」が存在し、一部の人間は魔法を使えるらしい。

 そして、「冒険者ギルド」という組織があって、そこで仕事を受けて生計を立てる人たちがいる。


「冒険者ギルド?」


 聞き慣れない言葉に、興味が湧く。


「ええ。魔物退治や護衛、荷物運びなんかの依頼を受ける仕事よ」


 マリアが説明してくれる。


「この村にはギルドはないけど、隣町のリバーサイドに支部があるわ」

「へえ……」


 ――冒険者、か。


 ゲームや小説でよく見る設定だ。

 そして、それは俺にとって――チャンスかもしれない。


「あの、私も冒険者になれるんですか?」

「え?」


 マリアが驚いた顔をする。


「エリナ、あなた、冒険者に?」

「はい。記憶はないですけど、身体は元気ですし。ずっとマリアさんたちに世話になるわけにもいきませんから」


 これは本心だった。

 いつまでも村人の善意に甘えるわけにはいかない。自分で稼いで、自立しないと。


「でも、危険よ。魔物だって出るし……」

「大丈夫です。危ない仕事は避けますから」


 ここで、俺は決めた。

 この世界で、スローライフを送るんだ。

 無理な冒険はしない。危険な依頼は受けない。安全で楽な仕事だけを選んで、のんびり暮らす。


 それが、俺の生き方だ。


「そう……なら、明日、リバーサイドの町に一緒に行きましょうか」


 マリアが折れてくれた。


「本当ですか!?」

「ええ。ちょうど町に買い物に行く予定だったの。一緒に行って、ギルドを見てみるといいわ」


 ――よし、決まった。


 明日から、冒険者としての生活が始まる。

 美少女の外見を活かして、楽な仕事だけを受ける。

 そして、のんびりスローライフを満喫する。


 これが、俺の方針だ。



 ◇ ◇ ◇



 午後、村を散策することにした。

 マリアに許可をもらって、一人で村の中をぶらぶらと歩く。


 小さな村だ。

 中心に広場があって、周囲に家々が建ち並んでいる。畑があって、牧場があって、小さな教会がある。

 子供たちが広場で遊んでいる。老人たちが木陰で談笑している。女性たちが洗濯をしている。


 ――平和だ。


 こんな風景、前世ではもう見られないと思っていた。

 都会の喧騒。満員電車。深夜残業。そんな日々から解放されて、こんな平和な場所に来られた。


 皮肉なことに、死んでからだけど。


「ねえねえ、お姉ちゃん!」


 突然、子供が駆け寄ってきた。

 五、六歳くらいの男の子だ。


「一緒に遊ぼう!」

「え、私が?」

「うん! お姉ちゃん、綺麗だから!」


 無邪気な笑顔で言われて、断れなかった。


「……分かった。少しだけね」


 こうして、俺は子供たちと遊ぶことになった。

 鬼ごっこ。かくれんぼ。簡単な球遊び。


 ――久しぶりだな、こういうの。


 前世では、もう何十年も子供と遊んだことなんてなかった。

 でも、意外と楽しい。子供たちの笑顔を見ていると、なんだか心が温かくなる。


「お姉ちゃん、速いね!」

「へへ、まあね」


 この身体、見た目は華奢だけど、意外と動ける。

 子供相手なら、余裕で追いかけられる。


 しばらく遊んで、ふと気づく。

 村の若い男たちが、遠くからこちらを見ている。

 その視線は――明らかに、興味津々といった感じだ。


 ――ああ、美少女が子供と遊んでる図、か。


 確かに、絵になるだろうな。

 でも、中身はおじさんなんだけど。


「お姉ちゃん、また明日も遊ぼうね!」

「ああ、うん。また今度ね」


 子供たちと別れて、村の外れに向かう。

 そこには、小さな川が流れていた。


 ――ああ、川だ。


 釣りが趣味だった俺にとって、川は特別な場所だ。

 近づいて、水面を覗き込む。

 透明な水。流れは緩やか。そして――魚の影が見える。


「いるじゃん……」


 思わず、ニヤリとする。

 この世界でも、釣りができる。

 竿と餌があれば、魚が釣れる。そして、それを料理できる。


 ――よし、これだ。


 スローライフの第一歩として、釣りを趣味にしよう。

 村人に竿の作り方を教えてもらって、暇なときは釣りをする。

