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01 悪役令嬢(俺)


 ふと目を開けたら、そこは美と魔法の世界でした。



 俺は至って普通の男子高校生。……だったはずだ。


 いつも通り家に帰り夕飯を食べ、風呂にも入ってベッドに横たわり携帯動画サイトでお気に入りの配信者の動画を見ようとしていたが疲れていてついウトウトスマホを片手にそのまま寝落ちをした。至って普通以上の何物でも無い、昨今の一般男子学生が8割ほど同じ夜のルーティンを過ごしている事をそのままなぞったような生活をしていた。

 だが、再び目を開けるとそこに広がるのは実家の6畳一間の自室ではなく、天蓋付きのベットの上で目を覚ました。陽が沢山入る様に設計されている大きな窓からは、色とりどり花が咲く庭園が見えた。

 部屋の扉もこれまたデカく、壁にかけられている絵画もでかい。なにもかもがでかい。豪邸と検索をかければ一番上に表示されそうな部屋に何故か俺はいた。それでいてそんな部屋の鏡に映る自分の姿は灰色の髪をした金色の瞳を持つ美少年だ。ちなみに俺は純日本人で、本来の髪は一度も染めていない黒髪黒瞳であったはずだ。


 明らかに異常事態である。視界に広がるあまりにもトンチンカンな景色に、俺はすぐさまこいつは俺の夢だと分かった。

 夢だと思ったから、暫くして部屋へやってきた侍女のお姉さんが俺を当然のように「坊ちゃん」と呼ぶことも受け入れ「良きにはからえ」な殿様態度をとれたし、身体が何故か小さくなった上に美少年になっているこの状態にも「西洋と名探偵コ○ンが混じってる夢か?どんだけ強欲な夢みているんだ俺」とアポトキシンの存在までも受け入れた。夢だと思ったから。


 夢の中には綺麗な自称俺の母親の女性と渋くてダンディな自称父親のおじさんもいて、その二人と食事をすることになった。しかし親子とは思えないくらいに三人の間には会話が一切無く、時折フォークが陶器の表面を滑るたびに、微かな「キン」という音が響くだけの沈黙が気まずすぎる食事タイムが暫く続いた。……いや待って欲しい、ここは俺の夢だ。気まずい時に気まずそうにする必要は、無いのではないだろうか。この空間において俺が遠慮する必要は何もないのでは?と直ぐに考え直し、早速「お二人美男美女でお似合いっすよね」と肉を頬張りながら雑談へとしゃれ込んだ。そんな俺の発言に一瞬驚く二人だったが、すぐに照れて嬉しそうに微笑む母さん(仮)と「突然何を言い出すんだ」と同じく顔を赤らめて俺を叱責するダンディ。

 美人と思わないんですか?と聞けば「アントレアが美女であるのは私が充分知っている!」と怒鳴られそんなダンディに母さん(仮)は「貴方そんな事今までおっしゃって頂いた事なかったのに……」とまるで初恋相手を見つめるような生娘のような瞳でダンディを見つめダンディも「て、照れてしまって……私はお前の事を愛、愛して……」とこれまだ初心いリアクションをしていた。

 二人の席の間に座る俺は俺で、中年の方々の恋愛シーンなんて見て良いものなのかすらも迷うどこか生々しさもあって先程のものとは別の気まずさが訪れたことで、後は大人しく飯を食うことに徹することにした。


 夢だと思っているからこそ食事会をめちゃくちゃにしたのだが、食事後侍女のお姉さんに笑顔で「ご両親と坊ちゃんが楽しそうに談笑されている姿初めてみました。奥様も旦那様も嬉しそうでしたね」とこそこそと話しかけられ謎に褒められた。今夜あたり夢の中の俺に弟か妹ができるかもしれない。

 嗚呼、なんて盛りだくさんな夢なのだろうと思っていた。





 こんな生活を繰り返して4日経った日の事だ。ふと思った。


「いやさすがに変か?」

『▼ 遅すぎるだろ』


 母さん(仮)の趣味で作られたという屋敷のどでかい庭園内の草原で大の字で寝転び、穏やかに過ぎる時間の中で雲一つ無い青空を眺めていると冷静に今までの出来事が頭の中で整理されていき、そして気づいた。夢にしてはいつまで経っても覚めない。さすがにおかしいか。

 そう口にした瞬間、視界いっぱいに広がる青空から突然目の前に現れたのはパソコンのポップアップのようなメッセージウィンドウだ。


「うわ」

『▼ やっと見つけたぞこのバグめ。本当はもっと夢見る女子高生を転生させるつもりだったのになんでこんな事に…。』


 そして事情は全く分からないが。なんだか文字面だけでもめちゃくちゃ悔しそうだ。それでいて恐らくだが俺めちゃくちゃ今こいつに貶されているのではないだろうか。とんだ偏見だ男子高校生だって夢見るぞ。

 そっと、目の前に現れたそいつを興味本位でつついてみる。


『▼ 単刀直入に告げる。お前が今いるこの世界はお前の元の世界の人間達の中で流行っていた乙女ゲームの世界に居る。つまり、異世界転生した訳だ。夢ではない。

 ▼ 今のお前、シリウス・ヴァーンは本来女性で役割としては悪役令嬢であり今後現れるヒロインの義妹のライバルキャラクターだった。だが、男のお前が無理矢理配役された事で本来の乙女ゲームの世界では無くなってしまった。

