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失った記憶の戻し方 6

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 記憶の中のクリフ様の顔が思い出せない以外は、わたしの日常は穏やかにすぎて行った。


「アナスタージア、夕方には帰るから」


 記憶の中のクリフ様の顔を忘れている以外は健康そのものなので、わたしはお仕事へ向かう「クリフ様」を見送るために玄関へ向かった。

 彼が夫のクリフ・ラザフォード様だと教えられて頭では理解しているのだけど、どうしても違和感がぬぐえない。

 けれど、ふとした仕草や言動は、記憶の中のクリフ様との想い出と噛みあうこともあって、それはわたしの中に焦りを生んだ。


 ……どうして、思い出せないの?


 わたしが、クリフ様に悲しい顔をさせている。

 わたしの中に残るクリフ様を好きだと思う感情と、目の前の人の顔は一致しないのに、悲しそうな彼を見ると胸が痛い。


「はい、いってらっしゃいませ。――クリフ様」


 だからこそ、できるだけ戸惑いを顔に出さないように微笑んだのだけど、きっとわたしの心の中なんてクリフ様にはお見通しなのだろう。

 躊躇いがちにわたしの手を取り、甲に触れるだけのキスを落とす。


「何があるかわからないから、邸の外には出ないでくれ」


 そう言ってクリフ様は馬車に乗り込んだ。

 クリフ様がほんの一瞬触れた手の甲が、熱い。


「奥様」


 ぼんやりとクリフ様が乗った馬車が走り去っていった門のあたりを見つめていると、セイディに肩を叩かれた。


「ええっと、今日は刺繍をしてすごすわ」


 何もしていないと、ずっとぼんやりしてしまう。

 だからクリフ様のハンカチに刺繍でも入れようと、わたしはセイディと二階の部屋に上がった。

 わたしに忘却の魔法をかけた犯人はまだ捕まっていないという。

 けれど国境はすべて封鎖され、騎士団と魔法師団が捜索しているから近いうちに捕縛されるだろうとクリフ様は言っていた。


 それを知った一部の古参貴族が国境を封鎖したことに不平不満を上げたというが、コニーリアス様が激怒しており、異を唱えるものは関係者とみなして捕縛したのち尋問にかけると宣言したため大人しくなったそうだ。

 去年、コニーリアス様の研究室に何者かが侵入した事件があり、そのときに一部の人間にしか教えられない禁忌魔法が盗み出された可能性があるそうだ。

 コニーリアス様はその時の犯人が今回の事件に関係していると見ているらしく、わたしに対して責任を感じているという。


 ……クリフ様も、こんな気持ちだったのかしら。


 ちくちくと刺繍を刺しながらわたしは考える。

 クリフ様も、初恋の相手を忘れるためにご自身に忘却の魔法を使った。

 けれども気持ちだけは覚えていて、すごく戸惑って――だから、わたしに「夫婦になれない」と言ったのだ。


 その気持ちが、今のわたしにはよくわかる。

 クリフ様を好きだという感情は胸の中に残っているのに、顔がわからない。

 だから目の前にいるクリフ様と、わたしの中の彼への恋愛感情が一致しないのだ。

 ゆえに……もしもクリフ様に、夫婦としての関係を求められたならとても戸惑うし恐ろしいと思うだろう。

 相手の顔がわからないのに、感情だけが心の中に取り残されている。


 ……こんな状態で、わたしはクリフ様の妻が続けられるのかしら。


 もしも離縁しないのであれば、わたしは跡継ぎを生まなくてはならない。

 だけど、怖い。

 クリフ様だって頭では理解していても心がついて行かない。

 いつか目の前のクリフ様を改めて好きになることもあるかもしれないけれど、胸の中に取り残されている感情はとても強くて、そのいつかが本当に来るのかどうかはわからなかった。


 この魔法が、犯罪者に使われるものだというのがよくわかる。

 相手のことが思い出せないのに、気持ちだけが取り残されるというのは、こんなにつらいことだなんて知らなかった。

 きっと、クリフ様もつらかっただろう。


 ぼんやりしていたからだろうか。

 ちくりと針の先で指を刺してしまって、わたしは痛みに顔をしかめた。

 針を刺してしまった人差し指を口元に持って行けば、セイディが救急箱を取りに行ってくれる。


 ……そう言えば、去年だったかしら? 同じように針で指をついたことがあったわね。


 それを知ったクリフ様が、「危ないからもう針を持つな」なんて言って慌てていたのを思い出した。

 顔も声も思い出せないのに、そのときの口調だけは覚えている。

 だからだろうか、余計に虚しくて……わたしの胸に、ぽっかりと大きな穴があいてしまったような気分だった。


「ねえセイディ。……ううん、何でもないわ」


 わたしはセイディに人差し指を消毒されながら訊ねかけて、やめた。

 何故ならセイディは、わたしが忘却の魔法をかけられてしまったことを、まるで自分の責任のように悔やんでいる。

 わたしはセイディに訊ねかけた問いを、そっと胸の中で自問する。


 ――人は、忘れてしまった人に、また同じように恋をすることはあるのかしら?




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