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コトハノサイ  作者: 新納弘華
第二章
9/15

『夢が叶う街』

 サトルはゴールデンウィークにある一組の男女と出会った。

 その日は三人で過ごすことになった。

 昼食を一緒にする約束もした。

 そしてサトルはあるものにぶつかった。

 それは間違いなく、人であった。

 引き当ててはならない、大凶。

 しかし、それが彼にとって災難であったかはわからない。

 もちろん彼が男女と出会ったこともそうであったかは彼自身にしかわからない。

 どちらにせよ、残されたものは自らの行為の結果を事実として受け止めるほかないのである。


 前を見ないで走ったサトルは神社の境内から出る際、鳥居の下で参拝客らしき人にぶつかった。

「あ、ごめんなさ――」

 サトルがとっさに謝るより先にその参拝客の男はサトルの頭をつかむ。

「……えっ?」

 頭の上から手で握りつぶすような勢いで。

「ボウズ、お前……」

 その男はたった一言、お前の夢は何だ?とサトルに向けて呟いた。

 サトルがそれに応えるように何かつぶやいた。

 瞬間。

 その言葉にサトルと呼ばれる少年の顔から感情というものがなくなった。

 温かさがなくなった人形のように成り変ったそれは男に向かって夢を語りだす。

 すると突然、サトルの全身は一瞬、真っ白になった。

 シルエットが白塗りにされているかのように、姿形は少年のままで。

 一回きりの点滅。

 終わりを示すサイン。

 何かに答えるように、それ自体が意志をもっているかのように、反応した。

 男が言い放ったそれは、おそらくこの世ならざるものを区別するための言葉だったのだ。

「クカカカカッ!! フェイク確定。しかも白じゃねえか」

 男は奇声を上げると、少年の頭をつかむ手に力を込めたのか、その握力によって少年の頭を破壊する。

 外部の力によって砕かれたスイカみたく少年の頭の破片が飛ぶ。

 しかし、どういうわけか出血はしていなかった。

 普通の人間なら外傷を負うとその証拠として出てくるもの。

 それがないという事実が、目の前の現実が虚構なのではないかと見ているものに思わせる。

 首がなくなった少年の体は自立できなくなり、そのまま後ろ向きに地面に倒れた。

 そして男はそれにまたがると、執拗に嬲った。

 まるで何かに駆り立てられるように、その男は一心不乱に拳をふるう。

 そこに理性も何もない。

 あるのはただの一方的な暴力、蹂躙。

 人の体から出る鈍い音がひどく現実離れしていた。

 見ているものを震え上がらせるその音は、少年の最期の悲鳴だったのかもしれない。


「てめえ! なにしてんだ!!」

 荒木は何もできなかった。

 たった数時間しか過ごしていないサトルのことを荒木はなんとなく好きだった。

 サトルがフェイクだろうとそんなことは関係ない。

 荒木にとって利害とか思惑なんてことより、目の前の困っている人を助けたい。

 ただそれなのに。

 そうだと思っていたのに。

 自分なら何でもできる、サトルを救えると思っていたのに。

 とっさにできたのは怒りを声に出すことくらいだった。

 荒木自身、普通の人よりもこういう場数は踏んでいるので最悪の事態になる前に行動に移せると思い込んでいたのだ。

 しかし、現実は違った。

 体は鉛のように重く、呼吸もまともにできず、強く意識しないと目の前の現実から目を背けそうになる。

 そんな弱い自分を必死に抑え、どうにか全身に力を入れて進めたのが半歩だけ。

 たったそれだけ。

 しかし、もう遅い。

 さっきまで一緒にいた、笑っていた、サトルはただの肉片になっていた。

 そして少年の体は一定の耐久性を失ったのか、光の粒子みたくきれいに輝いて、砂のように風に溶けて消えた。

「白のくせに最期だけはいつみてもきれいだ」

 そう呟く男は顔に愉悦を浮かべ、口からは唾液があふれていた。

「失敗作のおかげでその先の成功に期待が高まる。崇高な夢以外は認めない」

 そう言い放つと顔を整え、まるで別人のような好青年の表情に戻った。

 黒い髪に黒いワイシャツに黒いズボン。

 全身が黒で統一されているその男。

 それ以外は至って普通の男。

 それなのに、それだからこそ。

 荒木は恐怖する。

 全身が震える。

 その男の豹変ぶりがあまりにも自然で、あまりにも手際が良かったからだ。

 荒木は半歩以上進もうとしない臆病な足を力いっぱい殴った。

 痛みで少しでも恐怖を和らげる。

 こんなことをしなければ、前に進むことすらできないちっぽけな自分が嫌いになりそうだった。

 しかし、それよりもこの状況をどうにかすることを考える。

 やる前から怖くて立ち止まってたんじゃ何も変わらない。

 一歩、また一歩、荒木は歩む。

 やっと荒木がコトハと並ぶ位置まで来たとき、

「待って、荒木!!」

 コトハの呼び止める声が聞こえた。

 荒木にはコトハがいいたいことはわかる。

 荒木はつい忘れがちになるが、サトルは普通の人には見えないはずだった。

 それなのに認識できるということはつまり……。

 こいつが、この男こそが、金城。

「ビンゴ」

 その男は荒木を見つけるなり嬉しそうに言った。

 それに加えて、これまでの経緯を続けた。

「この街で生み出された存在を探せばもしかしてと思って来てみたら、案の定当たりだったよ。君の部屋で待っているよりはるかに有意義だった。善は急げというやつだ。途中で余計な邪魔が入ったが、それもこうして荒木に会えたから良しとしよう。それにコトハも一緒か、どうりで荒木が簡単に見つからないわけだ」

