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愚かな新婚夫の悩み 1

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「私は、新婚なんだから一週間くらい仕事を休めと言わなかったか?」


 朝食後、「どうして結婚式の翌日なのに休みを取っていないんですか⁉」とドロシアの小言を背中に聞きながら、クリフが大慌てで城の国王の執務室に飛び込むと、執務机で書類を読んでいた若き国王はあきれ顔をした。

 この二十三歳の国王ギルバートは、クリフの従兄でもある。

 お互い一人っ子だったため、クリフとギルバートは幼いころから兄弟のように育った。

 だからこそ、ギルバートは駄目な弟を見るようにクリフを見て、大袈裟に嘆息した。


「結婚式の翌日に仕事に行くような夫は、早々に妻に見切りをつけられるぞ」

「もうすでにいろいろやらかした!」

「はあ?」


 ギルバートが目をぱちくりとさせて、執務室にいた側近たちを下がらせた。

 クリフもギルバートの側近の一人ではあるが、もともとは休みの予定だったので本日予定している仕事はない。

 ギルバートは書類を置いて立ち上がると、くいっと顎でソファを示す。

 クリフがソファに腰かけると、ギルバートは座らず、ソファの背もたれに肘をついた。


「で? お前は一体何をした」

「く、詳しくは言えないが……新婚早々妻に見切りをつけられるようなことを、した」

「詳しくは言えない? いったい何を……」


 ギルバートがさらに追及しようとしたとき、コンコンと部屋の扉が叩かれる。


「今取り込み中だ」


 ギルバートが答えたが、扉を叩く手は止まらなかった。


「そこに、クリフ・ラザフォードがいるんでしょう⁉ 開けてください‼」

「うん? この声はコニーリアスか? あの引きこもりが自らの意思で研究室から出て来ただと⁉」


 ギルバートが愕然と目を見開き、戸惑った声で「入れ」と言う。

 部屋に入って来たのは、ぼさぼさの黒い髪にエメラルド色の瞳をしたひょろりと細身の男だ。

 コニーリアス・ヘイマー。ヘイマー伯爵家の次男にして、我が国における魔法省長官である。


 彼は若くして頭角を現し、二十歳を過ぎるころに魔法省の副長官に抜擢。

 長官が年を取って引退すると、そのまま長官に繰り上がった秀才だ。ちなみに二十八歳独身の、研究大好き引きこもりである。

 研究室に引きこもっているときはカーテンも明けないので、一部では「茸を育てているらしい」という不名誉な噂も立っているほどだ。

 本当に茸を育てているとは思わないが、コニーリアスの散らかり放題の暗い研究室には誰も近寄らないので、真実は闇の中である。


 その引きこもり長官がいったい自分に何のようなのだろうときょとんとしていたクリフは、入って来たコニーリアスに開口一番怒鳴られた。


「クリフ・ラザフォード‼ あなた、なんてことをしたんですか⁉」

「……え?」

「クリフ。何かしたのか?」

「い、いや、身に覚えが……」

「ないわけないでしょう‼」


 また怒鳴られて、クリフは首をすくめた。

 自分より七歳年上のコニーリアスは、クリフが魔法を覚える時に師事していた相手だ。要するに師匠である。コニーリアスも研究室に引きこもらずに外を出歩いていた時期があったのだ。

 コニーリアスはぱちんと指を鳴らした。

 その途端、国王の執務室全体に遮音結界が張られる。これで室内の会話が外に漏れることはなくなった。

 相変わらず息をするように魔法を使うなと感心していたら、ごちんとクリフの脳天にコニーリアスの拳が落ちた。


「いっ」

「忘却の魔法を使いましたね」


 いきなり殴られて文句を言いかけたクリフは、ぎくりと肩を震わせた。

 ギルバートの目がすぅっと細まる。


「ほぅ? コニーリアス、詳しく」

「い、いや、コニーリアス長官、その話はまた今度……」

「に、できるはずがないでしょうこのバカちんが‼」

「いたっ!」


 またごちんと殴られてクリフは脳天を押さえた。

 確かに忘却の魔法は使ったが、今はその時のことを詳しく覚えていないのに、それで怒られるのはなんか納得がいかない。怒るなら魔法を使う前の自分を怒ってほしい。


「忘却の魔法は、凶悪犯の性格矯正のために生み出された魔法で、一般使用は禁止されているはずです‼ そもそもあなたに教えたこともないのにどこで覚えたんですか⁉ というか誰に使ったんです‼ 他者への無断使用は重罪ですよ‼」

「クリフ、誰に使った」


 ギルバートが国王の顔で鋭く睨んでくる。

 なんだか今日はあっちこっちから怒られてばかりだとしょんぼりしながら、クリフは白状した。


「自分に……」

「は?」

「だ、だから……自分に……」

「「はあ⁉」」


 ギルバートとコニーリアスの声が揃った。


「た、他社への使用は犯罪でも、自分への使用は犯罪では……ないはず……」


 クリフの言葉が尻すぼみになる。

 二人からすごい形相で睨まれたからだ。


「確かに自分自身への使用については法律上犯罪ではありません。というかそんなことをする馬鹿がいるとは思わないので、誰もが法律に記す必要性を感じていなかったのでしょうからね‼」

