7 父、エドワール
体育館に入ると全員木刀を持たされた。
「ではまずお前達の実力を見せてもらうことにしよう。二人1組になってやってもらう。誰でもいいからペアを作れ」
ダミアンの号令がかかると、生徒は隣りの者と組む者、友達と組む者など、それぞれ相手を探すために移動し始めた。
「リク。俺と組もうぜ」
ユリウスが誘ってきた。ダンといえば、「俺はお前らはお断りだ」と言ってそそくさと去って行った。
「では、どこか体の一部に木刀が当たった時点で終了とする。まず中央から右半分の者達からやってもらう。左側の者はその場に座れ」
リクとユリウスは左側にいたので指示通り座る。ダンは人を探す際に右側に移動したようだ。
「お手並み拝見だな」
誰かが呟いている。今回初めて他人のレベルがどのぐらいなのかが分かるため、皆興味津々で固唾を呑む。
「でははじめ!」
ダミアンの合図で始まった。やはりみな経験者で強者揃いというだけあり、戦いも様になっている。ダンも苦手だと言うわりにはまったく弱さを感じない。力があるだけ繰り出す攻撃1つ1つが重いのだろう。相手の顔がゆがみ、その場に木刀を落とし決着が付いた。
「ダン。やったな」
「あいつの剣は重そうだな」
ユリウスも同じ感想のようだ。
「では次、左側の者は立ち上がり構えろ」
リク達の出番がやってきた。皆やはり先ほどのリク達と同様、どんなレベルなのか興味津々の目を向けている。
「でははじめ!」
リクは木刀を左脇に構え腰を低くする体勢を取った。皆胸の前に構えるのにリクだけが1度木刀を腰にしまう形だ。その構えを見てダミアンと二人の教師は目を見開く。
「あの構えは――」
リクの構えをする者はダミアンが知る限り一人のみだ。だがそこにいた生徒達はリクの構えを見て笑う。
「なんだあの構え。無駄な構えだな」
腰に1度しまう形をとれば、それだけ次の行動に移るのが遅くなるのが目に見えている。だがリクの前にいるユリウス、そしてダミアンと二人の教師はそうは思っていなかった。
ユリウスといえば父親以外で初めて背中に冷や汗をかいていた。目の前で構えるリクに恐怖を感じずにはいられないからだ。少しでも動けば負けだと思わせるほどの圧も感じ、まったく隙がない。
――なんなんだ。こいつは!
一応父親からお墨付きをもらい、それなりに剣術には自信があると思っていたが、今それはただの自惚れだったのだと自覚する。
そのまま2人は動かない。ただただ時間だけが過ぎていった。
「なんだあいつら。まったく動かないぞ」
揶揄を入れる生徒も出てきた。そんな中ダミアン達、教師だけは違った。
「さあ、どう動く?」
ダミアン達は腕を組み楽しそうに口角をあげて見守る。
そして動いたのはリクだった。
「こないならこちらから行く」
リクは腰を低くした状態で一気に間合いを詰めた。
「!」
ユリウスも動いた。繰り出した木刀を瞬時自分の木刀を右斜めに持ち替え受け止める。驚いたのはリクだ。絶対にいけると思ったのに止められたからだ。
さすが剣士の家系だと感心する。それからの攻防は凄かった。お互い凄いスピードで一進一退の攻防が繰り返えされた。そのスピードについて行ける生徒は数少なかったため、何が行われているか分からない者も中にはいた。
このままでは決着がつかないとみたリクは、少し力を解放し、ユリウスの脇めがけて繰り出そうとした時だ。
「やめい!」
ダミアンが大声を出し止めた。リクはすぐに攻撃を止めたが、ユリウスは頭の上に構えた木刀を振り下ろしていたため、止めきれずリクの頭に思いっきり当たってしまった。
「あ!」
気を抜いていたため、リクは脳震盪を起こしその場に倒れた。そしてすぐに保健室に運ばれたのだった。
リクが気付いたのは保健室に運ばれて少したった時だった。まだはっきりしない意識で、見覚えがない天井を眺めていると、
「あ、リクー! 大丈夫か? よかったー!」
とユリウスの悲痛な声が聞こえて首を傾けると、そこには泣きそうな顔をしているユリウスがいた。そしてすごい勢いで謝ってきた。
「ほんとごめんよー! わざとじゃなかったんだ。止めようとしたんだけど止めきれなかったんだ!」
「ああ……気にするな……」
まだ虚ろ状態でリクは答える。するとダミアンがユリウスの後ろからちょこっと顔を出した。
「大丈夫そうだな」
いきなり現れたダミアンにリクは驚き、一気に覚醒し飛び起きると謝る。
「あ、すみませんでした」