「……金城!!」

 そういうとコトハはその男をにらみつける。

 荒木を怒ったときとは全く違う、完全に敵意を持った視線を向けていた。

「おいおい、そんなに見つめないでくれよ。照れ隠しに襲いたくなるじゃないか」

 昼間だというのに木々に覆われて薄暗い神社。

 唯一、光が強い神社の入り口を背に立つ男は怪しく口元を歪める。

 そこから感情は読み取れない。

「……荒木、金城の目的は僕だ。僕が注意をひくから逃げて」

 コトハは荒木にだけ聞こえるような小声で言った。

 飄々としている金城に対してコトハの表情に余裕はない。

 そのことはさっき見せつけられた殺戮よりもよっぽど金城の破格さを示していた。

 そうだとしたら、なおさらコトハをおいて逃げることなんてできない。

「それはできない」

 荒木は前を向きながら強く言った。

「どうして!?」

 コトハは荒木の言葉に納得できないようだった。

 でも、答えは決まっていた。

「どうしてって、そりゃコトハとここで別れたら、もう会えない気がするからだよ」

「そんなこと……ない」

 コトハは気まずそうに眼を下に向ける。

 荒木は構わずに続けた。

「それに、俺はまだ一度だってコトハに何かをしていない。数時間付き合って気がついたんだ。俺は君のために何かをしたいって」

 それはまぎれもなく、荒木の本心だった。

「荒木……」

 顔を上げたコトハは怒っているような、でも嬉しそうな顔をしていた。

「俺はあきらめが悪いんでね。代わりにあきらめてくれ」

 荒木は不思議と彼女と一緒ならどうにかなると思えてくる。

 それはコトハも同じ気持ちかもしれない。

「……仕方ないからあきらめるよ。うん、仕方ないな」

 そう言うとコトハは優しく微笑んだ。

 そしてその頬には涙が伝っていた。

 それはなんだかとても温かくてきれいなものだった。

 この子は意外と涙もろいのかもしれない。

 そう思ったのもつかの間、彼女は涙を手で拭って切り替える。

「でも、ここはあくまでも二人で逃げ切るのが最優先。いい?」

「ああ!!」

 荒木とコトハは前を向き直す、金城へと。

「……話は終わったかな?」

 金城は荒木達の視線に気がつくやいなやそう言った。

 その男はいつの間にか、鳥居の下で体育座りをしていた。

「早くコトハの大切な荒木を奪いたくて、奪いたくて。抑えられなくなっちゃいそうだから、両手の自由をなくして、胸を圧迫するこの座り方をしたんだけど正解だった」

 と体育座りのまま、前後に激しく体をゆらしていた。

 緊張感の欠片もなく、純粋にただそれを楽しんでいるようだった。

 しかし、その動きに飽きたのか、唐突に真顔になると冷たい視線で荒木を穿つ。

「それじゃあ、やろうか」

 金城は体育座りをくずし、起き上がろうとする。

 それだけで今までは感じなかった明確な敵意を荒木は肌に感じた。

 おそらく立ち上がると同時に仕掛けてくる、と考えた荒木は金城に細心の注意を払いつつ、これまでの言動と性格を考えて次にどういった行動をとるかいくつか候補を上げようとした。

