04 VSヒロイン(?)
今後現れるヒロインである義妹のライバル役として俺は異世界転生で配役されてしまった。確かにそう聞いたとも。確かに神は云っていた。
ヒロインである“義妹”と。
「シリウス、彼はナイルだ。私が昔お世話になっていた人の息子さんでね、此度彼の両親が不慮の事故によって天涯孤独となったと聞き我が家に迎え入れる事にした。
これから兄弟仲良くするんだよ」
俺が転生して3ヶ月が経った日の事、それは突然起きた。
大きな瞳に不安そうな表情を浮かべる栗毛の可愛い少年が、「よろしくお願いします」と小さく頭を下げた。俺はその少年に愛想笑い全開で微笑み、握手をしてから黙って自室へと戻った。部屋に入ってすぐ、目の前には蹲り頭を抱えている自称神もとい大精霊がいる。俺は可能な限りズンズンと男に近づく。
「男じゃねーか!!」
俺の魂の叫びに、大精霊は静かに「男……だなぁ……」と応えるだけで俺以上に傷ついている様子だった。
「転生者を間違えたあげくそのせいで世界が狂ってバグでヒロインが男になったなんて他の神にバレたら笑われる……」
「俺も他人事だったら指さして腹抱えて笑う」
「黙れ」
半泣きになっている銀髪の美少年が俺を睨み付ける。何が黙れだ全ての元凶。
……しかし、美形というのは得だと思う。どれほど腹立つ行動や憎まれ口を言われてもこのレベルであれば許せてしまうところがある。美形を前にすると怒り判定がゆるくなるとはなんとも得な事だろうか。
「よしよし、まぁもう乙女ゲームのヒロインが例え男になってもなんやかんやでなんとかなるというか……いや、もうなんともならない気がするけど。とりあえず、よしよし」
「……誰の許可を得て私の頭を撫でている」
「なんとなく。半泣きの子供の頭を撫でたくなるのは人間の性というか」
文句を言いながらも、大精霊は黙って頭を撫でられている。時折、瞳を細めて気持ちよさそうにする姿はまるで野良猫のようで笑ってしまった。
「……」
-大精霊-
【好感度】25
「誰の許可得て好感度あげてんだ大精霊」
「……これは私側でどうにかなるものでない」
ピコンと表示が切り替わった事に顔をしかめると、ほんの少し俺より高い位置にある顔が拗ねた様子で顔を背ける。
大精霊との付き合いもなんだかんだと長くなってきたのだが、やはり一番交流を持つせいかこいつが前に言ったように転生者スキルのせいで会話を交わす度に一定確率で好感度が上がってしまっている。この好感度上昇において、今後どんな影響があるのか不明な所が余計に恐ろしいのだ。ジーン王子についても、ほぼ月3~4回ほどジーン王子の居る王城へ伺うか家に来るかで会うのだがこの大精霊以上に好感度上昇が止まらない。
-ジーン・フォン・サファイア-
【好感度】50
直近の彼の好感度はこれだ。俺が何をしてもただ上がっていく。
これもバグの影響なのか、ゲームの舞台である学園編が始まる前から悪役令嬢へ好感度が高い攻略キャラが居て良いのかと悩んだものだ。
だが、そんな悩みも本日においてちっぽけな物に感じるようになった。このゲームにもうヒロインはいなくなってしまったのだから、攻略キャラの好感度上昇など気にしている場合では無い。乙女ゲームとして現状不成立である。
元の世界に帰る為、この世界を成立させなければならないと……とは思うが、ハチャメチャな現状どうしたものかと拗ねた大精霊の頬をつつきながらため息を吐いた。
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「あの、お義兄様は僕の事お嫌いでしょうか」
「へっ?!」
青天の霹靂。
ダンディ父上に「大精霊様を従えているとは云えお前は少々阿呆なのだから本を常に読め」とほぼ暴言な助言を頂き、1人屋敷の書庫にてペン回しに精を出していると、小さい陰がひょこりと視界の端の本棚から覗いた。
その正体は、元ヒロインことナイル・ヴァーンであり俺の様子を窺っているようだった。こちらとしても暇であるため「こっちおいで」と隣の椅子を引くと花が咲いたような笑みを浮かべテクテクと近づき本を片手にストンと座った。流石元ヒロイン、男とはいえ動作も顔もいちいち可愛い。
そこで本を開いて暫く無言でお互い過ごしていたが、ナイルは何か言いたげに暫くもじもじとていたと思っていたら次には本から顔を上げて俺の顔を見るなりそう発したのである。
「な、なんで?」
「は、初めてお会いした時お義兄様はすぐにお部屋に戻られて、それからというものどこか僕の事を気まずそうにされて……」
確かにナイルが来てからの俺は挙動不審だった。
まず初日も大精霊にクレームを云うために急いで自室へ戻った為、挨拶もそこそこだった。以降もナイルの顔を見る度に「どうにかここから乙女ゲーム路線に乗せる方法は無いか」と無謀な事をブツブツ言いながら考えをまとめるため部屋へ戻ったり、書庫に向かって考える事を繰り返していた。
そんな行動はナイル側からすれば「義兄は自分と会うことを避けている」と思われても仕方ないかもしれない。
ヒロインの性別が違う事で頭がいっぱいになっていたが、目の前のナイルは、実の両親が不慮の事故でうちに来るはめになったと聞いた。ただのゲームのシナリオとはいえ、彼にとってはただの現実でしかなく、今どれほど辛く心細い事だろう。あまりにも俺は配慮が欠けていた。
