3 リク
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ハナが異世界に旅立ってから7年が経った。
「リク! 何度言えば分かる! 手加減しろと言うとるではないか!」
「ちゃんと手加減してるって!」
「どこがじゃ! 山1つ吹っ飛んでるじゃろ」
「うっ!」
「ったく」
ゾルダンはリクの魔法で上半分を吹っ飛ばしえぐり取られた山を杖を翳し修復魔法をかけ元通りに直す。
「じいちゃんの修復魔法はやっぱすごいな!」
「杖もなしに山1つ吹っ飛ばせるほどの魔力を使っておるやつがよく言うのう」
魔法を繰り出す時、魔法の杖を使うのが一般的だ。杖を使うことによってその者の負担を軽減しながら魔力をスムーズに繰り出せ、尚且つ魔法を最大限に引き出す働きがあるためほとんどの魔法を使う者は杖を使う。だがリクは子供であるにもかかわらず、杖を使わずに膨大な威力の魔法を使っていたのだ。
「やはりこのままでは魔力も抑えなくては駄目じゃな」
ゾルダンの言葉にリクはぎょっとする。
「まさか魔力にも制限かけるのか?」
「仕方ないであろう。お前の基礎体力や魔力はこの世界では強すぎるのじゃからな」
リクはハナと入れ替わりにこちらの世界にやって来た。異世界から来たからか、小さいころから身体能力がずば抜けていた。そのため手首と足首には重りをつけられ生活させられている。それで普通の者と同じレベルなのだから驚きだ。
そして最近目まぐるしく成長しているのが魔力だ。理由は分かっている。リクがこちらの世界に来た時に与えられた膨大な魔力に加え、ハナと入れ替わる代償としてハナが本来受け継ぐはずだった魔力の9割がリクへと移動したからだ。そのため10歳ながらに大人並みの半端ない魔力を持っていた。
「また父さんに笑われるな」
そう言ってため息をつくリクは、エドワールとフレリアンの息子として育てられた。幸いフレリアンは国の巫女だったため結婚、妊娠は非公開であり、妊娠については神からその事実を隠すように言われたため、身内にも友達にも内緒にした。真実を知っているのは父親のゾルダン、弟子のスソノ、あとは一部の信頼できる側近のみだった。
住む場所も、リクのために身分を隠し人里離れた村の外れの山奥に家を建てた。二人のことを知っているのは村長のみだ。そのおかげで身分を知られることなく静かに暮らすことが出来ていた。
ゾルダンは王都に住んでいるが、毎日のようにこの遠い場所まで転移魔法でリクに魔法を教えるためにやって来ていた。幼いながらに膨大な魔力を持つリクに、正しい魔法の使い方を教えるのが一番の目的だが、他にも理由があった。
ゾルダンにはフレリアンを含め3人の子供がいた。長男と次男は魔力は強いほうだがゾルダンほどはなく、フレリアンは膨大な魔力を持ってはいるが巫女向きだ。そして長男の2人の子供も魔力は強いがずば抜けてすごいわけではない。その点リクはゾルダンと同じ魔力がずば抜けているため、ゾルダンは後継者が出来たと大喜びし、毎日せっせと通いリクに教えているのだ。
リクといえば、来た時から全てを知らされていた。自分はハナと入れ替わりこの世界に来て養子になったこと。いつかハナを迎えに行かなければならないこと。幼かったためかリクはそれを自然と受け入れていた。
そして小さい時から魔法の頂点にたつゾルダン、剣術に優れているエドワールに教わり、リクはみるみると実力をつけていったのだった。
「なんだ、とうとう魔力にも制限つけられたのか」
夕食時、エドワールがリクの指にはめられた指輪を見て笑う。
「笑いすぎ父さん」
ブスっとするリクに、「ごめん、ごめん」と謝る。
「しかたないわ。山1つ吹っ飛ばしたみたいだから」
「なんだって! それはすごいな」
フレリアンの言葉にエドワールは目を輝かせ声をあげる。リクが起こす奇想天外な出来事が楽しくて仕方ないのだ。毎回わくわくしてリクに、「今日は何やらかしたんだ?」と聞くぐらいだ。何歳になっても好奇心旺盛な少年のような彼をフレリアンは大好きであり、楽しそうに話している2人を見るのが一番のお気に入りだ。
そしてリクが寝てからエドワールとフレリアンは紅茶を飲みながらリクの話をして2人の時間を過ごすのが毎日の日課だった。
「リクもほんと大きくなったな。あんなに小さかったのになー」
「ええ。最初泣いてばかりで大変だったですけどね」
そこでエドワールから笑顔が消える。
「あの子の記憶は消されなかったからね」
リクがいたという記憶は向こうの世界では消され、ハナもどこかの子供だと書き換えられているはずだ。だが、こちらにきたリクは記憶はすべてそのままだった。最初来た時は母親を探して大変だった。だがフレリアンやエドワールの懸命な努力でリクは新しい生活を受け入れた。
「あの子が来てくれたおかげで、僕達はハナを失った悲しみに暮れることなく明るくこれた」
「ええ。ハナと同様、私達の掛け替えのない子供になったわ」
もしリクがいなかったらどうなっていたか。
定めであっても2人共立ち直れなかっただろう。
ハナと別れたと同時に現れた幼いリク。目を覚ましたと同時に大泣きし、そこにいたエドワール達はどうしたものかと慌てたのを思い出す。特にいつもおとなしいスソノが、おどおどして慌てていた様子が印象的だった。結局その時は、孫の相手に慣れていたゾルダンがリクをなだめ事なき得たのだが。