 しかし、明らかに情報が少なすぎる。

 せめて金城を突き動かす動機さえわかればそれがヒントになる。

 一瞬でそこまで考え、時間稼ぎの意味も含めて荒木は金城に質問することにした。

「その前に聞きたいことがある」

「言ってみろ」

「金城、お前は何をしようとしている? 俺を襲うのがコトハと契約するためだとしても、その先が何かわからない。それにさっきのサトルに対してのあの対応。この街で起きていることに何か関係しているのか?」

「……サトル? ああ、あれか。お前、あんなのにいちいち付き合うなんてイカれてるな」

 そう語る金城は先ほどの凌辱に少しも罪悪感といったものを感じていないそれだった。

「まあいい。遅かれ早かれそこにいるコトハの組織に突き止められるだろうからな」

 金城はゆっくりと立ち上がると鳥居の柱に身体を預けた。

 そして腕を組み、横目で荒木をしっかりと捉えながら続ける。

「関係しているも何も、俺がこの街で起こっている失踪事件の首謀者だ」

 金城があまりにも軽く簡単に言ったので荒木は理解するまでに時間がかかった。

「ちょうどコトハもいることだし、俺の夢を語ってやろう。ほらよく言うだろ? 夢は人に話した方が叶いやすいって」


 神社の時計はそろそろ時計は午後三時になろうとしている。

 そんな中、荒木達はその男の夢を傾聴する。

 サトルのためにも、この街の行方不明者のためにも。

 金城を倒すヒントが得られると信じて。

「俺の夢は『夢が叶う街』を作ることだ。夢の国なんて幻想じゃねえ、実際にそこでは夢が叶うんだ」

 金城は今の街がその『夢が叶う街』の形だという。

「夢が叶う街だと? 今のこの街のどこに、夢があるっていうんだ」

 荒木はその理想があまりにも現実と乖離していたので感情的になる。

「……お前は知らないのか、まあ無理もない」

 金城はそれを適当にあしらいつつ、次の言葉を紡ぐ。

「この街は昔から少なからず人の『存在』の力を奪って、オリジナルの願いを叶えるための別の存在、つまりフェイクを生み出す傾向があった。元々、その力の流れはとても遅く、長く時間をかけて徐々に奪うことによって誰にも気づかれず、疑問に持たれることすらなかった。しかし、近年どういうわけかその力の流れが早くなりつつあった。

 まあ、それで思いついたわけ。この街を利用して俺の夢を叶えようって。俺の力は街の力の流れをさらに早めることが出来るからな。こうしている今だって街に力を加え続けている」

 コトハの組織が言っていたフェイクが生まれる過程はあながち間違いではなかった。

 人々の願いという名の感情に街が応えている。

 金城は得意げに続ける。

「荒木、お前は考えたことはなかったのか? この街が警察によって事細かく調査されたり、報道で連日のように取り上げられたりしない理由を。それは失踪者の合計数は増えていても、その分発見された人数が一定数いるところにある。ただの多感な学生の家出くらいにしか思われていない」

