第11話 弟子志願と温泉トラブル
その日の午前中、いつものように薬草採取をしていると――
村の入口で、見慣れない人影を見つけた。
若い女性だ。
二十歳前後だろうか。茶色の髪をポニーテールにまとめている。
冒険者風の服装。腰には短剣。
「あの……エリナさんですか?」
女性が、恐る恐る声をかけてくる。
「はい、そうですが」
「初めまして! 私、リーナと言います!」
女性――リーナが、深々と頭を下げる。
「隣村から来ました。あなたに、お願いがあって……」
「お願い?」
「はい! 弟子にしてください!」
――え?
予想外の言葉に、固まる。
「弟子って……」
「あなたの噂を聞いたんです! ゴブリンの群れを撃退した、水魔法の使い手だって!」
リーナの目が、キラキラと輝いている。
「私も、水魔法が少し使えるんです。でも、まだまだ弱くて……あなたに教えてもらいたいんです!」
「いや、でも、私、師匠なんて……」
「お願いします!」
リーナが、両手を合わせて懇願する。
――困った。
俺、人に教えるの、得意じゃないんだけど。
「あの、私、そんなに強くないですし……」
「そんなことありません! ゴブリンの群れを倒せるなんて、すごいじゃないですか!」
「それは、村の人たちと一緒に……」
「謙遜しないでください!」
リーナが、食い下がる。
――どうしよう。
断りたいけど、この熱意を見ると断りにくい。
「……とりあえず、お茶でも飲みながら話しませんか?」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リーナが、嬉しそうに笑う。
◇ ◇ ◇
マリアの家に、リーナを招いた。
マリアが、お茶と焼き菓子を用意してくれる。
「それで、リーナさん。なんで私に弟子入りしたいんですか?」
お茶を飲みながら、聞く。
「実は、私も冒険者なんです。でも、Fランクで……」
リーナが、少し恥ずかしそうに言う。
「水魔法は使えるんですけど、弱くて。戦闘では、ほとんど役に立たなくて」
「そうなんですか」
「ええ。でも、あなたの噂を聞いて……水魔法でも、あんなに強く戦えるんだって知って、感動したんです!」
リーナの目が、また輝く。
「だから、教えてください! 水魔法の使い方を!」
――うーん。
困った。
俺だって、体系的に学んだわけじゃない。
独学で、本を読んで、試行錯誤しただけだ。
「あの、私、師匠になれるような実力、ないんですよ」
「そんなことありません!」
リーナが、首を振る。
「あなたは、すごい人なんです! だから、お願いします!」
――どうしよう。
断るべきか。
それとも、少しだけ教えてあげるか。
リーナの顔を見る。
真剣な目。
本気で、強くなりたいと思っているんだろう。
「……分かりました。少しだけなら」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
リーナが、嬉しそうに飛び跳ねる。
「でも、期待しないでくださいね。私も、そんなに上手く教えられるか分からないので」
「大丈夫です! 頑張ります!」
――まあ、いいか。
少しくらいなら、付き合ってやるか。
◇ ◇ ◇
午後、森の空き地で、リーナに魔法を教えることにした。
「じゃあ、まず、あなたの魔法を見せてください」
「はい!」
リーナが、手を前に出す。
そして――
手のひらから、小さな水滴が浮かび上がった。
「これが、私の限界です……」
リーナが、恥ずかしそうに言う。
――確かに、弱いな。
でも、一応魔法は使える。
適性はある。
「なるほど。じゃあ、まず基礎から練習しましょう」
「基礎?」
「はい。マナのコントロールです」
俺が読んだ本の内容を思い出しながら、説明する。
「魔法は、マナの量じゃなくて、コントロールが大事なんです」
「コントロール……」
「ええ。同じマナの量でも、集中させれば威力が上がります」
実際にやって見せる。
手のひらに、小さな水球を作る。
そして、意識を集中して、水球を圧縮する。
水球が、だんだん小さく、濃くなっていく。
「そして――」
水球を、木に向けて放つ。
バシュッ!
