9 大賢者の孫
ブルタリア王国の城は、広大な敷地の中にあり、その敷地内には珍しく軍の基地も併設してある。
そして軍の部署は、部隊によって建物が個別に建てられており、賢者、魔法部隊、騎士団、近衛部隊、巫女達がいる神殿、研究施設、牢屋、そして特殊部隊――リクが配属になった通称『ゼロ』の建物が点在していた。
そしてその敷地内の中心に建っているのが、すべての部署の者の窓口があり、食堂、会議室、体育館、礼拝堂などが集まる円形型の巨大な建物がある。
その建物を皆、「センター」と呼んだ。
朝、出勤すると、それぞれの部署の者は皆「センター」に足を運び、仕事や情報をもらうのが日課だ。
ゾルダンも久々にセンターにやって来た。皆、希代の賢者のゾルダンを見かけると道を空け頭を下げる。ゾルダンの後ろには弟子や部下が6人ほどいた。
ゾルダンはふとある人物に目が止まる。学校を卒業し先週から軍に配属になったばかりの孫のリクだ。
「リク!」
ゾルダンはひと目を気にせず大声でリクを呼んだ。だが、リクは振り向かない。
「リク! おーいリク!」
それでもリクは振り向かない。横にいたユリウスとダンが堪えられなくなり、
「おいリク。いいのか? 呼んでるぞ」
と囁く。だがリクはゾルダンの方を見ず目線は前に向けたまま、不機嫌な顔をし応える。
「いい。気にするな」
「そう言われてもなー。すごい注目されてるぞ」
言われて周りに視線を向ければ、センターにいるすべての者がリク達を見ていた。
「それにリク。こっちにくるぞ」
「え?」
言われて首を向ければ、ゾルダンは行く予定だった道を大きく外れリクの方へと進行方向を変えていた。そこでリクは大きなため息をつき観念する。
「リクー。お前わざと無視したじゃろ」
「当たり前だ。ここではあまり関わりたくない人物だからな」
「リクー。そんな冷たいことを言うのではない。じいちゃんは寂しいぞ」
ゾルダンはリクに抱きつこうとするのをリクは両手を突き出し阻止する。
「こんな所でくっつくな! 恥ずかしい!」
「いいではないか」
そんなやり取りを見ている周りの者は、ゾルダンの意外な一面に面食らっているようで、口をポカンと開けている。そこでゾルダンの後ろにいた者の一人が声を掛けてきた。
「ゾルダン様、そちらの方は?」
そこでやっとゾルダンはリクにくっつくのをあきらめゴホンと咳払いをして背筋を伸ばす。
「紹介する。こやつはわしの孫のリクだ」
「!」
皆驚いてリクに見入る。仕方なくリクは背筋を伸ばし敬礼姿勢をとり挨拶する。
「先月からゼロ部隊に配属になりましたリク・コンラートです。よろしくお願いします」
「コンラートと言うことは、エドワール騎士団総団長様の!」
「息子じゃ」
「おお。この方が噂の!」
皆驚きの声を上げる。
リクが軍に入ったと同時に、父親のエドワールの結婚相手が前巫女のフレリアンで、その子供がリクということが解禁になった。皆多いに驚いたのは言うまでもない。騎士団団長のエドワールと偉大な前巫女のフレリアンの子であり、ゾルダンの孫なのだ。そんなサラブレッドの子が注目されないわけがない。
そして、それに輪をかけて注目されているのが、リクが軍に配属になってすぐの時のある出来事が原因だった。
リクは、ユリウス、ダンと共に新しく設立された特殊部隊ゼロ部隊に配属になり城に初めて来た時のことだ。リクがゾルダンの孫ということで興味津々の者もいれば、反対に不快に思う者もいた。
その不愉快に思っている集団が賢者の派閥の一派カナローズだった。
軍の賢者は、昔から2つの魔法の派閥に分かれている。1つはゾルダンのフワローズ派、もう1つがエグモントのカナローズ派だ。
基本的には同じだが、フワローズは基本魔法に自然の力などを取り入れ、魔の要素は否定的な正当魔法のみ使う派、反対にカナローズは正当魔法の他に呪術や召喚など魔の要素を濃く取り入れた魔法を使う派と、魔法も考え方、何もかも相反していた。
