02 VS婚約者
俺は元々このゲームの世界の住人ではなかった影響か、時の経ち方がとても速く感じている。
ゲーム本編5年前からスタートは中々きついと感じていたけれど、このままであればあっという間に「ズッキュンイケメン王子に愛されちゃう?!ドスを持った令嬢にご用心!恋愛物語」の舞台である学園への入学も瞬く間であろう。
そんなわけで今日はダンディ父上のお仕事がこの国の宰相である事と、また年頃も近いという事で第二王子の遊び相手として俺が抜擢され今日がその面会当日である。ゲームの俺(シリウス悪役令嬢)はこの日婚約する事となったと神は云っていたけれど、今の俺達は男同士だ。一体どんな日になるのだろうと構えていた。だが、だ。
「……」
「……」
この第二王子、子供らしくないというか俺と対峙してからずっとスカした調子だ。……あと王子と対面してからずっと、王子の近くにピンク色のゲージみたいなのが表示されている。しかもこれが俺にしか見えてないと来ている。
-ジーン・フォン・サファイア-
【好感度】0
これはあれか、恋愛ゲームの対象キャラの好感度ステータスじゃないのか。
神があれから出てこなくなっているので詳細は分からないが、恐らくこの世界のプレイする際の攻略キャラクターには好感度ステータスなるものが存在しているのだと思う。これを見る限り、こいつは俺の事を良くも悪くも思っていないようだ。先程会ったばかりなのだから当然だろう。
こいつが王子でもなければ別に無理に仲良くなる必要もない。だが、俺はこの世界を物語として成立させなければならない。本来悪役令嬢ポジションでこいつの婚約者だ、男同士じゃ婚約者にならなくとも少しくらい交友関係を築いておいた方が良いだろう。
それに、ダンディ父上には俺にとってはここ数日分の記憶しかないが、良くして貰っているとおもう。父親の顔を立てる為にも、王子様の機嫌は取っておいた方がいい。
屋敷のテラスで、俺と王子は対面するように座りその間にはシェフのおっちゃんが山ほど作った菓子やケーキがテーブル一杯に広がっている。その所為もあって王子と俺の距離は若干遠い。
俺達を囲うように侍従や、侍女が見守るように端に立っている。子供同士が仲良くなる時に大人の目がこうもあるとなんだかやりづらいものだ。
貴族のやり方とか高貴なお方達の友達のなり方は知らないが、普通の友達のなり方なら俺にも多少の経験がある。平凡男子高校生として生きた十六年あまりの経験を、このスカした王子様にぶつけてやるのだ。
そうと決まれば大人達に聞こえないように王子、ジーン様へ近づき小声で耳打ちをする。
「ジーン様、メイド達を巻いて外に遊びにいきませんか」
「えっ」
俺の逃亡スキルはめきめきとここ数日で上達しており、やりたくない勉強馬術剣術全ての逃亡を達成している。……まぁ、逃げ隠れはしても結局回収されてみっちり仕込まれてはいるが。貴族にうっかり生まれてしまったらサボりをするのも一苦労である。
その俺の悪魔のようなささやきを何も知らなそうな純真無垢の王子に告げると、王子は少し考えたそぶりを見せたがすぐに瞳を輝かせてコクリと小さく頷いた。
そんな様子に俺は思わず笑ってしまった、可愛いじゃないか。どんな子供だって好奇心という魔物には勝てんのだよ。
「一瞬の隙をつくんです、俺が合図したらついてきてください」
「う、うん。わかった」
「まだですよ……まだ……、今だ!俺についてこい!」
一瞬、新たに俺達への作りたてのケーキをテラスへ運んできた瞬間皆が視線が俺達から外れた瞬間を見逃さなかった。
その隙に俺はジーン王子の手を掴んで、大人達の間をすり抜け屋敷の中を走り抜ける。背後からはお付きの侍女が甲高い声で俺の名前を叫んでいるが、振り返った瞬間当然捕まってしまう。こういう時はスピード命、そしてすぐさま隠れ場所へ避難することが一番なのだ。
ジーン王子は俺の手を離さず、むしろ俺の手を握り返して、走る俺に並ぶようについてきていた。乙女ゲームの王子様は足も当然のように速いらしい。
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屋敷の敷地内には庭園の他にも小さな池がありその池を囲むように森林が植えられている。ちょっとした森みたいな所を先日見つけたのだ。ここは結構穴場で、中々大人達が近づかない。
そこへ無事到着した俺達はこの「大人VS俺達キッズの鬼ごっこ」の勝利者といっても良いだろう。無事ゴールである。