「お前は事件が大事にならないように一定数解放しているっていうのか?」

「……ん? ああ、違う違う。そればっかりはフェイクを生み出したこの街とオリジナルにしかできない」

 金城は少し困惑したが、荒木の言いたいことを理解し、質問に答える。

 それに、と金城は付け加えた。

「街がオリジナルの願いを酌んでフェイクを生み出す。オリジナルの願いの権化がフェイクだと言ってもいい。そして願いが叶えば自然と元に戻る。それが一連の流れだ。だから願い次第じゃあ一日も経たずに元に戻るってわけだ」

 そこまで聞いて荒木にはこみ上げるものがあった。

「願いが叶う街っていうんなら、どうしてお前はサトルを……!!」

 金城が言う『夢が叶う街』が本当なら、金城は街の力を早め、フェイクがオリジナルの願いを叶えるまで見守っているだけでいいはずだ。

「……あれはフェイクの中でも紛い物だ。一概にフェイクって言っても二種類いる。崇高な夢、目的、願いによって生まれたものとそうでないもの。お前が連れていたガキは後者だった。ただそれだけだ」

 荒木の些末な思いなど一切気にしていない金城は冷徹に答えた。

「願いが崇高かどうかなんて、そんなのどうしてお前にわかる?」

「お前も見たと思うが、俺の言葉に反応してガキが一瞬白くなったろ? それが崇高ではない願いの証明だ。この街には意思がある。この街が願いを崇高なものとそうでないものに分けるというなら、俺はそうでないものを破壊する」

 街に意思があるなんて荒木には信じがたいことだった。

 それでも金城が言う夢の話は大体わかった。

 しかし、荒木の最大の疑問はまだ解決されていない。

「それでどうなると、お前が言う『夢が叶う街』の実現にどうしてコトハとの契約が必要になるんだ?」

 金城はふん、と鼻で笑った。少し考えればわかることだろとでも言いたそうだった。

「何かを管理したいと人間が思うとき、未来が見えるに越したことはないだろ? それに加えて俺の力も『知識』にたどり着ける。そうしてこそ完全に俺の夢は現実になる!! 誰もがハッピーな夢を叶えられる街だぜ」

 荒木はやはり金城の言動がどうにも納得できなかった。

 まるで自分の夢を叶えるためなら、どんなことでも正当化できると確信しているかのようだった。

 こいつはコトハの気持ちなんて一つも考えていない。

「……させるかよ」

「ああ?」

 金城はこれまでにない感情を荒木にぶつけてくる。

「もう少しはっきり言ってくれないか?」

「そんなことさせるかよって言ったんだ!! そもそも夢っていうのは現実を忘れさせるものじゃねえ! なりたい自分っていう理想に近づけるためのものだろうが!」

 荒木は止まらない。

「そして何より、コトハは一人の人間だ。コトハの気持ちを無視してそんな契約させるかよ!!」

 そこで、明らかに。

「ふひっ、キキキー!!」

 奇声が合図のように。

 その言葉を言い放った荒木に向けられる金城の敵意は殺意へと変わる。

 金城は鳥居の柱から身体を離すと同時に言い放つ。

「……ふう。俺の力は応用すれば人の記憶を部分的に消すことが出来る。気持ちなんて記憶を消してしまえば関係ない」

 金城は唯一の出口である門の前で両腕を横に大きく広げ、荒木達の前に立ちふさがった。

 光を背にする彼の顔はおそらく醜悪に歪んでいただろう。

「荒木、お前という存在が邪魔だ。お前はこれからも俺の邪魔をするだろう。だからお前の中のコトハも殺す。そもそも予言の力は大多数のために使うべきだ。その気になれば世界を変えられる。変えられるんだ!! それを使わないでどうする? コトハを手に入れて、この街から俺が世界を変えてやる!!」