「何の謝罪だ。謝らなくていい。それよりそこにいる者にお礼を言っておくのだな」
ダミアンが向けた先、そこにはダンがいた。
「ダンがお前を負ぶってここまで運んでくれたのだ」
「あ、ありがとうダン」
リクは素直にお礼を言うとダンは首を振り笑う。
「別に大したことじゃないよ。でもよかった。倒れた時は驚いたけどな」
そこでダミアンがリクへ話しかける。
「まさか君がエドワールの息子だったとはな」
「……」
どう応えていいか返答に困っていると、構わずダミアンはそのまま話を続ける。
「あの構えを見てピンと来たよ。あの構えをするのは私が知る限りただ一人だからね。エドワールとそっくりだ。だからあの隙の無い構えと剣術なわけだな」
何を言われているのかまったく分からないリクは首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
するとダミアンは目を瞬かせ「君は知らないのか」と言う。リクは頷き返すと、今度は苦笑し「あいつのことだ、言うわけないか」と前置きし、
「エドワールは騎士団団長で有名だが、私達剣士の間では剣豪で有名なんだよ」
と話した。
「父さんが?」
初耳だとリクは驚く。騎士団団長として有名だったのは知っていたが、剣で有名とは聞いたことがなかった。
「まあ知らないのも無理はない。私達騎士団の者しか知らないことだからね。そしてエドワールは私を負かした唯一の男だ」
「え!」
それにはリクの他、ユリウス、ダンも驚いた。
「聖剣の騎士の先生をですか?」
「ああ。まあ大層な名前が付いているが、私もそんなにすごくはないよ」
謙虚にダミアンは笑うが、その強さは誰しも認めるものだ。
「エドワールの実力は本物だ。だがそれを表に出さないんだよ。あの性格と容貌がそうさせるんだろうが」
その通りだとリクは思う。穏やかなしゃべり方と優しい顔立ちが目立ち過ぎるのだ。
「本当はあいつの剣術は1,2を争うほどの腕前なのだ。剣士の階級も1級だが、実力は特級だ。だが本人は嫌みたいでな、特級の試験も受けないし、強いことも隠したがる。だから私達は団結して隠せないように騎士団団長に無理矢理してやったけどな」
そう言ってダミアンは悪戯な顔を見せた。
なるほど、こればかりはあの父親でも逃げれなかったということかとリクは口角を上げる。
だがそんな理由だけでなれる職ではない。それだけ父親は人望が厚く頭が切れ、統率力がある偉大な人物だということだ。
分かっていたが、他人から聞かされるとなぜか嬉しく思い自然と笑みがこぼれる。
「あいつは人に教えるのが苦手だと言って、団員から頼まれてもすべて断り、誰にも剣術を教えることはなかった。だが息子は違ったのだな」
そこでリクは驚く。毎日休むことなく丁寧に一から教えてくれた父親しか知らないのだ。苦手というのは口実で、本当は自分に教えるのを優先していたからなのだろうと気付く。
「だから君の構えを見た時は驚いたよ。エドワールと同じどこにも隙がなかったからね。ユリウスも相当なやり手だが蛇に睨まれた蛙の心境だったんじゃないかな」
「はい。その通りです。もう冷や汗がとまらなかったです」
確かに小さい頃から父親に鍛えられ、今の形で褒められるようになるのに相当な年月がかかったことは確かだ。相手にそんな圧を与えていたのかとは驚きだ。
「それにリク。君は手加減をしていたね」
「!」
ダミアンの言葉にリクの肩がピクッと動く。
「……別に手加減はしてないです」
慌てて否定する。手加減ではないのだ。なんて答えようかと逡巡していると、
「じゃあ言い方を変えよう。君は最後、抑えていた力を少し解放したはずだ」
「それは……」
図星だった。手加減と言われると違うのだが、力を抑えていたと言えばその通りだ。だから言い訳が思い浮かばずリクは黙ってしまった。
「もしあのまま続行していたら、ユリウスの脇にヒットし脇腹を何本か骨折していただろう」
「…………え?」
骨折させるつもりはなかったリクはダミアンの言葉に驚く。今まであれ以上力を出したことがないため、まだ加減が分からないと言うのが本音だ。
「……すみませんでした」
リクは素直に謝る。分かっていなかったといえ、どうみても自分に非があることは明白だ。
「いや。謝らなくて良い。事前に私は止めたのだ。まあこれからは気をつけるように」
落ち込むリクの肩に手を置き、笑顔で言うダミアンだった。