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奏界のエデン  作者: 雪菜
第二章

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第16話 静寂は、終末でできている

 その日、街は静寂に満ちていた。澄んだ朝の空気は肺に心地よく、柔らかな風が心地よい。


 シオンたち四人が居るのはルクシーレの東に設けられた見晴らし台だ。深緑色の瑞々しい苔に覆われた平原のようなそこは、広場、という表現の方がぴったりかもしれない。ここなら街の景色が一望できる為、異変にいち早く気づける。といっても街の建物は塔のように縦に長いので視界が遮られてしまい、壮観とまでは言えないが。


「……世界の終わり」

「エリアナ?」


 ぽつりと零された不吉な言葉に、シオンは眉をひそめる。


「ああ、ごめんなさい、縁起が悪かったですわよね」


 落下防止用の木の柵から身を乗り出していたエリアナは、恥じ入るように目を伏せる。


「あんまりにも静かだったので。なんだかこれから世界が終わるみたい、だなんて思ってしまって」


 彼女の言う通り、市民のすべてが地下のシェルターへと避難した今、街は痛いほどの静寂に満ちている。違和感を覚えるほどの静けさだ。


「実際、幻竜が好き勝手に暴れたらルクシーレは滅ぶだろうけどなー」

「なるべく被害は出ないようにしたいんだけれどね。難しいかな……」


 ロゼリアがどこから現れるかわからないし、降り立った場所に駆け付ける間にも被害は出る。


 更に言えば、三日はかかる、と言っただけで厳密に三日後に街を襲うとは宣言していない。襲来は明日であるかもしれないし、明後日になる可能性もある。


 ヴィンスがぴくりと肩を揺らした。シオンが気づくと、精悍な顔に好戦的な笑みが浮かんだ。


「おでましのようだぜ」


 ヴィンスが示す西の空には、小さな点が浮かんでいる。エリアナの気配が緊張を帯びるのが手に取るように伝わって来た。


「四六時中気を張ってたらこっちも保たねぇし。思いの外、早くて助かったな」


 青空に浮かぶ点はみるみる大きくなっていく。


「あの〜。わたくしの勘違いでなければ、こちらに一直線に向かってきておりませんこと?」

幻妖種ニーズ・ヘッグの本能は人間への殺意でできてんだっけ? 憎悪より本能が勝ったんじゃね?」


 ヴィンスの推測が正しいかどうかは置いておくとして、嬉しい誤算ではある。


「ガリアンさんっ!」


 三人から離れたところで待機していたガリアンは心得たように頷いて、銃を担ぎ直すとエリアナを見やる。彼女は地面に置いてあった大きな鞄を抱えて男の元へと向かう。その背に、


「テンパっておっさんの足引っ張んなよー、エリアナ!」

「あなたこそ、興が乗って目的を間違えませんよう!」


 軽口に噛み付いたあと、エリアナはガリアンと共に距離を取る。高台の端まで離れたところで二人は止まり、こちらの様子を窺うように振り返った。


 そのときには、幻竜はもう間近まで迫っていた。


 大きく広げた翼。火のように赤い全身。ヴェルスーズへ来てから幾度か見た幻竜の姿にもう動揺はしなくなったけれど。それでも目の前の異形が見知った少女だと考えると、シオンの心臓は緊張と焦燥で早鐘を打った。シオンは愛用の片手剣を。ヴィンスは槍をそれぞれ構え、


幻妖種ニーズ・ヘッグ自体初めて見るが、想像以上にでけえなー」


 殺意を帯びた金緑の瞳がシオンとヴィンスを射抜く。そこで、シオンは気づいた。


「フェリシアが、いない……?」


 鎧のような鱗に守られた背には人影はない。事態の深刻さに気づいたとき、竜の尾がしなった。頭上から振り下ろされたそれを、二人は左右に分かれて避ける。叩きつけられた尾によって地面が抉れ、砂ぼこりが巻き上がった。


 轟音を響かせて地面に降り立った竜のかぎ爪が、ヴィンスへと迫る。背後に跳躍してヴィンスが躱せば、竜は回転の勢いそのままに尻尾を薙ぎ払った。大きく上に飛んで避けるも、空中では次の攻撃は躱せない。ヴィンスが舌を打つ。シオンが割って入る前に、銃声が轟いた。

 ガリアンの放った銃弾は竜の頬へ着弾。威力はない。弾けた弾丸からシルヴァリーの花粉が飛び出すと、竜の殺意が和らぎ、その意識はヴィンスから逸れる。


 幻竜はシルヴァリーの花粉に酔う。賭けではあったけれど、目の前の竜にも効果は覿面なようだった。


 ガリアンはシルヴァリーの花粉を撃ち込んで竜の意識を逸らす。エリアナは弾の装填。ヴィンスは竜を二人から引き離す囮役。そう事前に決めていたのだけれど。


「幻竜しか居ねえじゃん。どーすんだよ、シオン!」


 着地したヴィンスからの指摘に、シオンは頬を伝う汗を拭った。


 計画はルクレティアが居る前提なのだ。彼女が居なくてはロゼリアを元に戻すことは不可能だ。殺すしかなくなる。


 幻竜の殺意が緩んだのはほんのわずかな間だけ。振り回される尾を身を沈めて躱しながら、必死に思考を巡らせる。


 フェリシアはどこに居るのか。シオンを迎えにくると言っていたから、ロゼリアと共に現れるとすっかり思い込んでしまっていた。早急に彼女を探し出す必要がある。


 この広い街を? そんな時間があるはずもないし、そもそもルクシーレにすら来ていなかったら?


 シルヴァリーの花粉は威嚇にはなる。だが、それだけ。その時間は一分にも満たない。せいぜいがヴィンスの態勢を整える時間を作る程度。


 気を失わせるような手段は持ち合わせていない。殺すのは以ての外だけれど、この戦力ではそもそもが傷を付けることすら困難だ。


 どうすればいい。フェリシアは、一体どこにいる。


 焦るシオンの脳裏に。


 ――予言をあげるね。


 愛らしい声が、蘇った。


 ――探し人ができたら、ルクシーレの時計塔に登るといいわ。女の子はそこで泣いてるから。


 探し人。泣いてる女の子。


 そうだ。色々なことが一気に起こったせいで忘れてしまっていた。レトが言っていた。予言をあげる、と。


 どうして思い至らなかったのか。予言。つい先日聞いたばかりの単語なのに。


 もし、エリックたちに助言をしているのが未来を見ることができるとされる、光明の竜(レヴィアタン)ならば。


「ヴィンス!」


 竜の翼が生み出す暴風に負けじと、この場で最も腕が立つ青年へ向けてシオンは叫んだ。


「なんだあっ? 妙案でも、浮かんだかっ?」

「フェリシアの居る場所に心当たりがあるんだ! この場を任せてもいいかい?」


 信じてもらえるだろうか。逃げると思われても仕方のない状況だ。灰褐色の瞳に思案の色が滲んだのは一瞬。


「ああ、りょーかい! 後で死ぬほど感謝してくれよ?」

「ありがとうっ!」


 ヴィンスに心からの礼を言って、シオンは石階段を駆け下りる。図書館のすぐ側にある時計塔。ここからなら全力で走れば十分ほどだ。

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