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デパートデート 6

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「アナスタージア、今日はお茶会と聞いたけれど大丈夫か? 新婚を理由に断ってもいいと思うのだが……」


 お茶会当日の朝、クリフ様が心配そうに言った。

 クリフ様を見送りに玄関に出ていたわたしは、心配性な彼に思わず笑ってしまった。

 昨日の夜から何度同じことを言うのだろう。


「お茶会も、公爵夫人の務めですから」

「そうかもしれないが、ゆっくりでいいんだぞ。王妃様は早く君が自分の味方であることを周囲に見せたいのだろうが、もう少し配慮してくれればよかったものを」

「坊ちゃま、お茶会を欠席し続ければそれはそれで口性無いものが何を言うかわかりません。すべてに参加する必要がございませんが、重要なものには顔を出しておいた方がいいのです」


 ドロシアがやれやれと言いたそうな顔でクリフ様を見る。


「それから、早く奥様を王妃様派閥だと認識させておいた方が、奥様も動きやすくなります」

「そうかもしれないが」

「はいはい、そうかもしれないとわかっているのであればこれ以上同じことをおっしゃらず、仕事に行ってくださいませ」


 ドロシアに急き立てられて、クリフ様が馬車に乗り込む。


「アナスタージア、今日は早く帰るからな」

「はい、いってらっしゃいませ」


 クリフ様を乗せた馬車が走り出すと、わたしはわたしの支度である。

 お茶会は午後だが、セイディ曰く、侮られないように余念なく支度をしなくてはならないという。

 入浴してマッサージをした後に顔をパックして、着替えてお化粧して髪を整えて……とやることはいっぱいだ。


 ――いいことアナスタージア。お茶会は女の戦場よ。油断したら足元をすくわれるわ。


 以前お義母様そうおっしゃっていたのを思い出し、わたしは気を引き締めた。






 磨き上げられて着飾ったわたしは、セイディと共にお茶会の開催場所であるお城のサロンへ向かった。

 日差しはすっかり初夏のものだ。

 今日のわたしのドレスは夏用の薄手のもので、色は華やかなレモンイエロー。

 セイディのドレスは空色で、デザインはわたしのものと似たものにしている。


 髪は既婚者らしくすべて結い上げた。

 既婚者が髪を下ろしてはいけないわけではないが、古参貴族の既婚女性は社交の場に出る時は髪を結い上げるとセイディが言ったからだ。付け込まれる隙は少なくして置いた方がいいからと、今日は髪を結い上げて参加することになった。


 髪飾りは真珠にした。海に面していないバレル王国では真珠は特に高い宝石で、滅多に手に入らない。

 しかしわたしの親戚がカンニガム大国にいるため、そちら経由で手に入れることが可能だ。

 相手を無用に刺激してはならないが、羨望も集めなければならないので、価値のあるものを身に着けることはとても大切なのだそうだ。

 さらに言えば、わたしと仲良くしておけばメリットがあると思わせられるとなおいいという。

 今回の真珠も、いわば餌の一つ。わたしと親しくして置けば、真珠が手に入るかもしれないよと匂わせるのが大事なんだって。


 ……正直、古参貴族相手の社交は難しすぎるわ。


 これがお友達の新興貴族の令嬢や夫人相手なら、お茶とお菓子とおしゃべりを楽しんで終わるんだけど、古参貴族が参加するとなると考えることがたくさんありすぎる。

 セイディがいて本当によかったわ。

 お城の中でも主にお茶会に使われる大きめのサロンに到着すると、華やかに飾り付けられた室内には円卓が四つ用意してある。

 すでに数名の令嬢の姿があって、わたしが入室すると視線がいっせいにこちらを向いた。

 セイディがさりげなくその視線からわたしを庇うように前に出る。


「奥様、参りましょう。奥様のお席は王妃様のお隣ですよ」


 セイディがわざと大きめの声で言った。

 王妃様と親しい間柄であること(まだほとんど話したことはないけど、そう言うのは関係ないらしい。王妃様が親しいと言えば親しいのだそうだ)、王妃様に次ぐ身分であることを、声に出して示したのだと思う。一種の牽制だ。言外に「わきまえろ」と言ったのだと思う。

 わたしは取り澄ました表情を作ると、セイディと共に王妃様のために用意されていた席の隣に向かった。


 王妃様がわたしの左側の席。わたしの右隣にはセイディが座った。わたしの侍女であり王妃様の親戚であるのでこの席順だという。

 王妃様も本日侍女を一人伴って来られるそうで、その侍女は王妃様の左隣に座るそうだ。

 五人掛けの円卓なので、これで四席埋まった。あと一人は誰だろう。


 王妃様はまだ来られていないけれど、わたしが王妃様のいる円卓についたことで、他の令嬢たちはわたしに近づけなくなったようだ。

 遠巻きに見られているが、誰も声をかけてこない。

 名簿を確認したからわかっているが、今日この場に新興貴族の出身はわたししかいない。

 王妃様がいまだに新興貴族を蔑んでいる古参貴族の令嬢を味方に引き入れるために開いたお茶会だ。王妃様が取り込みたいと考えている古参貴族の令嬢ばかり集められているそうである。