水球が、木の幹に穴を開けた。
「すごい……」
リーナが、目を丸くする。
「こんなに威力が出るんですか!?」
「はい。マナを集中させれば、こうなります」
「教えてください!」
リーナが、目をキラキラさせる。
「じゃあ、やってみてください。まず、水球を作って、それを圧縮する」
「はい!」
リーナが、手のひらに水球を作る。
そして、集中する。
でも――水球は、圧縮されない。
「うーん……難しい……」
「焦らないで。ゆっくり、意識を集中させて」
しばらく練習が続く。
リーナは、真剣に取り組んでいる。
額に汗をかきながら、何度も挑戦する。
そして――
「あ、少し小さくなった!」
リーナの水球が、少しだけ圧縮された。
「やった! できました!」
「いいですね。その調子です」
――意外と、教えるのも悪くないな。
誰かが成長する姿を見るのは、嬉しい。
練習を続けていると、日が暮れてきた。
「今日は、ここまでにしましょう」
「はい! ありがとうございました!」
リーナが、深々と頭を下げる。
「明日も、教えてくださいますか?」
「……まあ、少しなら」
「ありがとうございます!」
リーナは、嬉しそうに宿に向かった。
◇ ◇ ◇
その夜。
マリアと、夕食を食べながら今日のことを話す。
「弟子ができたの?」
マリアが、驚いた顔をする。
「いや、弟子というか……ちょっと教えてるだけで」
「でも、すごいわね。エリナが、人に教えるなんて」
「そんな大したことじゃないですよ」
照れくさくて、頬を掻く。
「でも、リーナちゃん、可愛い子だったわね」
マリアが、ニヤニヤしながら言う。
「そうですか?」
「ええ。若くて、元気で。エリナと気が合いそう」
「まあ、悪い子じゃなさそうですね」
食後、自分の部屋に戻る。
ベッドに横になって、今日のことを振り返る。
――弟子、か。
まさか、こんな展開になるとは。
でも、悪くない。
リーナは、真面目で努力家だ。
教え甲斐がある。
少しだけ、師匠らしいことをしてみるか。
目を閉じる。
明日も、リーナに教える日だ。
◇ ◇ ◇
翌日。
午前中、薬草採取を済ませてから、またリーナと森で練習した。
「昨日教えた、圧縮の練習、続けてくださいね」
「はい!」
リーナが、何度も水球を作っては圧縮する。
だんだん、コツを掴んできたようだ。
水球が、昨日より小さく、濃くなっている。
「いいですね。その調子です」
「ありがとうございます!」
練習を続けていると――
「エリナ先生!」
リーナが、興奮した声で叫ぶ。
「先生って……」
「だって、師匠ですから!」
「いや、師匠ってほどじゃ……」
「エリナ先生! 見てください!」
リーナが、圧縮した水球を木に向けて放つ。
バシュッ。
小さな穴が、木に開いた。
「できました!」
リーナが、嬉しそうに飛び跳ねる。
「すごいです! 威力が、全然違います!」
「よく頑張りましたね」
――成長したな。
たった一日で、ここまでできるようになるなんて。
リーナには、才能があるのかもしれない。
「次は、何を教えてくれるんですか?」
リーナが、目をキラキラさせる。
「そうですね……じゃあ、応用編を」
「応用編!?」
水魔法の色々な使い方を教える。
水を操って物を動かす方法。
水の壁を作って防御する方法。
水の温度を変える方法。
リーナは、熱心にメモを取りながら聞いている。
「すごい……こんなに色々なことができるんですね」
「まあ、工夫次第ですね」
練習を続けていると、昼過ぎになった。
「お腹空きましたね」
俺が言うと、リーナが頷く。
「はい。でも、もっと練習したいです!」
「無理しちゃダメですよ。休憩も大事です」
村に戻って、マリアの家で昼食を食べることにした。
◇ ◇ ◇
昼食後、リーナが提案してきた。
「あの、エリナ先生。温泉があるって聞いたんですが……」
「ええ、森の奥に」
「一緒に、入りませんか?」
――温泉か。
確かに、練習で疲れたし、温泉に入りたい。
「いいですよ。じゃあ、行きましょう」
「やった!」
二人で、森の奥の温泉に向かう。
