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奏界のエデン  作者: 雪菜
第一章

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第3話 空の攻防戦

此に捧げるは(ryu rue)光の書(aoiud tue)賢人(tiu)(anathium)創りし(etea)――始原と(elen doi)終わり(ooaiu)の唄(noisu)七つの(tu doia)海を(dhu)渡る(eha)愚者に(diue jie)翼はなく(eois iod)焦がれる(ejio)空は(ae ete)なお遠い(etr doi)


 ルクレティアの美しく伸びやかな歌声が、通信機器ピアスを通してシオンの耳に届く。鈴を転がすような澄んだ綺麗な声が紡ぐ音程には、寸分の狂いもない。

 幻竜に出くわしたことは乗客にとって災難だろうけれど、彼女の歌を聞けるのは幸運だと思う。


 飛行船から飛び降り、幻竜の真上に身を投げた形となったシオンは、竜の翼が起こした烈風の残滓にふわりと身体を煽られながらも、柄を握る手に力を込めた。

 刀身に刻まれた聖術刻印がシオンの意識に反応して空気中のエーテルを取り込み、透明感のある蒼い刀身が淡い輝きを放ち始める。


 眼下で体勢を立て直し、離れていく飛行船へ向けて翼を広げようとしている幻妖種ニーズ・ヘッグへ向けて、剣を振りきった。


 男の聖術が炎を生み出すものなら、シオンの剣に刻まれた刻印は取り込んだエーテルを破壊の力へと転化するもの。


 刀身を包んでいた光がそのまま刃となり、蒼い軌跡を描いて竜へと襲い掛かる。黒竜の長い尻尾が反応し、シオンの放った一撃は鱗で覆われた尾に弾かれ、空の彼方へと呑み込まれていった。


 鱗に多少の傷が入ったのが遠目に窺えたが、やはり本体にダメージを与えることは叶わない。しかし、幻竜の注意をシオンへ惹きつけることには成功したらしい。


 巨竜はぐるりと牙をむき出しにして唸ると凄まじい速度で距離を詰め、するどい右前脚が襲い掛かってきた。振り下ろされた爪のあいだに刀身を噛ませて剣を軸に身を捩り、さらに剣が弾かれた反動を利用して何とか竜の突進をかわす。黒い巨体はシオンの横すれすれのところを飛び去っていった。


 攻撃を躱すことはできたが、身体は重力に引かれて落下する。このままでは地上に向けて真っ逆さまだが、シオンは冷静にルクレティアの唱歌しょうかに耳を傾けていた。


真っ白な(ru eiuya)海に(tiuo)焦がれる(eiua uio)人に(eioit)――神の(aieu spe)祝福を(jeour)


 ルクレティアの歌が終わると、周囲一帯に直径一メートルほどの光でできた丸い足場が出現した。そのうちの一つはシオンの真下へと現れ、くるりと宙返りして着地する。ブーツ越しに伝わる感触は、鉱石でできた床を踏むものと遜色ないしっかりとしたもの。


 ようやく足場を得てほっと息を吐き出しつつ、頭上の竜を見上げる。


「空の上で竜と戦うなんて、自殺行為だよね……。普通に死ねるよ……」


 一度上昇し、シオンから距離を取った幻竜は遠ざかっていく飛行船を追うよりも、自身に刃を向けた敵の排除を優先することにしたみたいだ。機動力ではあちらが上なのだからそのまま追いかければいいのに、この幻妖種ニーズ・ヘッグはそこまで知能は高くないようだ。


 ぐるる、と牙を剥いて唸る黒竜の瞳は怒りに燃えている。


 しっかりとした足場があれば話は変わるのだけれど、身動きのままならない空中でこんなバケモノを相手にするなんて無謀な試みだ。

 一連の挙動を見る限り向こうに遠距離から放てる攻撃手段がないことは僥倖かもしれないが、こちらはそもそもダメージを与えることができないのだから、やはり不利である。


 ――とはいえ。


『シオン、大丈夫?』


 心配そうなルクレティアの声。彼女は音だけでこちらの状況を判断しなくてはならないからか、声音には強い緊張が孕んでいた。


「今のところは大丈夫、かな。けど、ごめん、ティア。丸投げしてもいいかい?」


 あえて明るく言ってみたけれど、ルクレティアの緊張を和らげるには至らなかったらしい。返ってきた声は硬いもの。


『わかったわ。楽譜コードはどうすればいいの?』

 

 シオンは周囲一帯に生成された光の足場を見渡し、素早く戦術を組み立てる。


投綱とあみがよさそう、かな」

『当たるかしら?』


 さきほどの機械人形ドールの聖術をすべて躱した黒竜の素早さを思い返しているのだろう。ルクレティアの答えは不安げだ。どれだけ強力な術でも、目標に当たらなければ何の意味もないのだから。