 金城の言葉に荒木も覚悟を決める。

 荒木は逃げ切ることが最優先と考えつつも金城をどうにかして止めなくてはと思わずにはいられなかった。

「だから言っていんだろ!! お前はコトハのことなんて何一つ考えちゃいない。誰と契約するかなんて彼女が決めることだ。お前じゃない!!」

 食い違うお互いの意見。

 妥協点はなさそうだ。

 それなら、戦うしかない。


「荒木!! 僕たちの最優先事項わかってる?」

 と、コトハは小声とは思えない迫力で言い寄ってきた。

「ああ、すまん」

 荒木はコトハの言葉に相槌を打った。

「まったく……」

 コトハは呆れ半分、安堵半分といった様子で呟く。

 開幕早々突っ込んだ荒木は金城に返り討ちを受けそうになり、ギリギリのところでコトハに助けられたのだ。

 もし仮にコトハの助けがなかったら、今頃荒木はサトルと同じ目にあっていただろう。

 金城の行動には一切の迷いがなく、本気で殺しにきていることを荒木は肌で感じた。

 初めて真に迫った殺意を向けられた荒木はこの街での一か月の経験とはまるで違うことを痛感させられた。

「……それでこれからどうする?」

 先に口火を開いたのはコトハだった。

 今、荒木とコトハは境内に複数植えてある木の中の一つに隠れている。

 荒木達が背を預けている木はしめ縄が巻かれている神木であり、それは出口から一番遠い位置にいることを示していた。

 神社の四方を囲っている塀を登ればここから出ることはできるが、出口がある一辺を除いた他の三辺は住宅地が密集しているので逃げ切ることは難しい。

 しかし、コトハが荒木を助ける際金城に砂を投げて目をつぶしてくれたことは大きい。

 隠れるための時間、そして次の一手を打つための時間を作れたからだ。

「そうだな」

 荒木は二対一の利を生かして金城に一瞬でもいいから隙を作れればいいと思った。

 ラッキーパンチを一発当てられさえすれば状況は好転する。

 するとそこで。

「荒木……どこだ!! 出てこい!!」

 先ほどから叫んでいた金城の声が次第に大きくなってきた。

 おそらくすぐそこまで近くに来ている。

「くっ!!」

 それに呼応するかのようにコトハが頭を抱えて声を上げた。

「どうした? 大丈夫か?」

「ああ、大丈夫。……ただ嫌な予感がするんだ。こういうのはよくある。きっと予言の力が働いているんだと思う。これはそういった類のものだから」

 荒木はコトハの顔色が良くなったのを確かめてから神木越しに向こう側にいる金城をそっと見る。

 まだ少しだけ猶予があったので荒木はとっさに思いついた作戦をコトハに伝える。

「……え!? ……わかったよ」

 それを聞き終えたコトハは少し頬を赤く染めたが納得したようだ。

 準備が整うと荒木とコトハは神木から飛び出すタイミングをうかがった。


 金城は唯一の出口である鳥居に注意を払いつつ、荒木達が隠れられそうなところをしらみつぶしにしていた。

 それは金城にとってこの上なく悦びを感じる時間だった。

 圧倒的有利な状況で弱者を追い込み、恐怖している姿と想像すると顔がニヤケてくる。

 自分を目の前にしたものが一体どんな表情で最期を迎えるのか、そんなことを考えずにはいられない。

 金城は一通り神社を見回った後、最後に残った鳥居から一番遠いしめ縄が巻いてある神木に焦点を合わせた。

 先ほど投げられた砂でまだ目が少しかすんでいたが人の動きがつかめないほどではない。

 金城はここまで誰も逃がしていない確信があった。

 つまり、荒木達は確実にここにいるわけである。

 もう少しでこの楽しい時間が終わると思ったその時、神木の後ろから左右に二つの影が飛び出した。

 金城は最初から狙いは荒木と決めていた。

 それは単純に二対一の場合、先に少しでも強い方を戦闘不能にすることがセオリーだからである。