 遠巻きの視線が突き刺さるようだが、ここでひるんではならない。

 こういう場は苦手だが、勉強はしてきた。セイディもいる。相手に侮られないよう、堂々としておかなくては。


「奥様、ビアトリス・アストン侯爵令嬢です」


 セイディが小声でささやいた。

 ハッと顔を上げると、お城の使用人に案内されて入って来たビアトリス様がまっすぐわたしのいる席に歩いてくる。どうやら残り一席はビアトリス様のものだったようだ。

 本日侍女を伴って参加するのは、王妃様とわたしのみである。ビアトリス様は当然お一人だった。


 ビアトリス様は未婚女性であるので、髪は結い上げていない。

 ハーフアップにしたブルネットの髪は大きな紺色の宝石の髪飾りでとめられている。

 その色はまるでクリフ様の瞳の色のようだと思った。

 貴族女性が、夫や恋人の色を身にまとうのは珍しくない。

 わたしも今日はクリフ様の瞳の色に近いタンザナイトの首飾りを身に着けている。


 ……だけど、ビアトリス様は……。


 調べたところ、ビアトリス様は誰とも婚約していなかった。それなのに紺色の宝石の髪飾りを身に着けているとなると、どうしても疑った目で見てしまう。クリフ様の色を纏って来たのではないか、と。


 ……ビアトリス様はクリフ様の初恋相手だと思うけど、二人はどこまで親密だったのかしら。


 クリフ様はとてもまじめな方だ。

 ビアトリス様と出会ったのが三年前なら、そのときはすでにわたしと婚約関係にあった。

 その状態で、ビアトリス様と親しい関係になるとは思えないし、思いたくない。

 だから気持ちだけのつながりだと思いたいけれど――堂々とクリフ様の瞳の色を纏われると、ちょっと自信がなくなってくる。


 ……手は繋いだわよね。だってダンスを踊ったんですもの。キスは? ……その先は?


 わたしとクリフ様が口づけを交わしたのは、結婚式のただ一回だけ。

 同じベッドで眠っているけれど、わたしたちの関係は白いままで、手は繋ぐけれど抱きしめられたことすらない。

 ちりちりと胸の奥が焦げるようだ。

 わたしの動揺がわかったのか、ビアトリス様が嫣然と笑う。

まるで挑発されているようだと思った。クリフ様は自分のものだと、言われたような気すらした。


 ……落ち着いて、わたし。今日は王妃様のお茶会にお呼ばれしたのよ。動揺して失敗するわけにはいかないわ。


 わたしは心を落ち着けてにこりと微笑んだ。


「ごきげんよう、ビアトリス様」


 わたしが話しかけると、ビアトリス様は表情にほんの少し不快感を表したが、そのあとでふっと口端を持ち上げる。


「ごきげんよう、アナスタージア・()()()()()()()()()


 その瞬間、サロンの中がザワリとした。

 ぷっと噴き出したものが数名、それから顔を反らして笑いをこらえているのがまた数名。

 セイディがさっと表情を強張らせ、ビアトリス様を睨む。


「アナスタージア・ラザフォード公爵夫人です。訂正してください、ビアトリス・アストン侯爵令嬢」

「あら、そうだったかしら?」


 明らかな挑発だった。

 セイディはすっと目を細めて、嘲るような笑みを浮かべる。


「結婚式に招待されなかったとはいえ、公爵様がご結婚されたのを知らないなんて、どうやら王都には最近いらっしゃったようですね」

「――なんですって?」

「王都に住まわれている貴族の方なら当然ご存じですもの。陛下がお認めになり、大聖堂で大々的に行われた結婚式の情報をご存じないなんて、王都から長らく離れていたとしか思えませんわ。どうやら最近まで、ずいぶんと鄙びた場所でお暮らしだったようですわね」


 ……こ、怖い……。


 セイディは笑顔だし、声も穏やかなのに、すごい威圧感だ。

 これが古参貴族のお茶会かと、わたしは内心で冷や汗をかいた。

 お義母様と参加したときにはこんなことはなかった。お義母様が盾になってくれていたからだろう。その盾がなくなったらこうも違うのかと、わたしはお茶会がはじまる前からひるみそうになる。


 ビアトリス様は顔を真っ赤に染めてぷるぷると震えていた。

 わたしを「マクニール伯爵令嬢」と呼んだ手前、ラザフォード公爵家の嫁になったことを知っていたとはもう言えない。ここでそれを言えば、ではなぜ伯爵令嬢と呼んだのかと逆に責められることになる。


 ビアトリス様とはデパートで会ったし、そのときわたしをクリフ様の妻と認識していたから、わたしが結婚したことを知らないはずはなかった。

 先ほど「マクニール伯爵令嬢」と呼んだのは明らかにわたしを挑発してのことだろうが、わたしが口を開く前にセイディに言い込められて、窮地に立たされたのはビアトリス様の方だ。


「ご存じなかったにせよ、無知は罪ですわ。公爵夫人である奥様に謝罪を。ビアトリス・アストン侯爵令嬢」


 セイディは追及の手を緩めるつもりはないようだ。

 ビアトリス様の発言を聞いてわたしを嘲笑っていたほかの令嬢たちは、気まずそうに視線をそらしている。自分たちに矛先が向かうのを避けるように、こちらを一切見ていない。


「わ、わたくしはアストン侯爵令嬢ですのよ! どうして謝罪なんて……」

「奥様はラザフォード公爵夫人です。どうやら、田舎でお過ごしの方は身分についてもお詳しくないようですわね」

「さっきから聞いていれば、伯爵令嬢ごときが偉そうに……!」


 ビアトリス様が眉を吊り上げて声を荒げた時だった。


「あら、わたくしの従姉姪が何か?」


 扉のあたりから、鈴を転がしたような声がした。





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