そのためフワローズ派が使う魔法を『白魔法』、カナローズ派が使う魔法を『黒魔法』と呼んだ。
城ではことあるごとにフワローズ派とカナローズ派は対立してきた。
特に代表者のエグモントの家系はゾルダンの家系を昔から敵視しており仲が悪い。どうにかゾルダンを賢者のトップの座から引きずり下ろそうと常に隙を狙っている状態だ。
そしてエグモントとその息子ヨハンは親子共に性格がよく似ており、プライドが高く傲慢な性格で周りをよく困らせていた。だが誰も文句を言う者はおらず、やりたい放題だった。
そんな時にリクが入ってきたためエグモントもヨハンも面白くない。話題をすべてゾルダンの孫のリクに持っていかれたのが相当気に入らず、エグモントとヨハンはさっそく行動に移した。ゾルダンがいない間にリクを「センター」の中にある大広間に呼び出したのだ。
リクは、ゾルダンの孫であるならば同じ賢者のエグモントに挨拶するのが礼儀であると呼びに来た者に言われ、祖父に悪い印象を与えるのはよくないと渋々従った。
「センター」にある大広間に連れてこられ扉を開けると、すごい人数の人だかりにリュカは一瞬驚き眉を潜める。そして奥に目をやると、少し高台になった場所に椅子に座りこちらを見ている二人の人物がいた。リクはすぐに誰だか気付く。祖父から聞いていたカナローズ派のエグモントとヨハンだ。
「リク・コンラート。こちらへ」
指定された場所は大広間のど真ん中だった。仕方なく言われた通りに中央に足を運ぶ。そして真ん中に来た時、魔法が発動した。
「!」
いきなり体が動かなくなったのだ。動かそうにも首から上以外動かない。
――これは……。
リクはすぐに拘束魔法だと分かった。だが何かが違うことにも気付く。
――見た目はただの拘束魔法に見えるが違うな。
相当強力な拘束魔法を分からないように細工がし、普通の拘束魔法に似せてあるのだ。
――これが黒魔法か。なるほど白魔法とは違い、何か呪術を使い強靱な魔法を発動させている。
はじめて体験する黒魔法に場違いにも感激する。だがそれだけだ。
「これはどういう歓迎ですか? 俺は言われたため挨拶に来ただけですが?」
リクは王座のように座り、こちらをみて微笑んでいる二人に目を眇め淡々と抗議するように訊ねると、
「さすがゾルダンの孫だな。立場をわきまえない失礼極まりない態度だ」
とエグモントが皮肉で返し、
「これは試験みたいなものだ。君はあのゾルダンの孫であろう? それならば魔法も受けついでいるはずだ。そこを少し見てみたくてな。まあこんな簡単な拘束などすぐに外せるであろう」
と酷薄な笑みを浮かべ言ってきた。
――どこが普通の拘束だ。どう見てもこれは犯則だろ。
内心文句を言い嘆息する。祖父から聞いていたがつくづく性格が悪い親子のようだ。
「さあリク・コンラート。外していいぞ」
リクは周りにいる野次馬を一瞥する。服装からして半分はカナローズ派の賢者の者のようだが、少人数であるが騎士団や魔法部隊の者もいるようだ。そこで父親のエドワールの顔が浮かぶ。
――父さんはどうするだろうか。まあじいちゃんと同様気にしないだろうな。
誰かがコンラートに連絡に行ったとしても「大丈夫だ放っておけ」と言うだけで顔を出すことはないだろう。冷たいと思われるかもしれないが、家族だから分かっているからこその態度だ。
リクはもう一度周りに目をやる。皆リクがどうするか興味津々という感じだ。
面倒くさいと今度は大きくため息をつく。早く終わらせて帰りたいものだ。だがこれを外すとなると膨大な魔力を使うことになる。軍の中では魔力はないということで通したかったが、早くこの場を去りたい方が勝った。
「外せばいいんですね」
「ああ」
刹那、リクの足下――拘束魔法の魔法陣を囲むようにもう一つ魔法陣が現れた。
「!」
そして強烈な光を放った瞬間、
パーン!