 釣った魚を料理して、村人に振る舞う。


 そうすれば、村での評判も上がるし、自分も楽しめる。

 一石二鳥だ。


 川のほとりに座り込む。

 サラサラと流れる水の音。風が草原を撫でる音。遠くで牛が鳴く音。


 ――ああ、気持ちいい。


 都会の騒音とは無縁の、自然の音だけが聞こえる世界。

 これが、俺が求めていたスローライフだ。


「よし……明日からは冒険者として登録して、楽な仕事だけ受ける。そして暇なときは釣りをして、料理をして、のんびり暮らす」


 一人、宣言する。


「絶対に、無理はしない。危険な依頼は全部断る。これが、俺のスローライフだ」


 風が、金髪を優しく揺らす。

 夕日が、水面を赤く染める。


 ――悪くない人生だな、これも。


 そう思いながら、俺はしばらく川のほとりに座っていた。



 ◇ ◇ ◇



 夜。

 マリアの家で夕食を済ませ、自分の部屋に戻る。


 ベッドに腰掛けて、今日一日を振り返る。

 この世界のことが、少しずつ分かってきた。

 魔法があって、冒険者がいて、魔物がいる。

 そして、のんびりとした村の生活がある。


 ――俺は、ここでスローライフを送る。


 改めて、心に誓う。

 前世では、会社に縛られて、過労死するまで働いた。

 でも、この世界では違う。自分のペースで、自分の好きなように生きる。


 美少女の外見? それは、利用させてもらう。

 世の中、綺麗事だけじゃ生きていけない。使えるものは使う。それが、三十八年間生きてきた俺の処世術だ。


 ふと、窓の外を見る。

 満天の星空が広がっていた。


 都会では見られない、無数の星。

 天の川まで、はっきりと見える。


「綺麗だな……」


 思わず、呟く。

 前世では、こんな星空を見る余裕もなかった。


 窓を開けて、夜風を感じる。

 冷たい空気が、部屋に流れ込んでくる。草の匂いがする。どこかで虫が鳴いている。


 ――ああ、生きてるんだな、俺。


 実感が湧いてくる。

 死んだはずなのに、こうして生きている。

 新しい世界で、新しい身体で、新しい人生を始められる。


「ありがとうな」


 誰に言うともなく、呟く。

 神様がいるのかどうか知らないけど、もしいるなら感謝したい。

 こんなチャンスをくれて、ありがとう。


 ベッドに横になる。

 柔らかな寝具が、身体を包み込む。


 明日は、冒険者ギルドに登録する。

 新しい人生の、本当のスタートだ。


 ――頑張るぞ、エリナ。


 いや、頑張りすぎないぞ。

 スローライフ、忘れるな。


 そう自分に言い聞かせて、目を閉じる。

 すぐに、眠気が襲ってきた。


 明日への期待と、少しの不安を胸に――俺は、眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。

 マリアと一緒に、リバーサイドの町へ向かった。


 村から町までは、徒歩で約二時間。

 舗装されていない道を、のんびりと歩く。


 途中、美しい景色が広がっていた。

 広大な草原。遠くに見える山々。青い空。白い雲。

 時々、商人の馬車とすれ違う。みんな、気さくに挨拶してくれる。


「いい天気ね」


 マリアが、楽しそうに言う。


「はい」


 俺も、心から同意する。

 前世では、通勤電車に揺られて、窓の外の景色なんて見る余裕もなかった。

 でも今は、こうしてのんびりと歩いて、景色を楽しめる。


 ――これが、スローライフだ。


 二時間後、町に到着した。


 リバーサイドは、その名の通り大きな川のほとりにある町だった。

 石造りの建物が並び、人々が行き交う。市場では商人たちが大声で客を呼び込んでいる。


「結構、大きな町なんですね」

「ええ。この地域では一番大きいわ」


 マリアに案内されて、町の中を歩く。

 そして――冒険者ギルドに到着した。


 大きな建物だ。

 木造だが、しっかりとした造り。入口には「冒険者ギルド・リバーサイド支部」という看板が掲げられている。


「ここよ」

「……行ってきます」


 深呼吸をして、扉を開ける。


 中は、想像以上に賑わっていた。