「王子、疲れた?」
「大丈夫、でもこんなに走ったのは初めてだよ」
「マジですか?まぁ王宮とか高そうなの多そうだしうっかり割っちゃったらまずいですもんね」
「そういう問題では無いけど……」
あがった息を整える為に、草原に大の字で転がると王子はそんな俺を見て少しまた躊躇したようだが同じく寝転んだ。
気持ちよさそうに瞳を細める王子が大人に囲まれてスカした様子……いや、違うか。多くの大人を前にも王族である威厳を示していたのかもしれない。ふざけたゲームによって作り出されたこの世界でも、こんな子供だとしても、暢気に暮らしてきた元男子高校生の俺なんかでは考えられない重圧があるのだろう。
「次は何しましょうか、王子。木登りとか?池に足突っ込んで涼むのも気持ちいいよ。花の蜜とか吸ってみる?」
「君は次々に遊びが思いつくのだね」
「花嫌い?」
「いいや、今日は君に全部つき合うよ」
ニコッと微笑むその顔はただの10歳の少年にしか見えなかった。
「そうこなきゃな」
王子を遊びのフルコースに連れて行く為にふっと勢いをつけて起き上がると、俺が寝ていた少し先に咲く青い花が目に入った。
この隠れ場所には最近よく来ているというのにこんな花初めて見た。
「んだこれ」
「!!……これは、まさか」
「え、なになにレアリティ高いの?」
ジーン王子は俺と花を交互に見つめ、急に黙り込んだ。
「え、王子?」
心配になって顔を覗き込むと、その顔はまるでリンゴのように赤く染まっていた。
俺と再び目が合うと王子の瞳は大きく揺れ動揺した様子をみせるが、もじもじとしながら口を開く。
「僕達の国には古い伝説があって、運命の二人が出会うと青い花が二人の関係を祝福するように咲くと言い伝えられているんだ。神に祝福された出会い。だからその、僕とシリウスは……」
ん??どういうことだ。確かに綺麗な花だと思うがなんだか良くない言葉が出てくる気がする。
「運命の人だということなんだ。シリウスは僕の運命のお嫁さんなんだ」
「待て待て待てーい」
テンションぶち上がりすぎじゃないか花程度で。誰が言い出したんだその伝説。
恥ずかしいのか照れてるのか、王子の頬はずっと桃色に染まったままだ。完全に俺は置いていけぼりである。
「ダリアン、姿をみせろ」
「お呼びでしょうか、ジーン様」
「うぉっ!?背後からイケメン」
ジーン王子はそう呟くとその背後からは王子の背後から護衛騎士が現れた。彼もまた当然のようにイケメンフェイスである。
「見ていたね、この事を早急に陛下と宰相へ」
「承知致しました」
「え、あのー……」
戸惑う俺を放置して話を進める王子と騎士、だがジーン王子は俺の様子に気づいて「ああ、ごめんね」とふわりとこれまた天使の様な笑みを浮かべて俺の両手を優しく包んだ。
「シリウス、僕の婚約者になってほしい」
「ヒェ」
「ちなみに拒否権はないよ。青い花が祝う二人の邪魔は誰も出来ないんだ」
「お、俺ら男同士……」
「君も知っている事だろうが僕達の国では同性同士の結婚も珍しくないし魔道具を用いれば世継ぎ問題も200年ほど前から解決している、問題ないさ」
八方塞がり。なんというご都合主義。
確かに今日は悪役シリウス令嬢がジーン王子と婚約を結ぶ日だとは聞いていたけれど、修正力えげつなくないか。俺と王子の婚約は王子がヒロインとの人気シナリオに繋がる要素だから必要だったみたいだが色々とむずがゆい。男同士だぞ。そもそもなんだ、神に祝福された出会いって!!
……。神に、祝福された出会い……。
『▼ おめでとう』
「お前の仕業か」
「シリウスどうしたんだい」
「いえこちらの話……」
暫く雲隠れしていたと思ったら、妙なアシストを仕込んでいたよこの神。後でひっぱたいてやる。
「これからはジーンと呼び捨てしてほしいな。君のような楽しい人が僕の婚約者なんて嬉しいよ、これから沢山愛し合っていこう」
「うっ」
嬉しそうな少年の笑みに良心が痛み、拒否しきれない自分がいる。男とはいえ美少年すぎるのだジーン王子。それにさすが恋愛ゲームの登場キャラクター。齢10才で糖分過多の甘い台詞を平気な顔をして吐きやがる。ここまでくるとツッコミたい気持ちすら湧かない。
-ジーン・フォン・サファイア-
【好感度】30
「一気に好感度あがってるじゃんよ」
シリウス・ヴァーンとしての人生は、これで原作ゲームを沿っている事と無事なったので良いとするが俺個人としての問題としては果たして良い結果となっているのか謎ではある。