姫に恋した姫の記憶 前編
この世界には、姿形は何ら普通の人間と変わらない、ずっと若い見た目のまま寿命がなく、魔法使いとはまた違う不思議な力を保有する魔女と呼ばれる存在がいる。
グレーを基調とした、動きやすく改造された正装に、似つかわないボロボロの革製のバッグを肩に掛け、低いヒールの革靴をコツコツと鳴らしながら姿勢良く歩く、茶髪を結びまとめ、青い目を宿した少女もまた、魔女の一人だ。
「はじめまして。レイン・ウェザー様より依頼を受けました運び屋です」
運び屋は衛兵を見上げながら丁寧に封された手紙を渡す。
「少々お待ちください」
衛兵は手紙を熟読した後、屋敷へと向かった。
かなりの時間を待たされて尚、運び屋はその綺麗な姿勢を一切崩さない。
「確認が取れました。どうぞ中へ」
運び屋が一礼して門を潜ろうとすると、衛兵は一言付け足した。
「武器の持ち込みはご容赦ください」
運び屋はジャケットに隠れるように仕込んでいた短剣を鞘ごと外し、衛兵に預けて中に入った。
案内された客間の席に座り、出されたお茶にも菓子にも手を出さず、ただ静かに向かいを見つめて待機する。
「お待たせしました」
華麗なドレスを身に纏い、敵意を与えぬ柔らかな笑みを浮かべた灰色の髪に黒目の女性が一人、部屋に入ってきた。
「お初にお目にかかります。レイン・ウェザーと申します」
レイン・ウェザーがドレスの裾を持ち、カーテシーを行う。
運び屋もまた、立ち上がり、グレーのキャスケットを脱ぎ、胸元に添えて礼をする。
「はじめまして。依頼を受けました運び屋です。本日はどのような要件をご所望でしょうか」
席に座ったレイン・ウェザーは真っ直ぐ運び屋を見つめる。
「愛してしまった婚約者の妹の記憶を消して欲しいのです」
運び屋は既に何項か書かれている契約書とペンを革鞄から取り出した。
「期間はどのくらいでしょうか」
「五年です」
運び屋はペンを走らせた後、その紙をレイン・ウェザーに渡す。
「こちらの内容にご納得いただけましたら、ご署名の方をお願いします」
レイン・ウェザーは契約書を隅から隅まで熟読した後、傍らにあるペンを取り、署名をする。
「契約成立です。では、改めて確認させていただきます。あなたはこれから、約五年分のある記憶を失います。私と手が離れたその瞬間から、あなたは五年分の記憶の消去が完了しています。私はあなたからの記憶に関する質問に一切答えません。あなたはそれに同意しています。最後にご質問等ございませんか?」
「いいえ。ありません。ただ一つ、あなたは理由を聞かないのですか?」
「雑談は契約外の事です。それに、契約書にも書いてあります通り、あなたの記憶の所有権は私に映りますので。それでは、始めさせていただきます」
運び屋は革手袋を脱ぎ、手のひらをレイン・ウェザーに差し出す。
「さようなら、私の愛する人」
レイン・ウェザーは指先を触れ合わせるように、運び屋の手に触れた。運び屋にレイン・ウェザーの記憶が流れ込む。