 受付カウンターがあって、掲示板に依頼書が貼られている。テーブルには、冒険者らしき男女が座って酒を飲んでいる。


 そして――俺が入った瞬間、その場の視線が一斉にこちらに集まった。


「……おい」

「美人……」

「新人か?」


 ざわつく声。

 特に、男性冒険者たちの視線が、明らかに興味津々だ。


 ――うわ、めっちゃ見られてる。


 居心地が悪い。

 でも、ここで怯んだら負けだ。


 堂々と、受付カウンターに向かう。


「あの、冒険者として登録したいんですが」


 受付にいたのは、二十代半ばくらいの女性だった。

 赤い髪をポニーテールにまとめた、快活そうな女性。


「あら、新人さん? 珍しいわね、こんな可愛い子が」


 女性が、にこやかに笑う。


「私はミラ。このギルドの受付よ。よろしくね」

「エリナです。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。


「じゃあ、登録用紙に記入してもらえる? 名前、年齢、得意なこと、あと魔法が使えるかどうか」

「はい」


 用紙を受け取り、記入する。


 名前:エリナ

 年齢:十六歳(推定)

 得意なこと:……釣り? 料理?

 魔法:分からない


 正直に書いて、提出する。


「ふむふむ……釣りと料理ね。変わってるわね」


 ミラが、クスクスと笑う。


「まあ、冒険者に必要なのは戦闘力だけじゃないし。サポート系の依頼もあるから、大丈夫よ」

「そうなんですか」

「ええ。それじゃあ、ランク判定をするわね。ちょっと待ってて」


 ミラが奥に引っ込む。

 待っている間、周囲の冒険者たちがこちらをチラチラ見ている。


 ――気まずい。


 そのとき、一人の男が近づいてきた。

 二十代前半くらいの、筋肉質な男。剣を腰に下げている。


「よう、新人ちゃん。俺はガルド。よろしくな」

「あ、はい。エリナです」


 男は、ニヤニヤと笑っている。

 その目は――明らかに、下心がある。


「可愛いな。良かったら、俺とパーティー組まないか?」

「え、あの……」


 どう断ろうか迷っていると――


「ガルド、新人に絡むんじゃないの」


 ミラが戻ってきて、ガルドを睨んだ。


「へいへい」


 ガルドは、バツが悪そうに離れていった。


「ごめんね。あいつ、ああ見えて悪い奴じゃないんだけど、女の子には目がないのよ」


 ミラが苦笑する。


「それじゃあ、登録完了よ。これがあなたのギルドカード」


 手渡されたのは、小さな金属製のカード。

 そこには、俺の名前と「Fランク」という文字が刻まれていた。


「Fランク?」

「新人は全員Fランクからスタートよ。依頼をこなして実績を積めば、ランクは上がっていくわ」


 なるほど。

 つまり、最初は簡単な依頼しか受けられないということか。


 ――むしろ好都合だ。


 危険な依頼を回避する口実になる。


「分かりました。ありがとうございます」

「じゃあ、あの掲示板を見てみて。Fランク用の依頼が貼ってあるから」


 ミラに促されて、掲示板に向かう。


 そこには、色々な依頼が貼られていた。


「薬草採取。報酬:銀貨五枚」

「荷物運び。報酬:銀貨三枚」

「畑の手伝い。報酬:銀貨二枚」


 ――おお、これは。


 どれも、危険じゃなさそうな依頼ばかりだ。

 特に、薬草採取。これなら、森を散策しながらのんびりできる。


「じゃあ、これを」


 薬草採取の依頼書を手に取る。


「初依頼が薬草採取? 堅実ね」


 ミラが、感心したように言う。


「危ないのは嫌なんで」

「賢明だわ。じゃあ、これが薬草の見本。この草を、森で十本採ってきてね」


 見本の草を見せられる。

 緑色の、ギザギザした葉っぱ。特徴的な形なので、見分けはつきそうだ。


「分かりました」

「頑張ってね。夕方までに戻ってきてくれれば大丈夫よ」


 こうして、俺の冒険者生活が始まった。


 ――よし、のんびり行くか。

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