温泉に着くと、リーナが感嘆の声を上げた。
「すごい! こんな場所があったんですね!」
「はい。ここは、村の人たちと共有してる温泉です」
周りを確認する。
誰もいない。
「じゃあ、入りましょう」
「はい!」
二人で、脱衣スペースに入る。
そして――服を脱ぎ始める。
リーナは、躊躇なく服を脱いでいく。
上着、スカート、下着。
あっという間に、全裸になった。
「エリナ先生も、早く早く!」
「は、はい……」
俺も、服を脱ぐ。
――やっぱり、女性と一緒に裸になるのは、気まずいな。
中身がおじさんだから、余計に。
でも、外見は女性だし、拒否するわけにもいかない。
全裸になって、温泉に向かう。
リーナが先に入る。
「わあ……気持ちいい……」
リーナが、至福の表情を浮かべる。
俺も、温泉に入る。
温かいお湯が、疲れた身体を包み込む。
「ふう……」
リラックスする。
「エリナ先生、肌が綺麗ですね」
リーナが、俺の身体を見て言う。
「そうですか?」
「はい。透き通るような白さで、羨ましいです」
――まあ、若い身体だから。
リーナも、十分綺麗な身体をしているが。
引き締まった身体。
適度な筋肉。
冒険者らしい体型だ。
「リーナさんも、綺麗ですよ」
「本当ですか?」
リーナが、嬉しそうに笑う。
二人で、しばらく温泉に浸かる。
「ねえ、エリナ先生」
リーナが、話しかけてくる。
「なんでしょう」
「どうして、冒険者になったんですか?」
――それは……。
記憶喪失という設定だから、適当に答えないと。
「よく覚えてないんです。気づいたら、この村にいて」
「そうなんですか……」
「でも、今は、この村が好きです。ここで、のんびり暮らせれば十分です」
本心を言う。
「のんびり……ですか」
リーナが、少し不思議そうな顔をする。
「普通、冒険者ってもっと上を目指すものじゃないですか?」
「そうかもしれませんね。でも、私は違います」
きっぱりと言う。
「私は、自分のペースで生きたいんです。誰かの期待に応えるためじゃなくて、自分のために」
リーナが、しばらく俺を見つめて――微笑んだ。
「エリナ先生、かっこいいです」
「え?」
「自分の生き方を、しっかり持ってるから」
リーナが、嬉しそうに言う。
「私も、そうなりたいです」
「リーナさんなら、なれますよ」
励ます。
そのとき――
茂みが、ガサガサと音を立てた。
「!」
二人とも、警戒する。
「誰か、います……?」
リーナが、小声で言う。
茂みから――
村の若い男性が、顔を出した。
「あ……」
男性と、目が合う。
――やばい。
裸を見られた。
「きゃあああ!」
リーナが、悲鳴を上げる。
俺も、慌てて身体を隠す。
「で、出てって!」
叫ぶ。
男性は、真っ赤な顔で慌てて逃げていった。
「ご、ごめんなさい!」
遠ざかる声。
◇ ◇ ◇
温泉から上がって、二人で着替える。
「災難でしたね……」
リーナが、恥ずかしそうに言う。
「本当に……」
俺も、顔が熱い。
見られた。
裸を。
――最悪だ。
村に戻ると、案の定、噂が広がっていた。
「エリナちゃんとリーナちゃんが、温泉で……」
「見られたらしいぞ」
「羨ましい……」
男性たちの声。
「エリナちゃん、災難だったわね」
マリアが、同情してくれる。
「はい……」
「でも、あの男の子、悪気はなかったと思うわよ。たまたま通りかかっただけで」
「そうですけど……」
恥ずかしい。
しばらく、温泉に行きづらいな。
◇ ◇ ◇
夜。
リーナは、村の宿に泊まることにした。
「明日も、教えてください!」
「はい。また明日」
リーナと別れて、マリアの家に戻る。
自分の部屋で、ベッドに横になる。
――今日も、色々あったな。
弟子ができて、教えて、一緒に温泉入って、覗かれて。
波乱の一日だった。
でも――
悪くない。
リーナは、いい子だ。
一緒にいると、楽しい。
弟子を持つのも、悪くないかもしれない。
目を閉じる。
明日も、リーナに教える。
そして、また平和な一日を過ごす。
そう思いながら、眠りについた。