 ▼ これは非常にまずいことである。お前はこの乙女ゲームを「乙女ゲームとして」成立させこの世界の均衡を保つのだ』


 うわーこのメッセージウインドウ透けてる。ウインドウに手を触れようとしても貫通して触れる事が出来ない。

 こんな西洋風な世界観でこの近未来的なエフェクトはめちゃくちゃ浮く。


『▼ 人の話を聞いてるのか。こら、こら私をつつくな』

「現実逃避中だよこっちは。つらつら長文並べやがって、なんで人違いされた上に俺のせいで世界狂ったとか責任問われてんだ誰が間違えたんだよ帰せやオイお前誰だよ」

『▼ 私はお前を転生させた神だ。間違えて都合良く現れるトラックも用意し忘れたし対象だった女子高生と関係ない男子高校生を転生させてしまった。

 ▼ どうにかこの世界成立させないと非常にまずい。私が他の神に馬鹿にされてしまう、まずいのだ』


 非常にまずいってほぼお前のプライドの話じゃねーか。

 こいつみたいなのが神として存在していると知ったら世の宗教団体の皆さんがっかりするだろう。


 つまりだ。

 俺はただ寝落ちしただけなのに、この神がミスってゲームの世界に異世界転生で悪役令嬢に成り代わらさせられた。しかも乙女ゲーム。ギャルゲーじゃなくて乙女ゲーの時点で登場人物男ばかり。ヒロインのライバル役が男で成立するわけがないじゃない。

 色々情報が渋滞している。こんな事態どうやって順応すればいいんだ。


「大体乙女ゲームを成立させるって何したらいいんだよ」

『▼ お前のポジションはライバル悪役だからヒロインと攻略対象の王子をなんか良い感じになるようにアシストしたらいいんじゃないか』

「なんで一番大事な部分がふわっとしてるんだよ。というかそれやったら俺って本来の世界に戻れる保証とかあるわけ?」

『▼ 本来であれば、異世界転生した人間は元の世界に戻れないが、こんな事は前代未聞だ。もしかしたら何かしらのルートを完結させれば何かしら戻れる手があるかもしれない。正直この世界の物語を進めない限り神である私も分からない。お前はバグだから』


 そもそもの原因(自分のミスで間違って転生させた)が、何度も自分バグ扱いするこの神に苛立ちを覚えるのは当たり前の感情だと思う。


『▼ そもそも乙女ゲーム関連は前世でそのタイトルになんらかの形に触れていないと転生されることはない。お前このゲームやったことあるのではないか』

「……女の子がやる恋愛ゲームなんてしたことねぇけどちなみにタイトル何?」

『▼ 「ズッキュンイケメン王子に愛されちゃう?!ドスを持った令嬢にご用心!恋愛物語」略してどすこいだ』

「誰がやるかそんなクソゲー臭強めゲーム」


 本当にそんなクソダサいタイトルのゲームが俺の世界で流行ってたのか、狂ってるぞ日本。

 益々そんな変な乙女ゲームに俺が心当たりなんてあるはずがな……。


――夕飯を食べ、風呂にも入り携帯動画サイトでお気に入りの配信者の動画を見ようとしていたが疲れていてついウトウトそのまま寝落ちをした。


――動画サイトでお気に入りの配信者の動画


 あれ、サムネイルしかみていないが恋愛ゲームって書いてあった気がする。


「……あの程度で関わった扱いなの、判定ガバすぎじゃないか」


 つまり俺は、偶々動画配信者が配信のサムネイルにしていたクソゲータイトルを目にしてしまっただけで、タイミング悪く誤って転生させられてしまったという事なのか。不憫オブザイヤーという賞があればきっと俺は上位入賞する事だろう。


『▼ まぁ私も本来無関係のお前を巻き込んでしまった事を申し訳なくは思っている。だから今後、お前がこの「どすこい」を物語として成立させる為のサポートは私も行おう。

 ▼ちなみにこの「どすこい」の物語のメインは学園ものだから本番は5年後だ。それまでにキャラクター達と関係の構築でもしておくがいい』

「そんな簡単に言うけども」


 ゲームじゃ無いのだから人間関係の構築だってそう簡単にいくものではない。いや、ゲームなのだが。


『▼ 丁度良い。あと1週間後にシリウス・ヴァーン(悪役令嬢)が第2王子のジーン・フォン・サファイアと婚約をした日だ。こいつもヒロインの攻略対象だからジーンルートになるとシリウスはジーンに婚約を破棄され、ヒロインと結ばれるという人気なシナリオに繋がる。

 ▼男のお前とどういう関係になるかは分からないが親密にはなっておけ。あと暫くしたらヒロインの義妹も家にやってくるぞ。じゃあ』

「まてまてまて去り際にとんでもない情報置いていくな!ジーン?サファイア?妹?!!」


 最期の最期に色々情報を詰め込んで逃げるように消えていったメッセージウインドウこと神。

 俺の視界に映る景色は母さん(仮)の庭園オンリーに戻っていた。


 遠くの方からは、勉強から逃げてきた専属の教育係が俺を探して叫んでいる声が聞こえる。

 嗚呼どうか神様今から俺は目を再び瞑りますのでどうかどうか実家の六畳一間に戻らせて下さい。お願い全部濃い夢でありますように。文字面だけで人を苛つかせる自称神様も全部夢でありますように。


「シリウスお坊ちゃんどこですかー!!」

「……ここです」


 俺は元変哲も無い平凡男子高校生、現悪役令嬢の代役シリウス・ヴァーン。

 様々な事情の所為で俺は、この世界のストーリーを進めるように務めるしか選択肢は他になくなってしまった可哀想なこの世界のバグである。


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