「その心配はいらないと思うよ。あの竜、速さと膂力は凄いけど知能はあまり高くないみたいだから。足場を利用して――」

『あ、そういうこと……』


 みなまで言わずとも、彼女は察してくれた。


此に捧げるは(ryu rue)光の書(aoiud tue)空の竜に(Ragunarok)選ばれし(ruw sjoa)守人が(kodi aoiue)創りし(etea)終わりの唄(moid noisu)


 ルクレティアが歌い出すのとほぼ同じタイミングで、竜も動いた。


 こちらを噛み砕かんと迫ってくる顎を跳躍して躱し、その肩口に飛び乗り、剣を突き立てる。が、


「……っ! か、たッ!」


 刃は硬質な鱗に阻まれてしまい、肉まで到達させるにはシオンの筋力では足りない。弾かれた剣を逆手に持ち替え、振り回された尾による一撃を剣の腹で受け止め、流す。

 身を低くして翼をかいくぐり、竜の背から飛び降りると足場の一つへと着地。追ってくる竜の攻撃をギリギリのところで躱していく。


 足場から足場へと飛び移りながら、躱しきれない際どい一撃はなんとか剣で弾きつつも、鋭い爪が頰を浅く切り裂き、腕にも裂傷ができていく。

 時間にすれば三分にも満たない攻防のはず。それでも凄まじい膂力を持つ竜の攻撃は重く、まともに喰らうわけにはいかないという緊張も手伝ってか、時は永遠に思えた。


 すっかりシオンの息が上がり始めた時。


反逆者に(ewas dg)神の槍が(etere doiu)降り注がん(mnout diu)――光の(Ragunarok)投網(ryue ru)


 ようやく、歌が終わった。


 ルクレティアの聖歌が完成すると、空中から一条の光の槍が放たれ、竜へと襲いかかった。黒竜は飛び上がって回避するが、さらに別の空間から二本の槍が放たれる。竜は巧みに翼を操って光の足場を避けながら、槍を躱していく。

 すると、逸れた槍の一本が足場に当たり、光の槍は威力を減衰させることなく角度を変えて跳ね返り、再度竜へと牙を剥く。


 これは幻妖種ニーズ・ヘッグにとっては予想外だったのか、辛くも避けるが新しく生成されたいま一本が、太い左の後ろ脚を貫いた。硬い鱗をあっさりと貫通し、肉を焼かれた竜は咆哮を上げて身を捩る。


 光の槍は周囲一帯に散りばめられた光の足場内で反射を繰り返し、次々と黒竜の身体を撃ち抜いていく。しかし、槍自体の幅は五センチにも満たない細さ。いくら攻撃を受けようと致命傷には至らない。


 そのうちの一本が、シオンへと向かってきた。


 聖術で生成された光の槍は、つまりは高濃度のエーテルの集合体だ。シオンが剣で槍を斬り払うと、刀身の刻印が反応してエーテルを吸収し、光の槍は霧散してかき消える。代わりに、先ほどとは比べ物にならない蒼い輝きが剣から溢れ出す。


 空中で静止状態にある竜に向けて、シオンは勢いよく剣を薙いだ。


 目を焼きそうなほどの眩い蒼の剣閃が、一直線に竜へと走る。槍に意識を向けていた幻竜はシオンの一撃をまともに喰らい、右翼が付け根から真っ二つに引き裂かれた。


 青い血が飛び散り、黒竜の咆哮が空をビリビリと振動させるような錯覚を生む。人間なら怯んでしまいそうな迫力ある叫びだけれど、当然ながら聖術に意志などない。


 動きを鈍らせた竜に淡々と槍が突き立ち、最期の一本が血の噴き出た背中に刺さると、とうとう幻竜はふらりとよろけ、態勢を立て直す気力もなかったのか、境界へと真っ逆さまに落ちていった。


 ぼふり、と。新雪のような雲の海に呑まれていった竜の姿を見届け、シオンはルクレティアに呼び掛けた。


「ティア、聞こえるかい?」

『まだ……聞こえ……。どう……なった、の?』


 飛行船がだいぶ離れてしまったのか返ってくる音声はノイズ塗れで、聞き取るのは一苦労だった。


 空を振り仰ぐと、飛行船らしき黒点はまだギリギリ見える。


「トドメはさせなかったけど、ちゃんと追い払えたよ。たぶんもう襲ってこないと思う。エーテル濃度が高い雲の中で、しばらく休むんじゃないかな」

『今、操縦室に……ってるの。シオンの……まで戻ってくれるように……いして……』


 たぶん、操縦室に向かっているところで、シオンのいる空域まで戻ってくれるよう頼んでみるとかそんな感じの内容だろう。


 聖術で作り出した物質が現世で形を留められるのはせいぜい十分程度なので、このまま放置されてしまうとシオンは地上に向けて真っ逆さまだ。


「ありがとう、大人しく待ってるよ」


 ルクレティアに返事をして、シオンは剣を鞘に納めた。


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