結局2歳と幼かったリクが唯一話したことは、自分の名前リクということだけだった。だから名前はリクのままにした。
その後は毎日が慌ただしく過ぎ、気付いた時にはハナと離れ離れになった悲しみが半減していたのだった。
そしてリクにはつらい定めを背負わせてしまった。
本来ならば向こうの世界で生みの両親と普通の人生を送っていたはずだ。それがこちらの都合でリクの人生を狂わせてしまったのだ。
「リクには必ず幸せになってほしい。僕はリクが幸せになるためならどんなことでもするよ」
エドワールの決意にフレリアンはクスッと笑う。
「エドの口癖ですわね」
「あはは。そうだね。でも本当のことだから仕方ないよ」
2人は顔を見合わせて笑った。
「そう言えばリクは最近夢のことを言わなくなったね」
「この前聞いたらもう見なくなったって言ってましたわ」
リクは小さいころからよく異世界の夢の話をしていた。最初は母親が恋しくてあちらの世界の夢を見ているものだと思ったが、途中からどこかへ行ったとか、こんな所へ行ったとか言うようになった。もしかしたらハナと同調していたのかもしれない。だが最近見なくなったということは小さい頃だけの話だったのだろう。
そのことに関しては二人は深く考えることはなく、その後話題に出ることはなかった。
それから6年後。
リクは念願の軍事高等学校に合格した。
学校は全寮制のため、リクは家を出ることになり、出発の日を迎えた。
父親のエドワールは仕事があるため見送りは出来なかったが、祖父のゾルダンはやって来た。
「リクー、何故魔法コースを選んでくれなかったのかのう」
「ああ……」
荷造りを確認しながらリクは「またか」と呆れ気味に返事をする。学校が決まってからゾルダンはリクの顔を見る度にずっと言ってくるので少しうんざりしていた。だがそれは自分が選んだ軍事高等学校のコースが原因のため仕方ないと思っているのだが、こうも毎回言われ続けるのは内心どうかと思う。
軍事高等学校は入試の時に剣武コースか魔法コースのどちらかを選び、入試に挑むことになっている。この選択がその者の将来を決めてしまうと言っても過言ではない。剣武コースを選べば将来近衛部隊や騎士団へ配属になり、魔法コースを選べば将来賢者や魔法部隊へと配属になるのがほぼ決まっている。
リクは迷わず剣武コースを選んだ。エドワールは大喜びだったが、悲しんだのはゾルダンだ。
「リクー、じいちゃんは悲しいぞ」
大袈裟に涙を流す祖父にリクは何とも言えない顔をする。
「悪いなじいちゃん。俺は体を動かすほうが好きだし、それに魔法は学校で習わなくても、だいたいじいちゃんに教えてもらったからさ」
嘘ではない。もうほとんどリクはゾルダンから魔法は教えてもらって出来るのだ。だが一番の選択の理由は、賢者という職業が自分には合わないとは祖父には口が避けても言えない。
「お父様、リクを困らせないでください」
フレリアンがリクの首に手を回し抱きしめながら言う。別に抱きしめなくてもいいのにとリクは内心思うがいつものことなのでそのままにしておく。だがそれがいけなかった。母親の息子愛スイッチが入ってしまったようだ。
「リクー。母さん、やっぱりリクと離ればなれになるのは堪えられないわ」
「……俺はそんなことないけど」
ボソッと言うと、年甲斐もなく口を尖らせ拗ねた顔を見せる母親にリクは嘆息する。もうずっとこうだ。自分で言うのもなんだが、劇愛ぶりがすごい。国内屈指の巫女であるのに、息子のためだといってあっさり国の巫女をやめた母親。国の地位と名誉を自分のために捨てたのは賞賛に値するが、この年になっても子離れが出来ないのはどうかと思う。その点、父親は何かと今でも気に掛けてくれるが、基本見守ってくれる感じだ。
「わしもじゃリクー! 寂しいぞー」
ゾルダンもリクを抱きしめているフレリアンとも一緒に抱きしめる。
「く、苦しい」
忘れていた。ここにもう一人いたとリクは嘆息する。その一言で国をも動かすほどの権限をもつ偉大な賢者様であらされる祖父もこの調子だ。ほんと血は争えない。
「準備が出来ないから二人とも離れてくれないかな」
「おお。すまぬすまぬ」
「そうね。ごめんなさい」
やっと2人から解放されたリクは安堵のため息をつく。そして時計に目をやる。
「あ、もう行かなくちゃ」
「え? もうそんな時間?」
フレリアンも時計を見る。確かにもう出かけなくては汽車に遅れてしまう時間だ。
「リク。お休みの日は帰ってきてね。あとちゃんと寝るのよ。それと――」
「わかったから」
リクはボストンバッグを持って立ち上がると逃げるように玄関へと足を運ぶ。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。がんばってね」
「がんばるのじゃよ」
家の外まで出て見えなくなるまで見送る母親と祖父を見て、今生の別れじゃないのにと苦笑しリクは手を振り別れを告げた。
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次回からは週一(木曜日更新)の予定です。
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