 どちらも『認識』する力を持つだけで能力を持っていない男女一組ならば女は無視して男を狙った方がいい。

 その合理的ともいえる判断が金城の視線を左の影に向けさせた。

 霞んでいる視界の中、一瞬でそれができたのは反射神経というより色で判断したからだ。

 右の影はコトハが着ていたパーカーの色である青色に見えたからもう一方の左の影を選んだのである。

 金城は無駄の一切ない動作で拳を振り上げ荒木に殴りかかった。

 勝負は一瞬だった。

 結果として金城の拳は荒木には当たらず、空を切った。

 それは荒木が金城の拳を目で見た避けたのではなく、神木から一歩出た瞬間に金城との間合いを取ったからである。

 まるで最初からこちらに殴っていることを知っていたかのような動作だった。

「なに!?」

 コトハの契約者が持つことができる『予言』に似たようなものを感じた金城は驚きを隠せなかった。

 そしてそれに追い打ちをかけるような光景が金城の眼前に存在した。


 金城が『荒木』と思っていた左の影の正体は白いワイシャツ姿の『コトハ』だったのだ。


 そのことに気づいた金城はすぐに後ろを振り向こうとするが、それより先に荒木によって身体を羽交い絞めにされ身動きが取れなくなる。

「荒木ぃぃぃ、コトハァァァ!! お前らぁぁぁ!!」

 金城が最後のあがきで暴れるのを荒木は全力で押さえた。

「いけ、コトハ!!」

 コトハは荒木の言葉にうなずくと、鋭い視線で金城を穿ち、言い放った。

「……歯を食いしばれ、金城!!」

 同時にコトハの全体重をかけたストレートパンチが金城の顔面に直撃する。

 戦いの終わりを告げる鈍い音が境内中に響き渡った。


「ほんとびっくりしたよ、あんな状況でいきなり上着脱げなんて言うんだから」

 コトハは少し照れながら安堵したように荒木に言った。

 荒木がとっさに思いついたのはコトハのパーカーと帽子を荒木が身につけて勝負に出るというものだった。

 帽子を深くかぶることで顔を隠し、神社の薄暗さに加え、砂で目を潰していたからこそ金城を出し抜いて荒木が背後に回れたわけである。

 それに加えて金城の攻撃をあたかも予測していたかのような演出も相まって何とか勝てた。

 相手の意表をついてなおかつ拘束し、確実に仕留めるにはこれが最善だと判断したが、コトハを危険な役にしてしまったことに負い目を感じていた。

 荒木がそのことについて謝った。

 するとコトハは荒木の胸に軽く自分の拳を押し当てると荒木を見据えていった。

「今度そうやって謝ったら怒るからね。そんなことは分かった上で荒木の作戦に一番勝機があると思ったから乗ったの。それを誇ることはあってもに荒木が負い目を感じることなんてどこにもないよ」

 あと僕をあまりなめないでよね、と彼女は付け加えた。

「……ありがとう、コトハ」

 その言葉で荒木は肩の荷が下りた気がした。

「……まったくさっきまで頼り甲斐があったと思ったのにすぐこれだよ、まったく」

 荒木らしいけどね、と笑うその横顔はなんだかとても愛おしく、懐かしい気がしてならなかった。

 そんな感傷に浸りながら荒木はふと気を失って伸びている金城を見た。

 振り返るとあまりにもあっけなく終わった気がした。

 本当にコトハにあそこまで言わせるほどの男が、この街の失踪事件の張本人がこんなに簡単に倒れるものなのか冷静に考えると疑問に思えてきた。

 その予感は不幸にも当たってしまうのだった。

 金城の身体が次第に黒く変化していた。

 それが全身にいきわたるとその黒い『何か』はサトルの時同様光の粒子となり霧散した。

「まさかフェイクだったなんて……」

「どうやらここからが本当の勝負みたいだな」


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