「あの、本当に突然僕のような不出来な者がいきなり弟になるというのは困惑されますでしょうし、その、あの、僕に何か良くない点があれば治したいと思っているので、」
「いやいや、ナイルに悪いところなんて一つも無いよ!こんなに可愛い上に性格も最高なんだからそんな事言うな」
「ふぇ!?か、可愛い……?」
きゅるりとした瞳が揺れ、照れた様子をみせて頬を赤くするナイル。
こいつ……凄く可愛いぞ。流石ヒロイン、学園生活でこの子に落とされていくであろう攻略キャラの気持ちが少しばかり分かってしまいそうになるが相手は9才の男の子である。色々アウトだ。己に、目を覚ませと自分の頬をつねって正気に戻るが、その様子には若干怯えた様子をみせるナイル。
「勘違いさせるような行動をしていてごめん、君が良ければ仲良くしようナイル。俺弟昔から欲しかったんだよね」
「~~~ッ!! うれしい、嬉しいです!」
このゲームに転生する前の俺は完全に一人っ子だったが、実は幼少期は七夕や誕生日のプレゼントのリクエストとして弟を毎回所望し親を困らせたくらい弟という存在に夢を抱いていた。だから、義理とはいえ弟が出来る事は正直嬉しい。
ゲームの俺シリウスとナイルは不仲だったようだが、元々こんなバグだらけのゲームなんだ。今更乙女ゲームのシナリオ通り不仲でいる必要ないだろう。少しでも彼の寂しいを埋められる義兄として存在出来ればいいなと思う。
それからはというもの、ナイルは俺が書庫に居るとメイド達から聞きつけると毎回こそこそと現れ俺の隣を得意げに座り、俺がペン回しをしている最中も難しそうな古書を開け日々楽しげに読み込んでいた。
もしかしたら俺の弟、可愛い上にめちゃくちゃ頭が良いのかもしれない。流石元ヒロイン。俺も待望の弟という存在を猫かわいがりする日々をゆっくりと過ごした。
「お義兄様はこの世界で一番凄い大精霊様を従えてると聞きました。そんな凄い人の弟が僕なんかが務まるのでしょうか」
ある日、しょんぼりとした様子でそう口にするナイル。侍女か、ナイルの家庭教師から話を聞いたのであろう。
本来このゲームのヒロインは最強光属性持ちだ。まだ発現していないが、きっとそれは男になったとて変わらないだろうし、大いに務まるというか、力としてはありすぎるというか。
元々俺は属性無しなのに大精霊(神)を使うチートユーザーと変わらないので、彼のピュアさに胸が痛む。
「そんなこと無いって、ナイルもきっと将来すごい魔道士になるよ」
「そうかなぁ」
「うん。それに可愛いし可愛いし可愛いんだから既に弟として最高点だ」
ぷにぷにと水風船のようなすべすべの頬をつつくと、その頬をふわっと赤くさせるナイル。
不安そうだし、大精霊と今度会わせてみよう。イメージが先行しているだけで、本人の性格を知ればなんだこんなものかと安心するだろう。
「……お義兄様はいつも僕の事可愛いと言ってくれますね」
「うん。可愛い。言われるの嫌?」
「いいえ、すごくすごく嬉しいです!出来ればお義兄様の可愛いは全部僕だけにしてほしいくらいです」
きゃっっわ。あまりの可愛さに絶句する。もう「性別:ナイル」で良い。大精霊もジーン王子も顔が良いが既に少年らしさのある見た目だが、ナイルは1個年下とはいえ元から幼い顔立ちなのもあり可愛いのメーターが振り切れている。そして言動が「俺が考えた最強の弟」すぎてナイルという存在に跪いて感謝したくなる程俺はブラコンを拗らせつつある。ヒロインの力恐ろしい。
「当たり前、俺のこの世の全ての可愛いは弟ナイルに注ぎ込む。一番可愛い」
そう本心を伝えると、ナイルは溶けてしまいそうな笑みを浮かべた。
「うれしいです、とってもすごいおにいさまからいちばんもらえて、ぼくはすごくしあわせものです」
―特別ルート解放成功―
「へ」
ナイルと俺の間に突然現れたメッセージウィンドウ。メッセージウインドウ自体久々に見た気がするが、直感で分かった。
これ、俺の知る神(現:大精霊)が関与していないメッセージ表記だろう。
-ナイル・ヴァーン-
【好感度】25
「エ゜ッ゜」
「どうしましたか、おにいさま」
きょとんとした顔で俺を見るナイル。
義弟まで攻略対象になるって転生者スキルというのはイカれてるのではないだろうか。思わず喉が締まった状態で素っ頓狂な声が出てしまった。
ヒロインが悪役相手に好感度を上昇させるとか乙女ゲームやったことないけどあるのか?ないよな?バグにも程があるだろ。こんな状態になってしまった事を大精霊が知ったら何と言うだろうか。いいや、ナイルが男として現れた事を現地に居ないでも察知出来ていた事からこの世界で異変があれば、奴は全てを把握している。
きっと今頃俺の部屋で、余計な事をしたと俺に対して理不尽な怒りに震えているか他の神とやらに指さされて笑われるであろう現実に震え頭抱えてるかのどちらかだろう。ワンチャン、どちらもかもしれん。
せめて今回のナイルの好感度上昇は義兄への羨望や憧れとかそっち方面である事を祈りたい。
「おにいさまの傍に居て恥ずかしくない存在に僕いっしょうけんめいがんばりますねおにいさま」
相変わらず可愛いナイルの笑顔に、お兄ちゃんの俺シリウス・ヴァーンはちょっぴりだけ怯えてしまった。