デパートデート 7
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ビアトリス様がハッと顔を上げる。
いつの間に入室していたのか、サロンの入り口には王妃様と侍女の姿があって、わたしは慌てて立ち上がるとカーテシーをした。
セイディもビアトリスも、他の令嬢たちも一斉にカーテシーをして王妃様を出迎える。
王妃様は優雅にこちらに向かって歩いてきた。
イヴェット王妃は、国王陛下の一つ年下の二十二歳。銀色の髪に紫色の瞳を持つ儚げな外見の方だが、外見が与える印象とは異なり、とても堂々とした方だ。
「着席してちょうだい」
王妃様の指示でわたしはカーテシーをやめると、王妃様が座るのを待って席につく。
「それで、ビアトリス。わたくしの伯爵令嬢ごときの従姉姪が、何かしたのかしら?」
ビアトリス様は目に見えて青ざめていた。
身分で言えば侯爵令嬢であるビアトリス様の方が伯爵令嬢であるセイディよりも上であるが、相手は王妃様の親戚だ。
王妃様の目の前で「伯爵令嬢ごとき」などという暴言を吐くなんてあり得ない。主催が王妃様である以上、この場においてセイディは伯爵令嬢ではなく王妃様の従姉姪であり公爵夫人のわたしの侍女として出席しているので、セイディへの批判は王妃様とわたしへの批判と同義となる。
ビアトリス様が答えられないでいると、セイディが王妃様に先ほどのやりとりを説明した。
すべてを聞いたイヴェット王妃様は、そっと嘆息すると、はらりと扇を広げる。紫色の瞳が冷やかな色を宿した。
「公爵夫人に対して伯爵令嬢と呼びかけるなんて……アストン侯爵家は、世の中に疎くていらっしゃるのね。そのような状況で外交が務まるとは思えないわ。陛下にお伝えしなくては」
「も、申し訳ございません! これには誤解が……!」
ビアトリス様が真っ青になった。
アストン侯爵家は古参貴族の中でも有力者で、現在外務大臣の地位にいる。
前王陛下や現王陛下は国の重役の入れ替えを前々から検討しているのだが、さすがに一気に入れ替えることはできず、少しずつ新興貴族とその考えに賛同する方たちを登用しながら様子を見ているため、まだ大臣職の多くは古参貴族で固められていた。
外務大臣にとって「世事に弱い」というのは致命的だ。王妃様が陛下に報告すれば、今日のビアトリス様の行動を理由にアストン侯爵の左遷もあり得る。
「あら、謝る相手が違うのではないかしら? わたくしのお友達であり、ラザフォード公爵夫人に失礼を働いて謝罪もできないの?」
「……も、申し訳ございません。ラザフォード公爵夫人」
父親の左遷がかかっているとなると、内心はどうあれビアトリス様も謝罪をしないわけにはいかないようだ。
わたしはその謝罪を受け入れようと口を開きかけたのだが、セイディに止められて口を閉ざす。簡単に受け入れてはならないらしい。
イヴェット王妃様もビアトリス様にだけ謝罪をさせて、何事もなくサロンの中を見渡してにこりと微笑んだ。
「さあ、お茶会をはじめましょう。今日は新茶を用意したのよ」
イヴェット王妃様が軽く手を叩くと、使用人たちが各テーブルにお茶を配り出す。
ビアトリス様は唇を引き結んでうつむき、プルプルと小刻みに震えていた。顔が真っ赤だ。
……クリフ様の初恋の女性に恥をかかせてしまったわ。
ビアトリス様の発言にはわたしもちょっとムカついたけれど、ここまで追い詰めなくてもよかったのにとも思う。女の社交、怖い。
お茶が運ばれてくると、イヴェット王妃様がわたしを見ておっとりと頬に手を当てた。
「アナスタージアのその髪飾り、綺麗ね。真珠かしら?」
「はい、そうでございます。親戚を通して仕入れることが可能になりまして。セイディ、王妃様に例のものを」
事前にこのやりとりがあるだろうと想定して準備していたので、わたしが視線を向けるとセイディがすぐに持参した小箱を取り出した。
ベルベットの布で装飾された小箱に入っているのは、真珠のイヤリングとネックレスのセットだ。こちらは王妃様に献上するために用意したものである。
「どうぞ、お納めください」
「まあ、いいの? なんだかおねだりしたみたいで気が引けるのだけど……」
そう言いながら、王妃様が嬉しそうに箱を受け取り、さっそく中を確かめる。
侍女が立ち上がり、王妃様が身に着けていたサファイアのイヤリングとネックレスと、わたしがプレゼントしたものを取り換えた。
「どうかしら?」
「とてもお似合いですわ」
王妃様がこうして身に着けたことで、恐らく社交界では一気に真珠が流行するだろう。
わたしが入手可能だと知ると、わたしに連絡を取りたがる貴族の令嬢や夫人が増えるはずだ。そうすれば王妃様の新興貴族派の派閥が活気づく。
……ここまで読んじゃうんだからセイディはすごいわよね。
まあ、あらかじめこの流れに持ち込むためにセイディから王妃様に連絡を入れていたらしいのだけど。
王妃様が真珠を身に着けたあたりから、サロンの雰囲気が変わる。
まず、招待されている令嬢たちのわたしへの視線がずいぶん好意的なものに変化した。
言い換えれば、獲物を見つけたような目でもあるのだが、こうして価値を見せつけることも社交の上では重要なのだ。
あとは連絡を取って来る貴族たちを選り分け、どこと最初に付き合うのかをセイディとドロシアと共に判断していくことになるだろう。
王妃様のおかげでサロンの雰囲気はかなり和やかになったけれど、ビアトリス様ただ一人だけは最後まで一言も発さず、わたしを睨みつけていた。
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