拘束魔法の魔法陣が弾け飛び消えた。無力化する魔法陣を展開し、呪術を施した魔法陣もろ共解除した形だ。
驚いたのはそこにいた賢者の者達だ。
「今の見たか?」
「ああ。あれは無効魔法陣だ」
信じられないという顔を見せるのは賢者の者達だ。
無効魔法陣を展開するには高度な技術と膨大な魔力がいる。それも展開された魔法陣を魔法陣で消すのはより膨大な魔力を要するのだ。それをやってのけたこともそうだが、それに輪を掛けて驚かせたのが、杖を使わず身動き出来ない状態でしたことだ。
「これでいいですか?」
さも機嫌が悪そうにリクは尋ねるが、誰も言葉を発する者はいなかった。
「何もないなら俺はこれで失礼します」
頭をさげ踵を返すとリクは部屋を出て行った。
「おい。ハインツ、ちゃんと強力な拘束魔法を施してあったのだろうな」
エグモントが隣りに控えていたカナローズ派のナンバー3のハインツに尋ねる。どう考えても信じられないことが今目の前で起こったのだ。まず外すことは不可能だったはずの拘束魔法をいとも簡単に杖も使わず指も動かさずに無効魔法陣を展開させたのだ。
質問されたハインツも同様に今起こったことが受け入れることが出来なかった。リクは賢者ではないのだ。それなのに今見せた魔法はここにいる者誰一人できない高度な技だった。
「……信じられん」
その頃、やはり騎士団の者が父親のエドワールへと報告へ行っていた。
「団長大変です。息子さんが!」
エドワールは説明を聞くがまた書類に目を落とす。
「大丈夫だ。放っておいていいよ」
「ですが、あれはどう見ても魔法陣で拘束して外せないようにし、息子さんに恥をかかせるために仕組まれた罠です」
「よくわかっているじゃないか。さすが『両使い』だね。でもリクなら大丈夫だよ」
「え?」
「あいつに外せない魔法はないからね」
エドワールは笑顔を見せ、さも気にせず仕事を続けるのであった。そのことを後から聞いたリクは、やはりそうかと微笑んだのは言うまでもない。
あれ以来リクは有名になってしまったのだ。
「なあいいのか? ゾルダン様投げ飛ばして」
ユリウスが後ろを気にしながら前を早足で歩くリクへと声をかける。
「あんなんで死なないから大丈夫だ」
あまりにも抱きついてくるため、つい投げ飛ばしてしまい、ゾルダンはその場で伸びてしまった。それを部下の者に任せリクはその場から逃げるように立ち去ったのだ。
「ってか、普通孫じゃなかったから監獄行きじゃねえのか?」
「あっちが悪いんだ。動きを止める魔法をあんな所で使ってきたからだ」
「え? なにそれ? 今ゾルダン様にそんなことさせられてたのか?」
ダンが驚いてリクへと顔を向ける。
「ああ。だがすぐ外したけどな」
「いやいや。普通ゾルダン様の魔法は簡単に外せないと思うけど」
希代の賢者の魔法なのだ。そんじょそこらの魔法とは雲泥の差だ。それをいとも簡単に外すこの孫はゾルダンよりもすごいのではないかと思うユリウスとダンだった。
その頃倒れているゾルダンを起こしながらニコラスが笑う。
「さすがリク君ですね。ゾルダン様の完璧な停止魔法をいとも簡単に外されるのですから」
「うむ。いやー見事だった。これだからリクをからかうのがやめられん」
「でもいい加減にしておきませんと、いつかリク君に本当に嫌われますよ」
「うっ! それは困るのう」
本気で困っているゾルダンを見てニコラスは孫には勝てないなと笑うのだった。