妨害 3
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「え? 貿易路が封鎖された?」
十日後の夕食後。
寝室でクリフ様とハーブティーを飲んでいたわたしは、彼から聞かされた話に目を丸くした。
カンニガム大国と陸続きで繋がっているバレル王国への貿易路の一部が封鎖されて、カンニガム大国からの輸入品が王都へ入らなくなっているという。
封鎖された貿易路はアストン侯爵領をはじめとする古参貴族の領地を通るルートで、理由は「盗賊が出たため」とされているが、クリフ様によると真実かどうかは怪しいところだそうだ。
王妃様をはじめ、真珠の注文が相次いで入ったため、お父様がカンニガム大国の親戚に連絡をし、手に入るだけの真珠を王都に運んでもらおうと手配した矢先の出来事だった。
カンニガム大国からバレル王国の王都へ商品を運ぼうとすると、アストン侯爵をはじめとする古参貴族が治める領地を通るのが最短だ。
もし古参貴族の領地を通らずに王都へ商品を運ぼうと思えば、ぐるりと大きく迂回しなくてはならず輸送費が跳ね上がる。
他国との貿易路に関しては、前王陛下の代に理由なく封鎖してはならないと勅命が下っていたというのに、かなり強引な手で封鎖してきたものだ。
「盗賊が出たという理由で封鎖できるのは数か月程度のことでしょうに、どうしてそんなことを……」
「真珠を今年の社交界に間に合わせないためだろう。新興貴族に親和的な古参貴族をこれ以上増やさないための策だと思う。一部の古参貴族の夫人や令嬢たちは、真珠を手に入れるために新興貴族派にすり寄っているからな。手に入らないのならば様子見というところも増えるだろう」
「そこまでするんですか? 貿易路を封鎖すれば、自分たちにも不利益が出るでしょうに」
「馬鹿な連中なんだ。利益よりもプライドを優先するんだよ。それによって一番困るのは領民だが、ああいう連中は領民のことなんてこれっぽっちも考えていないんだ。自分たちの収入が減れば税率をあげればいいと思っているような連中だからね」
「……身勝手すぎます」
「それがこの国の、昔から凝り固まった貴族の考えだよ。だからこそ新しい時代についていけないんだ。一番守るべきものはプライドと己の贅沢な暮らしで、立場の弱い人間から搾取することしか考えていない」
クリフ様は忌々し気に舌打ちして、「だが……」と続ける。
「抗議したところで安全性を持ち出されるとどうしようもない。十中八九盗賊なんて嘘だと思っているが、万が一本当だったときが困る。もしくは、本当だと思わせようとして人を雇い盗賊を演じさせる可能性もあるな」
「そこまでしますか?」
「ああいう馬鹿はするんだよ。これとは違うが、過去にも似たようなことをやらかした馬鹿がいるんだ」
クリフ様がハーブティーを一気に飲み干したので、わたしは彼のティーカップにお代わりを注ぎながら訊ねた。
「似たようなこと?」
「去年のことだ。魔法省のコニーリアス長官の研究室に、盗賊を装って盗みに入らせた愚か者がいる。長官が会議で研究室から出た時間帯を狙ったんだ。犯人は古参貴族の一人で、気に入らない新興貴族を追い落とすために長官の部屋から使用が制限されている魔法を盗み出そうした」
魔法省で使用が制限されている魔法は、一部の人間を除いて発動原理を教えられていないそうだ。
長官であるコニーリアス様の部屋にはその手の禁忌魔法に関する書物がたくさんあるという。
「犯人は捕まったが、口を割る前に自害したため、一体なんの魔法が盗み出されたのかまでは長官もわからなかったらしい。あれ以来、コニーリアス長官の引きこもりに拍車がかかってね、会議すらよほど重要なもの以外は欠席するようになった」
留守を守ってくれる使用人を雇えばいいのにそれもしないんだと、クリフ様が肩をすくめる。
「まあ、長官の話はさておき、輸送路の解放を求めるのは難しいだろう。真珠を運ぼうと思うと迂回させるしかないが……」
「お父様に相談してみますが、迂回するのは得策ではないでしょうね。わたしの手持ちの真珠がいくらかありますので、それを使って、お渡しする方を限定して価値を釣り上げる方がいいかもしれません」
「なるほどな。悪くない方法かもしれない。以前から親しくしていた相手を優遇し、新しく連絡を取って来た相手には様子見という形を取れば、仲良くしていないと来年からも融通してもらえないと思わせるんだ。この手の誘導はセイディが得意だろう。うまい具合に噂を流し、君が信頼している相手にしか真珠が融通されないと思わせるんだ」
「数がないので、真珠一粒でも華やかに見えるアクセサリーの製作をお父様に急いでもらいましょう。ネックレスがいいと思います」
よし、と拳を握ると、クリフ様がふっと笑った。
「君は商売のことになると目がキラキラするね」
そうかもしれない。
わたしは将来嫁ぐ人間として、お父様からあまり商売のことを教わって来なかった。跡取りとしてしっかりと商人教育を受けていた弟が少し羨ましくもあったのだ。
何かを売るわけではないが、マクニール伯爵家、そしてラザフォード公爵家の利益になる方法を考えるのは楽しい。
クリフ様がわたしの頭に手を伸ばして、ふわりと優しく撫でた。
頭を撫でられたのははじめてで、びっくりして目を見開くと、クリフ様が心配そうな声で言う。
「アストン侯爵がかなり強引な手で来たことを考えると、他にも何か仕掛けてくる可能性がある。俺も注意しておくけど、アナスタージアも気を付けて過ごしてくれ。……追い詰められた人間ほど何をするかわからない」
「はい。……あの」
「うん?」
「ええっと……いえ、気をつけますね」
わたしは首を横に振って笑った。
このままいけばアストン侯爵は左遷されるだろう。
アストン侯爵家の領地の産業が何かはわからないが、役職を追われてその収入がなくなった場合、長期の目で見れば対策を取らなければこのまま没落の一途をたどっていく可能性があった。
そうなればアストン侯爵令嬢であるビアトリス様の将来にも影が差すだろう。
……だけど、クリフ様はビアトリス様のことを覚えていないから、言ったところで、それがどうしたのかと言いそうだし。
まだ、わたしは迷っている。
アストン侯爵家が左遷されたら、クリフ様がたとえビアトリス様のことを想い出しても、ビアトリス様と再婚するのは難しくなるだろう。
その場合、わたしはクリフ様とこのまま仮初夫婦を続けていくのだろうか。
クリフ様のことが好きで離れたくない気持ちと、このまま仮初夫婦の関係で自分が満足できるのかという懸念が胸の中をぐるぐると回る。
いっそ、クリフ様を好きなこの気持ちが消え去れば、楽になれるかもしれないのにと思ってしまった。
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