「う……」


 コニーリアスが目をキリキリと吊り上げ、ギルバートが額を押さえた天井を仰ぐ。


「クリフ、何だってそんなことを?」

「……その、忘却の魔法を使った理由自体も覚えていないから、よくわからない」

「いったい何を忘れたのか、わかりますか?」

「たぶんですけど……初恋の女性ではないかと」

「「はあ⁉」」


 ギルバートとコニーリアスの声がまた揃う。

 クリフはしどろもどろになりながら、心の中に顔も名前も思い出せないけれど大切な女性がいたという気持ちだけが残っていることを告げる。

 ギルバートがぎゅうっと眉を寄せた。


「何故、それを忘れようとした?」

「それがわからないんだ。何故俺は忘却の魔法を自分にかけたのか。何もわからない。わからないんだが……その、ギルバート。この魔法のせいで俺はアナスタージアにとても失礼なことを言ってしまったようで……」


 本当は忘却の魔法について秘密にしておこうと思っていたのだが、ばれてしまったのなら仕方がない。

 結婚式のあとの夜から今朝にかけての話をすれば、ギルバートは「ああ……」とうめいて両手で顔を覆い、コニーリアスは残念な子を見るようにクリフを見た。


「どうやら僕は君のことを買いかぶりすぎていたようです。もっと賢いと思っていたのに、どうしようもないほどの馬鹿だったなんて……自分の教え子が馬鹿なんて……ああ、僕の教育が間違っていたばかりに、アナスタージア嬢、すみません」

「もうアナスタージア夫人、もしくはラザフォード公爵夫人ですよ、長官」

「あなた、自分の言動を棚に上げてよくそんなことが言えますね」


 もう一度脳天に拳が落ちてきそうな気配を察知して、クリフは両手で頭を守る。


「はあ……。それで、その魔法はどこで覚えて……って、それも忘れているんですね。まったくどうしようもない教え子ですね。というか初恋を忘れるために使ったって、あなたに初恋相手なんていましたか?」

「いたから忘却の魔法を使ったし、胸がこんなに痛いんだと思います」

「ああそうですか。それでその話を馬鹿正直に奥方にしてあきれられた挙句に将来の離縁をほのめかされたと。自業自得ですね」

「う……」


 容赦ない言葉に胸を押さえて、クリフはコニーリアスを仰ぎ見る。


「それで、その……長官。いっそのこと微妙に残っている初恋相手への気持ちも忘れたら、結婚生活が順風満帆に送れるのではないかと思うんですが、もう一度忘却の魔法をかけたらなんとかなりますかね」

「何を考えているですか‼」

「いたっ!」


 ごちん、と拳がまた脳天に落ちてきた。


「忘却の魔法を使うことは魔法省長官の名において禁止します。それから、忘却の魔法をかけてもその感情を忘れなかったのなら、何度かかけても同じです。忘却の魔法は、本当にその人が必要としている気持ちだけは残る魔法なんです。記憶は忘れても気持ちは残る。重犯罪者用に作られた魔法だと言ったでしょう。すべて何事もなかったかのように気持ちよく忘れさせてあげる魔法じゃないんですよ。覚えていないのに気持ちだけが残る苦しみを与える魔法なんです。あなたという子は、本当に……!」


 クリフは愕然と目を見開いた。そんな魔法だとは知らなかったからだ。

 もともと忘却の魔法があるというのは知られているが、その実態は魔法省の一部の人間以外には秘密にされていた。過去の自分がどうやって忘却の魔法を使い方を覚えたのかは知らないが、きっとその事実を知らないままに使ったのだろう。


「それに、順風満帆な夫婦生活が送れるはずないでしょう。すでにあなたは、昨日の夜、幸せいっぱいのはずの新妻を失意のどん底に突き落としているんですよ!」


 その通りではあるが、ちょっとくらい希望を抱きたかったのにそこまではっきりと言わなくてもいいではないか。


「でも、そんな失礼なことを言われたのに、泣きわめいてお前をなじるのではなく、すっぱり離婚を切り出すあたり、アナスタージアは肝が据わっているな」

「ギルバート、感心しないで挽回の手立てを一緒に考えてくれ」

「いやもう無理だろそれ」

「そんな⁉」

「というか、つい先日までアナスタージアとお前は仲よくやっていたじゃないか。それなのに、どうしてそんなおかしなことに……。確認だが、アナスタージアのことは覚えているのだろう?」

「もちろんだ」

「……そうか」


 ギルバートは訝しそうな顔をしていたが、やがて肩をすくめると両手をを軽く上げた。


「うん、お手上げだ。諦めてアナスタージアに引導を待たされるのを待て」

「ギルバート!」

「というのは冗談で。あとはもう一つしかないんじゃないか?」

「何か方法があるのか?」


 クリフは目を輝かせて身を乗り出した。

 ギルバートがにやりと笑う。


「決まっているだろう? アナスタージアをこれでもかと自分に惚れさせて、離縁なんて考えられないようにするんだ。アナスタージアを惚れさせた後で初夜のことをもう一度、誠心誠意懺悔しろ。それしか方法はない」


 クリフはなるほど、と拳を握って頷き、それから首をひねる。


「で、具体的にどうすればアナスタージアは惚れてくれるんだろうか」

「「それは自分で考えろ‼」」





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