失った記憶の戻し方 7
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三日後。
わたしに忘却の魔法をかけた相手が捕縛されたとクリフ様が教えてくれた。
現在男は尋問にかけられているという。
尋問にはコニーリアス様が立ち会い、余計な干渉をして来ようとする古参貴族たちは遠ざけられているそうだ。
クリフ様も休み返上でずっとお仕事に行っていた。
数日が経ったからか、想い出の中のクリフ様の顔を思い出せないことへの戸惑いは少し落ち着いたが、やはり未だに違和感はぬぐえない。
それは、忘却の魔法をかけた相手が捕縛され、さらに二日が経った、ある日のことだった。
男への尋問が進められ、幾人かの古参貴族の屋敷に騎士団と魔法師団が家宅捜索に入ったと聞いた日の翌日のことだ。
「え? 来客?」
執事のヒューズが戸惑いながら部屋にやって来た。
わたしは読んでいた本から顔を上げる。
今日、来客の予定はなかったはずだ。というか、クリフ様がわたしの身の安全のために、しばらくは誰とも会うなと言っていたのだ。
部屋にいたセイディも怪訝そうな顔をしている。
「どなたでしょうか。前触れもなく突然やって来るなんて無礼にもほどがあります」
「ビアトリス・アストン侯爵令嬢だ。門番から連絡が入った。門番が取り次げないと言ったところ、無礼だと騒ぎだして手に負えないのだがどうしたらいいかと確認が入っている」
わたしはぽかんとしてしまった。
「え? 騒いでいるの?」
普通、門番が取り次げないと言えば諦めて帰るものではないだろうか。
「そうなのです。相手は侯爵家の令嬢ですし、門番も強く出れないそうでして」
ヒューズも困った顔をしている。
「確かに、相手は侯爵令嬢ですものね……」
しかも古参貴族で、父親は外務大臣。
もし会えないと突っぱねたら、社交界でどんな悪口を言われるかわからない。
王妃様が古参貴族たちを新興貴族派に取り入れたいと考えている今、非難される材料は作らない方がいいと思われた。
「クリフ様に連絡を。それからドロシアにサロンの用意をするように言ってくれるかしら? サロンの準備が終わったらお通しして。……連絡もなく来たのだから、多少待たすくらいは別におかしいことじゃないわよね?」
確認すると、セイディが大きく頷く。
「サロンの準備が整うまで待たせても問題ありません。本来であれば奥様がお会いする必要もないくらいです。……ただ、追い返そうとして騒ぎ出すくらいですから、サロンにお通しして、旦那様からの連絡が入るまでお茶でも出して待たせておきましょう。何の用意もなく奥様がお会いになるのは危険です」
「そうね、そうしましょう。ヒューズ、準備が整ったら教えてくれるかしら?」
「かしこまりました」
ヒューズがそれぞれに指示を出すために急ぎ足で部屋を出て行く。
わたしは読みかけていた本を閉じて、窓のそばまで歩いて行った。
ラザフォード公爵家の広い庭の外。門の向こう側に馬車が見える。
「ビアトリス様はいったい何の用なのかしら?」
「わかりません。ですが、奥様に魔法をかけた男を仕立て屋に紹介したのはアストン侯爵家です。アストン侯爵およびその令嬢が今回のことにどこまで関与しているのかはわかりませんが、奥様は極力近づかない方がいいでしょう」
「そうね……」
家宅捜索の対象となった古参貴族たちの中には、アストン侯爵家も入っていると聞く。
警戒はしておいた方がいいだろう。
窓から様子を見ていると、しばらくして門番が門を開けたのが見えた。サロンの準備が整ったから中に入れたようだ。
馬車がゆっくりと、カーブを描くように作られた石畳の道を玄関に向かって進む。
玄関前に馬車が止まると、ビアトリスともう一人、使用人だろう男が下りてきた。
「……セイディ。なんかおかしいわ。侍女ではなく男性の使用人を連れて来るなんて、変よ」
理由があって男性使用人を伴うことがまったくないわけではないが、令嬢が男性使用人と二人きりで馬車に乗ることはおかしい。
セイディが「奥様はここにいてください」と言って険しい顔で部屋を出て行こうとした、そのときだった。
突然、階下から爆発音が響き渡った。
「きゃあっ!」
思わず耳を押さえて悲鳴を上げたわたしを、セイディが抱きしめる。
悲鳴やら怒号が響き渡って、ばたばたという複数の足音が二階に上がって来た。
まだ、爆発音がする。
悲鳴を上げかけたわたしの口をセイディが片手でふさいだ。
「静かに」
口を押えられたままわたしはこくこくと小刻みに頷く。
「何を考えているのです⁉」
ドロシアの怒りに満ちた声がした。
爆発音がして不安だったが、どうやらドロシアは無事のようだ。
「うるさいっ! あの女はどこ⁉ 今すぐ出しなさい‼」
甲高いビアトリス様の声がする。
部屋の外で何が起きているのかわからず、わたしはセイディにぎゅっとしがみついた。
ドロシアとビアトリス様の言い争う声は続く。――と。
突如、喚いていたビアトリス様の声が途切れた。
何が起きたのかと思っていると、コンコンと扉が叩かれる。
セイディがわたしから離れ、そーっと扉に近づいた。
「どなたです?」
「ドロシアですよ。奥様は無事?」
セイディがほっと息を吐いて扉を開ける。
わたしも扉に駆け寄った。
「セイディ、何が――」
言いかけたわたしは、廊下を見てぽかんとする。
そこには気を失って倒れ込んでいるビアトリス様がいて、使用人たちが彼女の胴に縄をぐるぐる巻きに巻き付けているところだった。
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