息子を案ずる父の記憶
舗装はされていないものの、人や荷車の往来が多いのか、自然と平坦になり歩きやすくなった、畑に囲まれた一本道を運び屋はひたすら歩いていく。
畑仕事をしている老人達に挨拶をされても一切返すことなく、一軒の家の前で止まった。
木製のドアノッカーを叩き、家主が出てくるのを待つが、一向に出てくる気配がない。
運び屋はもう一度叩くことも、声を出すこともせず、ただひたすら姿勢を正して立っている。
「お嬢ちゃん、タミナルさんに何か用かい?」
遠くから畑仕事を終えた村人が声を張り上げて運び屋に問いかけた。
運び屋はその者に近づいていく。
「はじめまして。タミナル・ステージ様より依頼を受けました運び屋です」
「ああ、噂の運び屋さんかい。タミナルさんは今寝たきりで出られないから、勝手に入っていいぞ」
運び屋は村人に一礼し、再びドアノッカーを叩いた後家の中に入った。
二部屋開け、ベッドに横になっている老人を見つけた。
運び屋は老人の傍らに立ち、キャスケットを脱ぎ、一礼した。
「はじめまして。依頼を受けました運び屋です。タミナル・ステージ様でお間違いありませんね。どのような要件をご所望でしょうか」
老人は僅かに運び屋の方に顔を傾け、口をゆっくりと開いた。
「はじめまして。このような姿で申し訳ない。見て分かる通り、わしはもう、あまり長くない。息子が、戦場にいるんだ。わしの、たった一人の愛しい息子が。きっと息子は、わしの死に目に会えない。だから息子に、わしの記憶を与えてほしい。わしの言葉を、思いを伝えてほしい」
「どのくらいでしょうか」
老人は弱々しく震えながら、骨が浮き出た手を動かし、タンスの上段を指した。
「依頼金が、そこの引き出しに。足りる分だけ、届けてくれ」
運び屋は依頼金を数えたのち、タンスのうえで契約書を書きはじめた。
「文字は読めますか」
「ああ」
運び屋は老人の視界に入るよう、契約書を広げて持った。
老人はゆっくりと、じっくりと、時折瞼が落ちそうになるのを堪えながら読んだ。
「理解しました」
「内容にご納得いただけましたか?」
「はい」
「では、拇印でいいので契約書にサインをください」
運び屋はインク瓶を取り出し、老人の手の近くに持っていく。
老人は親指をそのインク瓶につけ、契約書に付けた。
「契約成立です。では、改めまして。今からあなたはある記憶を半年分失います。私と手が触れた瞬間に記憶を失いはじめ、手が離れた段階で完全にあなたの該当記憶は私に移っています。依頼遂行後、記憶に関する質問は一切受け付けません。ご質問はございますか?」
「いいえ」
「では、続けます。あなたの記憶を受け取った後、あなたのご子息を探し、ご子息の優先順位の低い、数多ある記憶の中で不要な半年分の記憶と引き換えに、あなたの記憶をご子息にお渡しします。もしご子息がその条件を飲めなかった際は、あなたが存命であれば、タミナル・ステージ様に記憶と依頼金を返金します。もしそうでなければ、記憶分、ご子息に依頼金に色を付けて返金します」
「承知しました」
「では、始めます」
運び屋はタミナル・ステージの手に触れる。タミナル・ステージの記憶が運び屋に流れ込んでくる。




