息子を案ずる父の記憶 前編2
お前は、出会った時から素直じゃなかったな。
「坊主、盗みはいかんよ盗みは」
孤児院の子ではない。痩せ細ったボロボロな格好をした少年が人の財布をくすねていたのを偶々見かけた。
俺に声をかけられた少年は、振り返る事なく走って路地裏に逃げ込もうとしたから、村の衛兵として培われた力を少し発揮し、少年を捕まえて、地面から体を離してやった。
「離せよこのやろー!」
手足をジタバタさせ、元気にもがいている。
「ははは、元気でよろしい! 坊主、家族はいるか?」
「いるわけねーだろばーか! いたらこんな格好してねーよ!」
「そうか。なら、俺の家族にならないか?」
「はぁ?」
「財布は持ち主に返す。その代わり、俺の息子になれ! お前の手癖を一から叩き直して、一人前の男にしてやる!」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、手足をダラんと下ろした。
「し、仕方ねーな! これは別に、あれだ! 衛兵に突き出されて面倒にならない為だからな!」
「ああ、それでいい。取ったものを渡しなさい。返したら、服買って飯を食おう」
言い訳かもしれないが、村に若者は少なかった。若い女は若い男よりも少なかった。将来を約束した女もいなかった。良い出会いもなく、俺は一人のまま立派なおっさんになっちまった。誰もいない家が寂しくて、誰でもいいから一緒に暮らしたかった。
この出会いは、そんな俺の願いを見つけた神様が気まぐれで用意してくれた、息子との出会いだと思った。
「坊主、名前は?」
「そんなもんあるかよ」
「そうか。じゃあそうだな。グロウスとかどうだ? グロウス・ステージだ」
「だっせー」
「そうか。でも俺は気に入ったな。グロウス。これから嫌というほど呼べば、少しは気にいるだろうさ」
好きなだけ飯を注文させたら吐くほど食いやがって、新しく買った服は汚れた体で一瞬で汚しやがって、風呂に入れたら何度洗っても汚れが浮き出て、ようやく綺麗になったと思えば汚れで隠れていた傷が出てきて。手のかかる息子を拾ったと思ったよ。でも俺は、そんなお前を見て笑っていたんだ。
やんちゃで物を壊すわ、いたずらは大好きだわでほんと、困った息子だ。それでも、お前が来てから俺の人生は明るくなった。
グロウス。振り返ってくれたな。グロウス。つまみ食いをしたな。グロウス。怪我をしたな。グロウス。元気だな。グロウス。話してくれたな。グロウス。笑ってくれたな。グロウス。大きくなったな。
グロウス。舌打ちをしたな。グロウス。今日も飯、いらないのか。グロウス。その怪我はどうした。グロウス。悩みがあるのか。グロウス。無視しないでくれ。グロウス。行かないでくれ。
──グロウス。父さんが悪かった。
しつこくして悪かったな。怒鳴って悪かったな。怖がらせて悪かったな。意地張って悪かったな。心無い事言って悪かったな。引き止めなくて悪かったな。戦場なんかに行かせて悪かったな。
グロウス。生きていてくれ。お前が生きて、笑って、幸せでいてくれれば、お前がやんちゃであろうと、迷惑をかけようと、父さんは何も気にしない。ああ、グロウス。一緒に酒を飲もう。お前の気持ちを聞かせてくれ。俺の気持ちを聞いてくれ。
俺のたった一人の大切な息子。世界で一番、愛しているよ。もう一度、男になったお前を見たい。
◇◆◇◆◇
運び屋はタミナル・ステージから手を離した。
「記憶は受け取りました。依頼遂行の為、これからご子息の元に向かいます」
「どうか、ご無事で。──グロウス。今、会いにいくからな」
運び屋はキャスケットを被り、軽く会釈して家を出る。
のどかな村から戦場へ、その身一つでいつものように歩みを進める。




